第10話 乙女の心を弄ばないで!

 夏休みに入った。高校最初の夏休み。昨年までだったら、塾行って、帰りにクラスのやつとだべり、アイス食って、ゲームして、寝る、の繰り返しだった。だがしかし!今年は!今年は違うのだ!いよいよ私は、爆散する側から、爆散させられる側になるのだ!そう!リア充だ!


「・・・ゆうと・・水を差すようで悪いんだけど、篠田さんは私に会いに来るんですよね?」

「ん?何のことかな?聞こえないなぁ~」

「・・・」


 ルゥは自分のベッドにクルリと戻って、クルリと丸まってベッドに収まった。なんだか不機嫌のように見えなくもないけど、今はそんなことはどうでもいい!篠田さんが、篠田さんが、今日うちに来る!!


 ピコん!

『もうすぐ到着するね』

『おっけー』


『おっけー』の後にハートマークを付けそうになってしまった。『それはイタイぞ』と一瞬冷静になった自分を褒めてあげたい。


 ・・・


「こんにちは~、おじゃましま~す」


 今日は白っぽいワンピース。爽やかすぎる!カワイイすぎる!少し上目遣いになるくらいに篠田さんは傾いて、背中に羽でもあるんじゃないか?


「・・・あの、松本くん?上がってもいい?」

 あぁヤバい、少し異世界に飛んでしまっていた。現実世界に戻った俺は、篠田さんを家に招き入れた。でも俺には篠田さんが別世界から来た人のように感じてしまう。あぁカワイイなぁ・・・


「そういえば、今日、バスケ部の練習は?」

「今日の練習は休み。」


 休みの日に、わざわざ俺のところに来てくれるなんて・・・いやいや、ここで期待しすぎて、焦って失敗するのはよくあるパターンだ。地道に好感度を上げていくんだ!あぁゲージが欲しい!コマンド表が欲しい!


 ルゥのいる俺の部屋に行く前に、リビングに行ってみた。母さんがいて、父さんがいて。父さんは珍しくマンガを読んでいた。タイトルがあまり見えないけど『つしま』という文字だけ見えた。母さんと篠田さんは、挨拶した後、『ルゥちゃんの話を聞いてたら、会いたくなっちゃって』とか『あら、いつでも遊びに来てね』とか、俺にとってはコミュ力高めのトークをしていた。あっ、話に付いていけない人が、この場にもう一人いた。父さんは軽く挨拶した後、本に顔を埋めるように読んでいた。あれは恥ずかしがってるな、きっと。俺の部屋に向かう時に、母さんが少しニヤニヤしていた気がするが、気のせいだと信じたい。


 篠田さんが俺の部屋に・・・今、たぶん篠田さんより俺の方が緊張している自信がある。『さぁどうぞ天使様』そんな気持ちでドアを開けた・・・


 「・・・」

 「・・・」


 ルゥが部屋にいない・・・


 部屋の中に、ルゥの姿は見えなかった。部屋を出る時は、ルゥのサークルで寝てたんだけど、見当たらない。エビのぬいぐるみも床に転がったまま。部屋の外にでるはずはないし・・・どこかに隠れているのかな?


「ルゥちゃんいないね?」

「さっきまでいたんだけど・・・」

「突然来たので驚いて隠れちゃったのかな?」


 突然、ってことはない・・・ルゥは篠田さんが来るのを知ってたし・・・篠田さんには言えないけども。


「おーい、ルゥーどこだー」

 ひとまず声をかけた。返事はないが、シカバネのはずはない。


「あっ、いた!」

 先に見つけたのは、篠田さんだった。机の下に隠れていたようだ。こないだ姉貴が来た時も、机の下だったよな?最終逃げ込み場所なの?


「あ、本当だ。おーい、ルゥ!出てこーい!」

「大声出すと、ネコって逃げるんだよ?」

「えっそうなの?」

 あぁだから姉貴の時に逃げたのね。そうこうしているうちに、篠田さんが優しく「おいでぇ」と手招きしていた。しかし、ルゥは奥に引っ込むばかり。姉貴の時ほどじゃないが、少し「シャー」しているようにも見える。


「あれ?」

 篠田さんが、少し不安な顔をして首をかしげた。

「おかしいなぁ、私あまりネコちゃんに嫌われたことないんだけど・・・ルゥちゃん、人見知りなのかなぁ。」

 篠田さんが少し寂しげな表情をした。『大丈夫、ちょっとルゥが変なだけだから』と篠田さんに声をかけた。の篠田さんを悲しませるとは、ふてぇヤロウだ!ルゥ!あとで覚えていろよ!


「あっ!」

「あっ!」


 俺が篠田さんにアタフタと声をかけている間に、ルゥはシュパッと机の下から飛び出した。スタタとかけると今度はベッドの下に。


「んー、結構警戒されちゃったね。」

「篠田さん、せっかく来てくれたのに、ごめんね。」


『大丈夫だよ』そう言って篠田さんは顔を綻ばせた。小さな子どもを見守るような細い目だった。


「ネコちゃんって、こっちの思い通りに、動いてくれないから、よけいにカワイイよね♪」

 そういうものかな、ネコ上級者はスゴイ心境に達してるなぁ。でも、まぁ篠田さんが楽しんでくれてるなら、それはそれで良かったかも。色んな表情見れたし・・・


「・・・とはいっても、このまま会えずに帰るのは悲しいから__」


 そういうと、篠田さんは近くに置いていた猫じゃらしを手に取った。『ジャ~ン!!』という効果音と『フッフッフッ』とありがちなセリフと共に。

 篠田さんは、猫じゃらしを魔法のステッキでも持つかのように少しくるりと回した。今『実は魔法少女でした』と言われても、俺は信じる!!


