第9話 賛辞の声は「いとをかし」

 ルゥ専用のベッドを購入した。今まで、ルゥは使い古しの毛布で寝ていた。でもそれでは小さくなってしまった。小さいと俺のベッドの方に来てしまう。そうすると明け方、俺のベッドが毛まみれになる。なので新しく購入したいとルゥに伝えると・・・

「ゆうとと、二人一つのベッドで・・・」

 くねくねしだしたので、強制的に購入が確定した。そういえば「シングルベッドうんたらかんたら・・・」みたいな懐メロがあったような・・・ちなみに、お財布は・・・はい、毎回お父さんごめんなさい。大丈夫、こないだの成績が良かったので母さんは機嫌が良いし、ルゥには父さんにいつも以上に媚び売っとけ!と言っといた!だから大丈夫!・・・いやきっと。


「カワイイーー!!」

 買ってきたのは、白くて丸い、ふわふわもこもこのサークル。チョイスは母だ。母さんは結構カワイイ系が好きなのだ。


「さすが、お義母様!センスある!」

 俺に母さんへの賛辞を述べても何も出ないぞ?にしても何故だろう、女子が全てを「カワイイ」で表現するのは。


 そういったとたん、ルゥの耳がピクンと立った。

「今の言葉は、聞き捨てなりませんねぇ」

 予想外のツッコミにキョドる俺を横目に、ルゥは尻尾をビシッ!と向けてきた。

「いいですか?古今東西『感嘆』を表す言葉は、常にその時代、その地域の『最高位』を表す言葉なのです!現代日本において『カワイイ』は最高位です!だからすべてを『カワイイ』で表していいのです!」

 は、はぁ・・・

「男子だって、ほとんど『スゲー』で表現するじゃないですか?!それは男子にとって『スゲー』が最高位だからです!」

 えっと、、ルゥさん、何か憑依しました?


◇◇◇◇◇


「ねぇ、松本君!ルゥちゃんは元気してる?」


 ルゥを飼ってると分かってから、篠田さんからちょくちょく話しかけられるようになった。同じクラスなので、それまでも事務的な話はもちろんしていたが、あれからほぼ毎日話しかけられている。おかげで少しまともに話せるようになった。もちろん全てネコの話題だ。ルゥがご飯食べたとか、病院で暴れたとか。その度に篠田さんは『ウケる!』といって笑ってくれた。篠田さん・・・あぁカワイイなぁ・・・。あっ、これが『感嘆』か!『いとをかし』ってやつか!


「そうそう、こないだね、うちのコの大豆だいずくんがね?__」


『大豆くん』は篠田さんちのネコの名前だ。篠田さんは話し出すと途中から大豆くんの話になる。俺の2倍は話している。おかげで大豆くんについて詳しくなった。にしても、なぜにネコの名前に大豆だいずなんだろう。未だに分からない。

 チャイムが鳴った。話の最後に篠田さんはいつも『あぁ早くルゥちゃんに会いたいなぁ』と言って、最後に『もちろんうちのコが一番だけど!』と言うまでがセットだ。今日もそうだと思っていた・・・


「あっ、そうだ!今度の日曜うちのコのおもちゃを、買いに行くんだけど、一緒に来ない?まだ買ってないでしょ?」

「えっ?!」

 ・・・今、なんて?鋭いカウンターを見舞われたように、俺は若干のけぞった。


「あっ、何か予定があるなら別にいいんだけど・・・」

 一緒におもちゃを買いに行く・・・篠田さんと二人で?いやまさか・・・

「それは篠田さんのお父さんとかお母さんもいっしょ__」

「えっ、一緒のわけないじゃん?!」

 篠田さんは『何を当たり前のことを聞く?』みたいな顔をした。えっ、マジっすか?当たり前じゃないですよ?篠田さん?えーっと・・・それってひょっとしてデートっていうのでは?そうなんですか?好感度ゲージはどこですか?右上ですか?左下ですか?フラグ立ってませんか?誰か教えてください!

 ブンブンと頭をふって『いきます』と一言答えるのが精いっぱい。ルンルンとスキップするような篠田さんと、突然の出来事についていけずフラフラの俺。セコンドがいたら、とっくに白いタオルが投げ入れられていたと思う。

『じゃぁまた連絡するね』と言うと、篠田さんは自分の席に戻った。次の授業は英語だった。I can see. が『いとをかし』に聞こえるぐらい、頭が沸騰してた。


◇◇◇◇◇


 日曜日。

 いつもならルゥに起こされるが、今日は早めに起きてしまった。というより、昨晩ほとんど眠れなかった。ルゥの世話は父さんに頼んだ。お願いをした時、父さんは『きりこについて』という本を読みながら『あぁ』と気のない返事をしてくれた。返事をしてくれたということは万事問題なしということだ。


