己が過去を解き明かした時、人間と妖怪の狭間にいる青年が掴み取る物は──

 ある日、平々凡々な日々を送っていたにも拘らず、ひょんなことから妖に襲われてしまう青年が主人公。そのとき助けてくれた銀髪で琥珀の目をした青年との出会いが、主人公の運命を大きく変えることになる。

 その日を境に、次々と主人公の周りに妖たちが集まってくるようになる。彼らが語るのは、主人公の身に覚えのない過去ばかり。

「果たして自分は何者なのか」

 見目麗しい妖怪たちと関わり合いながら、主人公は、自身に隠された“秘密”を追い求めていく──。



 一人称で描かれる物語。読みやすいことはもちろんとして、感嘆符や疑問符が要所に見られ、全体的に感情的な文だった印象です。そのため、主人公の疑問や焦りが如実に伝わってくるようで、非現実に飲み込まれていく“普通の”主人公の像がありありと浮かびした。

 この“普通の”というところがミソで、主人公は初めて妖怪に出会うその時まで、本当にただの一般として過ごしてきました。このとき、多くの作品では、混乱しながらも“ひとまず”受容する、といったスタンスをとる主人公が多い印象です。

 しかし、本作はそこをグッと掘り下げる。妖怪と出会ったことで、もう普通の生活には戻れない。また、自分には、自分の知らない過去がある。そう言われたとき、人間は強い恐怖と反発(否認)を抱くものです。特に「知らない過去がある」というのは、本来、絶対に揺らがないはずの自分という存在の根底の部分がひっくり返されるようなものです。怖くないわけありません。

 そんなあり得ない事態を“人間らしく”しっかりと否定し、しかし、事実として否定しきれない。そんなどうしようもない現実に苦悩する、等身大の主人公の心の機微が描かれること。また、感じられること。それこそが、本作の見どころの1つであるような気がしました。

 そうして思い悩む主人公を支えるのが、見目麗しく、個性豊かな妖怪側の面々。天然系、糸目系、(恐らく)腹黒系、ツンツンツンツン・デレなどなど……。集まれば当然にぎやかで、ときに喧嘩しながらも、妙なまとまりがある。

 一方で、彼らは権謀術数うずまく“あちら側”の者たち。様々な派閥があり、思惑がある。主人公に見せる優しさも、ただの善意……というだけではなさそうです。

 何よりも切ないのが、彼らが他の多く見ているのが主人公ではなく主人公の中の人であること。言葉の節々で、見え隠れするんです。「あ、この子、主人公じゃないところを見てるな」みたいな。主人公を思いながらも、実際はその奥にいる別の人物のことを思っている。もちろんキャラがそれを直接言葉にするシーンはなかったように思いますが、言動の端々に見えるんです。こう、匂わせ(?)が上手いんですよね…。

 そのたびに、記憶喪失モノにも共通する「現在の主人公の否定」のようなものが垣間見えて、切ないやら、悲しいやら。

 ……でも、それが良いんです! いつか訪れるだろう結末。今の自分のままでいるのか、あるいは過去の……自分の中にあるもう1人の自分に飲み込まれるのか。はたまた、共存の道か……。様々な未来の可能性をはらむからこそ、アレコレと夢想できる。

 そして、夢想してしまうのは、やはり主人公が等身大だからなのかな、と。等身大に、それこそ人間くさく思い悩む今の主人公を応援したくなってしまうのは、きっと、読者である私が苦悩する主人公に共感しているからなのかなと思います。

 物語が結末を迎えたとき、そこに立っている主人公は、果たして……。



 妖怪好きな方はもちろんとして、個性豊かなイケメン達が登場することから、キャラクター文芸好きな方にもオススメしたい、一人の青年の過去を巡って繰り広げられる現代妖怪ファンタジー。

 この世ならざるものに揉まれながら自身の秘密を解き明かした先。今は人間である主人公がたどる未来を、アナタもぜひ見届けてあげてください!

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