第5話 父様、母様、先立つ不幸をお許しください!

「何覗いてるんですか!ゆうとさんの変態!ヘ・ン・タ・イ!!」


 買ってきたトイレを使うというので、具合確かめのためと、大きい方だった時のお掃除待機で、ルゥのトイレ前に座っていたら、怒られた。『夫婦の中にも礼儀あり』だそうだ。

 世の中にその行為を見て興奮する人がいることは知っている。ソレそのものに興奮するツワモノもいるとは聞く。が、俺にその趣味はない。ましてや、猫のを見て興奮するほどの変態マイスターでもない。そしてなにより、俺たちは夫婦ではない。


 仕方ないので、その間、部屋の掃除をすることにした。特にゲーム機が邪魔になった。ゲーマーってほどのめり込んでもいなかったが、そこそこやっていたので、どうしよう。でもコイツの世話と、家の掃除があると、やる暇はないかなぁ・・・よ、よし!片付ける!これを機を俺は変わる!人間はやめないけど!・・・でも、時々取り出せるように出しやすい場所に・・・


 逡巡してる間に、ザッザッと砂をかける音がした。

「終わった?」

「特に問題ございませんでしたわ」

 振り返ると、ルゥはトイレを出て、前足を舐めていた。見ると小さい方だけだったようだ。一回毎に替えなくて良いのは楽でいいな。


 あっそうだ!篠田さんにお礼を言わなきゃ!

『今日はありがとう。選んでもらったヤツ、すごく具合がいいよ』っと。


「誰にメッセージ送ってるんですか?」

 送信すると間髪入れずルゥが聞いてきた。じっと俺を見て、尻尾をゆらゆらと振っている。

「お、お礼言ってなかったから・・・」


 ピコンっ! あっ、もう返ってきた!


『良かった!気にいってくれたんだね!』

『病院はいつ行くの?』


 なんか心配してくれてるみたいだ。嬉しい。

『病院は明日行く予定』


 ピコンっ

『嫌がるコもいるから、頑張ってね!(^._.^)ノ』

『ありがとう』


 最後の猫スタンプ、カワイイ・・・篠田さんみたい・・・


 バリバリと音がするので振り返ると、ルゥが開けたばかりの爪とぎで爪を研いでいた。


「ここに本物がいるんですが?」

 バリバリ、バリバリっ・・・


◇◇◇◇◇


「ほぅら、ルゥさ〜ん?お出かけですよぉ〜?」

「・・・何、気持ち悪い声を出していらっしゃるんですの?」


 翌朝、予約していた病院にルゥを連れていく準備をしていた。歩いて行くことも考えたが、病院までちょっと距離があるので、父さんの車で向かうことにした。


「お出かけってどちらに?デートではないんですの?」

「病院ですよ?楽しいところですよ〜」

 ルゥはこちらを見ながら、行ったり来たりしている。嘘、じゃないですよ〜

「・・・嘘、でしょ?」

 いやいやいや・・・いや?


「・・・病院ってなんですの?」

「病気を治したり、病気にならないように、調べたり予防したりするところかな。」

「病気にならないように?それは、、この世界は素晴らしい世界ですのね?もし病気を防げたら、私が元いた世界でも・・・世界でも何でしたかしら?今、一瞬思い出せそうでしたけれども・・・」


 尻尾をくるくる回して考え事をしているルゥを、チャンス!とひっ捕まえて、キャリーバッグに突っ込んだ。『もう少しレディは丁重に!』と文句を言っていたが、中が意外に心地よかったのか、そのままくつろいでいた。


「さっ、このままわたくしをお運びなさい!」

 ・・・いつの間にお姫様キャラになったんですか?


