「命は引き継がれる」

 この物語は死を悼み、弔い、嘆き悲しみ、遺志を継いで前を向く、人間への慈しみと強さ、愛と優しさのお話です。

 ある人間が死したとしましょう。
 何がしかやり残したこと、それにまつわる遺志があって、事情を深く知る者はその遺志を継承するでしょう。
 尊敬の念を抱く者は嗣業するだけの価値も意義も、投げうつべき人生も覚悟もあるかもしれません。

 この物語ではほとんどの登場人物がこうして遺志を継ぐ立場にあり、悼み悲しみつつ、傷つきながらも前進してゆきます。ある者は愛をもって、ある者は悔恨をもって、ある者は復讐心をもって。
 いうなれば「痛みの継承、相続」ともとれるでしょう。

 あるいは「死者が伝えきれなかった想いの探求」とも。

 ほとんどの場合、本作の登場人物は両方とも該当します。また多くは大変な労力、人生すらをも賭しています。しかしその試みが成功するのはごくわずか。

 かんたんに受け継がれる思いもあります。
 恐怖でしたり、怨嗟や、嫌悪、偏見、敵意。
 
 反対に難しいのは、
 敬意、思慕、友情、愛——。

 前者は立場や境遇、出自がそうさせたもので、個人の意思と無関係に起こり得ます。
 後者、思いを次の世代に伝えるのに難しい理由は、それが極めて個人的な感情であるからです。

 しかし本作ではある『装置』ともいうべき入念に練られた道具で(詳しい使い方は作中にて)個人が個人の範疇を越え、世代をまたいで愛や思慕を強く強く、伝承することが可能となりました。ただ、ときには一般個人が『装置』を使われた人間との差異や、軋轢にお互い苦しむこともあります。

 本作は、そうした『装置』によって浮き彫りにされた、人間とその愛と死の物語です。誰だって死ぬのは嫌です。せめて生きた証を遺したい。存命中は無限にも思える『生』も『死』は瞬時に一刀両断します。その瞬間、誰の顔が目に浮かぶのか。せめて、自分は最期にあのひとを見て幕を閉じたかった――自分が誰かの最期のひととなっているとは露とも知らずに。


    
「人間の歴史ってやつは、進化と退化を繰り返すもんだがなぁ、それでも、俺はそいつと上手くなんとかやっていきたいんだよなぁ。俺が斃れれば、他の誰かがその意志を、継ぐ。命は引き継がれる。そう信じることでしか、進む道は拓けないからなぁ」

(第66話 「ほどけていくもの」 より)

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