“挫折”と“再起”。音楽モノの王道を、心ゆくまで読ませてくれる作品!

 かつて「天才」の称号を恣(ほしいまま)にするピアニストの少年がいた。コンクールに出場すれば賞を総なめにし、大人顔負けの技術でピアノを弾きこなす。世間からもてはやされた彼は、こども心に舞い上がっていた。

 しかし、ある時、彼は“本物”と出会って、自身の才能の程度を知らしめられる。人生初の挫折。それはピアノしかなかった少年にとって、これまでの人生、これまでの努力、その全ての否定と同義だった。

 そうして挫折を知り、現実を思い知らされた少年は成長し、青年になる。

 努力の無意味さを呪い、大好きだったピアノから距離をとって、無為に、気楽に生きる日々。心の奥底で燻る日を見て見ぬふりをしながら高校生活をこなしていた青年のもとに、2人の少女が姿を見せる。

 1人は自身にトラウマを植え付けた天使のような少女。もう1人は、青年が捨て去った過去に光を当てる、秀才ピアニスト。

 彼女たちと出会ったとき、妥協と後悔にまみれた青年の日々に、再起の熱が灯る──。



 一人称でテンポよく進む物語。非常に読みやすく、何よりも各話の“引き”が絶妙で、次から次へと物語を読み進めてしまいます。

 また、ジャンルこそラブコメですが、割合としては8:2といったところ。ベッタベタのラブコメというよりは、音楽を主題とした、しっとりとした恋愛作品に近い印象を受けました。

 それならコメディは要るのか? となりかねませんが、個人的には、2割ほどの割合で挟まれるコメディが物語全体を程よく軽くまとめてくれ、読みやすさを演出してくれできたように感じます。また、物語に緩急やメリハリをつけるという意味でも、わずかに含まれるコメディ要素は欠かせないのかな、と。その点、

『コテコテのラブコメが苦手!』

 という方にはおすすめしやすいです。この辺りは好みにも寄りますので、ぜひ1話、2話をご覧になって、塩梅を確かめてみてくださいね。

 そうして、最近のラブコメにしては落ち着いた雰囲気で描かれるのは、ピアニストの少年の挫折と再起です。

 音楽にまつわる作品において、才能や挫折はつきもの、ですよね。自身の才能に絶望し、挫折し、諦めて……。それでも諦めきれずに、ふとしたきっかけで再び音楽と向き合う。

 暗く淀んだ空気感を晴らす、楽器の音色。物語の中を彩り、踊る、音符たち。それこそが、音楽モノ(?)の醍醐味だと思うんです!

 本作では、ある意味で王道とも呼べるその展開を、とても読みやすく、かつ丁寧に描いてくれます。先に挙げた引きの強さや物語全体の雰囲気からしても「読ませてくれる!」と言ったほうが良いかも知れません。それほどまでに、読者である私を引き込んでくれる見えない引力が感じられました。

 それはきっと、主人公の青年が抱える劣等感に共感してしまうから、なんだと思います。

 ピアノが好きで、楽しくて、賞を取って褒められたら嬉しくて。舞い上がって、だけど“現実”を知って諦め、挫折する……。きっと多くの人が過去に同様の体験をしたことがあるのではないでしょうか? そして、少なくない人が、悔しさを噛み締めて、現状に甘んじているんだと思います。……主人公のように。

 そんな主人公に共感(=自分を同化)する。そんな読書ならではの体験ができるのはきっと、一人称かつ、具に主人公の悩みと葛藤を作者さまが描いてくれているから、なんだと思います。

 だからこそ読者である私は、現実の私ができなかった“再起”を願って、主人公を応援してしまう。本作を読み進めてしまう。

 細やかな心情描写が生み出す没入感と、最低限ながら適度なコメディも交えた読みやすさ。それこそが、本作の魅力なんだと思います。

 そして、主人公が再び音楽と向き合うために欠かせないのが、ヒロインたち。天才と秀才。音楽にまつわる作品ではお馴染みではあるものの、だからこそ、最強の属性を持つ彼女ら。性格も在り方も両極端と言って良い2人が、主人公の中でくすぶっていた音楽への熱を呼び覚ます……。これぞまさに求めているものですよね! ご馳走様です!

 ヒロインにも個人的な好みがあって、ラブコメにありがちな二次元的な魅力……いわゆる「萌え」をあまり押し付けて来ていない点も、読みやすさに寄与していた気がします。

 もちろんラブコメなので容姿や設定などには萌えが存在しますが、言動で、あるいは過去でも、ヒロインたちの魅力を伝えてくれたことも、読んでいて嬉しかったです。(ついでに、主人公とヒロインの1人を導く大人な先生が、格好良くて個人的には刺さりました)



 「挫折と再起」。そんな、音楽作品の王道と呼べる内容を、一人称による丁寧な心情描写と没入感、魅力的なヒロインとで“読ませてくれる”、素敵な作品です!

「音楽作品が好きなんだけど、この作品、ジャンルはラブコメなんだよな……」

 とか、

「は? しっとりとした音楽作品とラブコメ? ミスマッチだろ」

 とか、思っていらっしゃる方がいらっしゃいましたら、ぜひ一度、ご覧になってみてくださいね〜!

 いい意味で、ラブコメらしくない音楽系ラブコメ……。オススメです!

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