 ・・・

 ・・・


 んー、警戒してる、めっちゃ警戒してる。父さんが出てきたところで、ルゥは威嚇まではいかないが、誰がみても警戒していると分かる様子だった。母さんの『父さん、やる気満々よ?』の言葉が逆に痛々しい。


「ねぇ、父さん、猫好きなん?」

「・・・んーまぁまぁかな?」


 父さんの『まぁまぁ』は『大好き』という意味だ。コイツはいいことを聞いた。ルゥ関係で何かをお願いする時は父親経由だな。


「・・・ゆうとさん?今すごい顔してますわよ?」

 持っているキャリーバッグから小さく声が聞こえてきた。いかん、いかん。本音が漏れた。


◇◇◇◇◇


 病院に着いた。

 父さんが手続きをして、待合室で待っている間、ルゥはキャリーバッグの中でキョロキョロしていた。不安なのかどうにも落ち着きがない。


『父様、母様、先立つ不幸をお許しください。』

 小さな声。ぉぃぉぃ・・・というか、それはどっちの両親だ?猫の?それとも前世の?


 予約していたので、あまり待合室で待たなかった。ちなみに予約したのは、父さんだった。どんだけやる気満々なんだ?むしろ父さんが飼った方がよくないか?


 ・・・


「よろしくお願いします。」

「はい、よろしくね、この子は・・ルゥちゃんかな?」

 カルテを見た後、先生がルゥに声をかける。柔らかな笑顔の坊主頭の先生。声も優しげで、初対面でも動物が好きな良い先生なのが分かる。


「今日は、健康診断、ワクチン接種、ウイルス検査をやりますね。ワクチンは3種、4種、5種ありますが、どうしますか?」

「5種でお願いします。」


 即答したのは、父さんだった。俺のアタマに相当クエッションマークが漂っていたのだろう、父さんが簡単に説明してくれた。打った方がいいワクチンは5種類あり、そのうち必須と言われているのが3種。もちろん種類の多い方が金額は高いのだが『病気は伝染らない伝染さない』だそうだ。・・・父さん、相当調べたでしょう。


 先生がルゥをバッグから出した。もっと暴れるかと思ったら、意外に素直だ。先生が、目、口の中、耳の中、内臓の触診と順番にチェックしていく。


「ノミもいないですし、特に問題はなさそうですね。食事は?」

「毎回、よく食べてます。」

「お通じは?」

「今朝出ました。」

 臭かったです、と言おうとして、ルゥに睨まれた。


「じゃあ、検温と検便しますね。」

 フニャ?!

 オシリに体温計を突っ込まれ、ルゥが変な声を出した。何か訴えるような目をしている。無視、無視。体温計についた弁で検便してくれるらしい。


「じゃあ、ワクチン注射しますから、ちょっとルゥちゃんを押さえていてください。」

 先生と交代。まだうまくルゥをおさえられない。さすが先生だなと思っていたら・・・


 ニギャーー!!ニギャ!ニギャ!


 注射した途端、ルゥが騒ぎ出した。『ハイハイ、もう終わりますよ〜』と先生が声をかけるが、ルゥが収まらない。そんなに動くと・・・あっやべっ!


 ルゥが俺の手の中から飛び出し、診察室を駆け回ると、あっという間に戸棚の上に駆け上がってしまった。


「先生、すみません。あまり慣れてなくて・・・」

「元気な猫ちゃんですねぇ」

 先生は『よくあることです』ぐらいの勢いで落ち着きすぎている。


「ルゥ!大丈夫だから!降りてこーい!」

 シャーッ!!と威嚇してくるルゥ。怒りで我を忘れている、鎮めなきゃ。・・・いや、、あまり怖くないな。子どもが駄々をこねてる感じ?


 あっ!

 ルゥが上にあった箱に跳び乗った、と、箱が崩れて、ルゥごと落っこちてきた!アブナイ!

 その時俺は咄嗟に受け止めようとした、らしい。両手を広げて。受け止めはできた、らしい。運動神経が少し足りない俺には上出来だ。ただ問題は受け止めた場所、そこは両手でも胸でもなく、顔面だった・・・らしい。


 ブギャっ!