「なーんか、ゆうと、昨日からソワソワしてる。」

 ルゥはいぶかしげに質問してきた。別に、そんなことは、、無い、と思いたい。確かに数少ない服を選ぶのに少し迷ったり、髪の毛をセットするのに少し時間がかかったり、スマホを少し念入りにチェックしたり、姉がバイトに出る直前に、意味ありげな笑みを浮かべていたりしただけだ。


「近くのニ〇リに行くだけだよ?ルゥのおもちゃを買ってくる。」

「ふーーん」

間違いではない、決して嘘は言っていない。決して!妙な期待なんかしていない!疑問を浮かべたルゥが玄関まで見送りに来たが、何かを見透かされそうだったのでルゥを見ずに『行ってきます』とだけ行って、ささっと出てきた。


 ・・・


 ニ〇リに着いてしばらく待っていると、篠田さんが到着した。いつもの制服とは違う服装、それだけでドキッとしてしまう。あぁ本当にカワイイなぁ・・・


「ごめん、待った?!」

「いや、今来たところ」

 あぁ言ってみたかった、このセリフ・・・まぁ事前に到着時間は知ってたんだけど・・・まさか自分が、こういうリア充的なセリフをリアルに使うことになるとは・・・


 おもちゃコーナーに到着。ネコ用品コーナーの隣。おもちゃも種類が多い・・・。猫じゃらし、ぬいぐるみ、といったものだけでなく、ビールや爪とぎ付、ネコがおっかけるためのレーザーポインターまである。ぬいぐるみは魚の形やペンギン、エビの形など様々。猫じゃらしも、もこもこの先があるもの、毛がふさふさしたもの、釣り竿のような形と様々。ネコって狩猟するからこんなに多いのかなぁ。・・・それにしてもたぶん一人だと選べなかったと思う。・・・いや、でも、篠田さんが隣にいると緊張して選べないかも・・・


「ねぇねぇ、松本くん!これ見て!カワイイー!!」

 袖を引っ張られた。篠田さんが指をさした先には、エビの形をしたぬいぐるみがある。赤とピンクでデフォルメされたエビで確かにカワイイ。

「似たようなの、大豆くん持ってて気に入ってるんだけど、これはどうかなぁ、でもカワイイ!」

 カワイイって言ってる篠田さんがカワイイ・・・いや、ここは『そうだね、カワイイね』と共感を示さねば・・・そう何かに書いてあった。ゲームだったか?


「こういうのってね、中にマタタビとか入ってて、ネコが楽しくカミカミして遊ぶんだよ?」

「そ、そうなんだー、カワイイねぇー」

「・・・本当にそう思ってる?」

 いかん、緊張しすぎて心がこもってなかったか。『スッゲー、カワイイ!!』と言い直した。篠田さんは『そうでしょ?』と胸を張って、ふふん!と鼻息を立てた。


 それから篠田さんの独壇場だった。この猫じゃらしは、大豆くんが小さい時に使ってたけど、ずーっと追いかけて楽しそうだった、このマタタビ入ボールを置いとくと、一人でお留守番している時も飽きなかったよ、このぬいぐるみはずーっと離さなくてね、とか。そのうち『でもお高いんでしょう?』と言った方がいいんじゃないかと思うぐらい商品を紹介してくれた。大豆くんとのエピソード付で。


「ねぇ、これ!」

 篠田さんがさっきのエビのぬいぐるみが目の前に2つ突き出していた。

「ねぇ、松本くんもこれ買おうよ!」

「あっ、うん・・・」


 押しの強い篠田さんの言われるまま、エビのぬいぐるみと猫じゃらしを買った。ルゥは気にいってくれるかな。


 ・・・


 会計が終わった後『今日は楽しかった、おかげで買えた、また一緒に来てもいい?』というセリフを用意して、頭の中でシュミレーションして、さぁ!勝負!と篠田さんに向き合った時・・・


「ねぇ、夏休みに入ったら、ルゥちゃんに会いに行っていい?」

へ?!それは・・・どういう意味ですか?


篠田さんが家に来るという意味だと理解するのに、しばらくかかった。ザ・ワールドに止められた時の中を動くのは、こんな感じか?


「迷惑だった?」

篠田さんの若干上目遣いと甘い声色。ジャブとストレートと見せかけて、アッパーカットで、一発KO!!


◇◇◇◇◇


「ゆうとは、前から変態だと思ってはいましたが・・・」

「ん?何のことですか?ルゥさんや?」

「・・・」


夏休みになったら、なったら、篠田さんが、遊びに、遊びに来る!!俺んちに!!


「何度も言ってるけど、しのっち(注:篠田さん)はね?に会いにくるんですよ?わかってる?」

「うんうん♪分かった、分かった♪」

「・・・そのぬいぐるみをスリスリしてもね?仕方ないというか、気持ち悪いというか・・・」

「ん〜、篠田さぅぁ〜ん!」

「・・・」


ルゥはくるりとふり返り、呆れたように尻尾を少し左右に振って、買ったばかりのベットに潜り込んだ。『こちらの世界は人間もマタタビ好きなの?』とか聞こえた気がした。

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