 篠田さんは猫じゃらしの先を、ベッドの下に入るか入らないかギリギリのところで振り出した。小刻みに振る先から、鈴の音がチャリチャリと小さく立つ。『さぁ出てきなさぁい!』と小さく話す篠田さんを見ると、完全にポイントを探す釣り師の目だった・・・


 ピョコッ


 あっ脚が一瞬見えた!

『もう少しね』

『この誘惑にいつまで耐えられるかしら?』

 篠田さんは、更に猫じゃらしを振り続ける。まるでフライフィッシングのように、巧みに竿を操る篠田さん。


 猫じゃらしがヒュッと外側に動いた瞬間!


 ぴゃん!!


 それー!!ベッドの下から、ルゥが釣り上げられた!一瞬、麦わら帽子と後光のさす釣り師の幻影が見えた気がした。猫じゃらしは手の延長に過ぎないのかもしれない。


 釣り上げられたイワナ、もといルゥは猫じゃらしの先に飛びついた!と思ったら、ハッと我に返ったのか、俺のところに駆け寄って来た。そのまま背中から駆け上ると、肩付近に巻き付いた。


「ちょっ、ちょっと!ルゥ!」

「良かった!出てきてくれた!」


 篠田さんは勝ち誇った笑顔で、肩に乗るルゥを見ていた。しかし、そこでは終わらない。篠田さんは猫じゃらしをルゥの目の前で振った。猫じゃらしに合わせて、細かに首を左右にふるルゥ。


「それー!!」

 大きく弧を描く猫じゃらし!!そこ軌跡を追いかけ、肩から飛び跳ねるルゥ!!


 ルゥは、猫じゃらしにまたも飛びつき、床でしばらくこねくり回した後、またもや、ハッ?!と気づいて、サッサッと俺のところに駆け戻ってきた。


「ルゥちゃんって、本当に松本くんのことが大好きなんだね、なんか妬けるなぁ。」


 篠田さんは、クスクスと笑った。俺の首周りにへばりついているルゥの背中をそっと撫でる。ルゥは一瞬ピクッと反応したが、その後はゆっくりと撫でられていた。ん?まてよ?妬けるって・・・いや、まさか。そんなはずは・・・いやでも、ひょっとして篠田さんは俺のこと・・・いや、待て待て、落ち着け!俺!


「ルゥちゃん、大丈夫だよ?君のご主人は取らないから。」

 妄想猛々しい俺が固まっているのをよそに、篠田さんはルゥの背中を手の甲で撫でながら、優しく声をかけた。ルゥのご主人としては、むしろ篠田さんに奪ってほしいのですが・・・そんなことを考えていると、耳元でシッ!という音。ルゥがこちらを凄い目つきで睨んでいた。


◇◇◇◇◇


 篠田さんが帰ってから、ルゥはずっと俺にしがみついている。自室にいる時はもちろん、夕食の時もそれ以外の時も、ずっと抱っこをせがむように、俺の側にいた。『いい加減離れろよ』といって引き離そうとしても、爪をたててしがみついて離れない。母から『ルゥちゃんは、ゆう君が大好きだもんねぇ』とからかわれた。


「なぁ、もういいんじゃないか?俺もそろそろ風呂に入りたいし。」

「・・・やだ・・・」


 自室に戻ってもルゥは、引っ付いたまま。手を離しても胸にへばりついているので、遠くから見たら新しいデザインTシャツのようだろう。そのまま床に座ると、ルゥは飛び降りて、いつもの定位置と言わんばかりに、胡坐をかいた俺の膝に潜り込んできた。


「しのっちの・・・どろぼう猫・・・」

 んー、それはどちらかといえばお前の方じゃないか?どろぼうと言われるほど、私は何も奪われていませんし・・・(泣)心の中で泣き始めた俺の方を、ルゥはチラリとみてきた。


「それに篠田さんって、ゆうとのタイプではないでしょ?」

「いやいや、どこをどう見たらそうなる?」


 自分で言うのもなんだが、こんなに分かりやすい態度もないと思う。第一お前、最初に俺のこと見てたストーキングじゃないか。俺が篠田さんのこと好きなの知ってるだろ?!そう思っていると、ルゥは少し躊躇い気味に、膝の中でもにょもにょと体を動かした。


「だって、ほら・・・ゆうとって、胸が大きい方が好きなんでしょ?篠田さん、そんなでもないから・・・」

 は、はい?!どういうことでしょうか???


 ルゥ以上に戸惑う俺。ルゥは少し顔を上げて、俺のベッドの方を向いた。少し躊躇いがちだったが、意を決したように話を続けた。


「ほら、ベッドの下にある本・・・胸が大きな人ばかりだし・・・」

 ふぇ?!!

「・・・だから違うのかなぁ~って」

 あーあーあーわーわーわー

 なぜに!それを!!


 慌てふためき阿波踊りのような動きをする俺の上半身をよそに、ルゥは俺の膝に顔をもう一度うずめた。顔を隠したいのは俺の方だ!あの本は違うんだ!いや違くはないが、あぁ見えて篠田さんはけっこう・・・いや、それも違う!そうじゃない!そうだ!


「おっぱいに貴賤はありません!!おっぱいは全て善です!!」

「・・・」

「・・・」


 俺の高らかな宣言は、無情にも誰の耳に届くことはなく、涼やかな風と共に流れていった。Gone with the Wind...


「悠人は死なないわよ・・・」

「??なんのことだ??」

「それに、わたくしも、大きさはともかく、数なら負けないですし・・・」


 ルゥが自分のお腹を見せようとしていた。・・・いや、そういう問題ではない。

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