 今度は俺が変な声を出す番だった。


 ・・・

 ・・・


 気がつくと、椅子に寝かされていた。どうやらルゥが顔面にぶつかって、ショックで気を失ったらしい。幸運なことに真後ろに父さんがいて、頭を打たずに済んだ。

「大丈夫だと思いますが、心配なら病院に行った方がいいですよ?人間の。」と先生の談。俺が寝かされている間に、さっさとルゥのウイルス検査は終了したらしい。診察台の上で、ルゥがしおしおとしていた。痛かったのと、怖かったのと、それが終わってホッとしたのと、色々混じって疲れたんだろう。


「ウイルス検査は、猫エイズ、白血病共に、陰性でした。ただ潜伏期間がありますので、2か月後にまた来てください。その時に2回目のワクチンも摂取しましょう。」

「ありがとうございます。結構ワクチンって打つものなんですね。」

 こんなに何回も打つとは知らなかった。父さんは『知ってたぞ』的な顔をしている。こないだ調べたばっかりなんじゃないの?


 先生は一瞬『おっ』という顔をした後、『ふむ』という顔をした。

「人間はもっと打ちますよ?お父さんはご存じのはずです。」

 父さんの顔は見なくても分かった。たぶんドヤ顔パート2だ。たぶん俺は、えっ?そうなの?って顔をしていたんだと思う。先生は説明してくれた。

「人間の赤ん坊はね、生まれて二か月後から半年間で15回以上もワクチンを打ちます。もちろん君も打ってます。そうやって人の命を守っているんです。命を守る、命を育てる・預かるというのは大変なことなんです。」

 先生がずいと俺に顔を近づけた。

「君はルゥちゃんをきちんと守ってあげることはできますか?」


 ルゥを守る。

 さっき注射の時にルゥを押さえてた重さが手に蘇った。温かさを思い出した。そうか、俺はルゥの命を今預かっているのか。じっと見つめる先生が目の前にいた。目をそらしてはいけない気がした。


「・・・はい。」

 短くそう答えると、先生は『よろしい!』と言ってニコリと笑った。まるで娘を嫁に出すお義父さんみたいだ。


 ふっと見ると小さくなっているルゥの隣に父さんがいた。あっと思うまもなく、父さんはルゥをゆっくりと優しく撫で始めた。

「・・・」

 父さんはゆっくりゆっくり、声をかけるわけでもなく、優しく優しく。ルゥは嫌がる様子もなく、撫でられていた。嫌がってなさそうだけど、また演技なのか?まぁいい。今日は頑張ったし、帰ったら慰めてあげよう。


 ◇◇◇◇◇


「何なのよ!あのハゲオヤジは!!」

「あら、ルゥさん、人がいないところだとずいぶん強気ですね?」


 帰ってきた途端これだ。ルゥは、部屋の中をぐるぐる、ソワソワ、歩き回っていた。内弁慶極まれり。


「ルゥの身体を守るために必要なことなんだよ。」

「守るのに、なんであんなに痛いんですか?!ゆうとの嘘つき!!」


 守るために痛い、良薬口に苦し、何かを得ようと思えば何かを犠牲に、等価交換だね。椅子に座って、そんなことを考えていると、ルゥがぴょんと膝に乗ってきた。


「今度あったら、タコに変身する魔法でもかけてやりますわ!」

「えっ?!できんの?」

「できるわけないじゃないですか!私ができるのは心を読むだけです。」


 撫でていたルゥが『何バカなことを言ってるんですか』みたいに見てきた・・・転生とかしてるんだから、ありそうじゃない?男のコだったら魔法って萌えるじゃない?


「そういえば、病院でお父さんが撫でてたけど、大丈夫だったの?」

「・・・」

 あぁ、やっぱりダメだったかーそれならあの時言ってくれたら・・って俺、その時寝てたか、ごめん__

「・・・お義父様って、お優しい方だったのですね・・・心の中でしたけど、ずっと優しい言葉をかけてくださって・・・」


 謝ろうと思ったら、ルゥが答えてくれた。病院で、父さんがどういう言葉をかけてくれたか。どれだけ優しかったか。おかげで落ち着いて何とか注射することができたか。そうか、父さんが。まぁ父さんならありそうだな。昔から父さんは優しい人だ。


「・・・でも、ゆうとさんは撫でるのを止めないでください!今日大変だったんですから!!」

「はいはい、分かりましたよ。」

 どうもこれから膝で撫でるのは日課になりそうだ。

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