近未来で開発される夢のような“薬”を中心とした人間模様に引き込まれる…

 舞台は近未来。戦争が各国の垣根を取り払い、それでもなお人々が争う、そんな世界。とある事情から辺境の地へと飛ばされた軍医の男が主人公。彼が飛ばされた辺境の地とは、月だった。
 主人公が一人娘とともに月の裏側にある難民キャンプへと左遷されたところから物語はまる。軍医として働いていたある日、主人公の元に1人の患者が運ばれてくる。後に被検体となる彼女との出会いが、主人公に新たな道を指し示す──。

 三人称でどこまでも読みやすく、テンポよく進む物語。月(宇宙)が舞台ということもあって、どこか無機質で真っ暗な印象です。そこに軍関係者の様々な思惑が絡み合い、良い緊張感となって、物語を読む手を推し進めくれます。

 常に主人公の目的を明確に示してくれているので、今彼が何をして、どう考えているのか、とてもわかり易い。また、娘さんが可愛い! 彼女が上手く物語の緩衝材になってくれるおかげで、陰謀渦巻く暗い世界観でもスイスイ読み進められました。

 厚みのある世界観感も読み易さのおかげで、細部まで設定を把握でき、没頭できる。非人道的な実験に手を染める主人公。良くも悪くも常識人な彼の苦悩、葛藤。本作の魅力である丁寧な内面描写を隅から隅まで堪能できます。気づけば感情移入してしまっていて、描かれる一挙手一投足がまるで自分のことのように感じてしまいました。

 SFらしい近未来的な時代背景、科学要素もしっかりとあります。世界観もさることながら、物語の根幹となる“薬”にはロマンを感じます。一方で被検体として、それを試される側からすると、どこまでも不気味に映ってしまうですよね…。その対比が美しく、登場人物たちが1人の人として生き生きとしていました。

 世界観、人、物語…。すべてが整っているため、薄暗く緊張感のある近未来の物語に没頭し、クヨクヨしたりハラハラしたりと常に満足感のある物語を味わえる。
 SFだと敬遠している方も、もとから好きな方も。一度読むと、重厚な世界観と、生きた登場人物に惹き込まれてしまうこと間違いなし。ぜひ読んで欲しい、素敵な作品です!

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