第6話 私!にゃんチューバーになります!

 ルゥがよく食べるようになった。来た時に比べて倍くらいは普通に食べるようになっている。数日前から、ちょっとずつドライフードも出すようにした。食べる時、基本ルゥは一心不乱だ。話すわけでも、よそ見をするわけでもなく。部屋にカリカリと心地いい音が響く。

 そういえば、猫のこういう映像をYouTubeで見たような・・・今のルゥの姿を動画に撮って流したら、結構再生回数あがるのかなぁ。


「・・・ゆうと、何してるの?」

 珍しくルゥが食事を止めて、こっちを見てきた。

「あ、えーっと、ルゥの姿がカワイイなぁ~なんて・・・」

「その手元に持っている四角いものは何ですか?」

「いやー、大したものでは・・・」

「見せなさい!!」


 ルゥはバッと跳び上がると一気にふともも、お腹、胸と駆け上がってきた!いつの間にこんなに早くなったんだよ!敏捷性のスキルでも身につけたか?!慌ててスマホを背中に回すが、肩から頭まで来てしまった。爪が、爪が!


「わ、分かった!分かったから!降りてくれ〜!」

 猫に蹂躪される乙女の気分・・・


 ・・・


「・・・で?わたくしの食事シーンを盗撮して、荒稼ぎしようと?」

「荒稼ぎなんて、滅相も__」


 ルゥが俺の前に座って、尻尾をゆらゆらと揺らしていた。なぜに俺は猫の前で正座をしているんでしょうか。人間としての尊厳が・・・


「はーっ・・・それにしても、他人の食事シーンなんて見て面白いのかしら?」

 ルゥは大きなため息をついた。そんな人間を下等生物みたいに見ないでくださいぃ〜。


「あの、最近はですね?猫の動画をあげるのを『にゃんチューバー』って言ってですね?ものすごく人気なんですよ?」

「そうなの?」

「そりゃあもう、そう考えたら出演されるお猫様なんて、言ってみれば女優ですよ?主演女優。いやー素晴らしい!」

「それは、、そうなの?」

 おっ?まんざらでもない?よしっ!!この路線だ!


「もう女優に密着してドキュメンタリー風にしてですねぇ。そしたらもうアカデミー賞とか?狙えるとか?」

「例えば、どんなシーンを想定されてるの?」

「そうですねぇ、先ほどの食事シーン、室内で戯れるシーン、それから本日シャワー予定ですので、その辺りをですね__」

「ん?シャワー?」

 まるでプロデューサーにプロットを説明する脚本家のように、饒舌になりだした俺の言葉をルゥは遮った。


「はい、本日、ルゥ様のシャワーを予定しておりますので・・・」

「シャワー?つまり・・・入浴?」

「はい、ご入浴シーンを・・・あっ・・・」


 ルゥはくるりと後ろを向き、香箱座りしてしまった。

「どうして、ゆうとはそんなにイヤらしいのかしら・・・」

 あー、どうやら『入浴』ワードで勝手に出てきた俺の妄想を見てしまったらしい。ごめんなさい、高校生男子の妄想力を許してつかぁさい!


「・・・わたくしは、わたくしは・・・ゆうとにだけ見てもらいたい、、の・・・」


 ・・・何だ、今の一瞬の、ドキッは。いやいや、猫だから、猫だから!!セリフに惑わされず、目の前の事象を刮目せよ!


「・・・」

「・・・」


 バンッ!

 どわっ?!っと!


 俺の部屋の扉が突然開いた。この家にノック無しで入ってくる人は一人しかいない。しっかりとした体格、ポニーテールを振り乱し、大音響で話す女性。我が姉、優里(ゆり)だ。


「やーやー!ゆう!エロいことしてるかい?!」

「ゆり姉ぇ、いつも言ってるだろ?!入る時はノックを__」

「えっ、本当にエロいことでもやってたか?!」


 19歳の姉は、いつもこんな感じで俺を!いじってくる。同じ大学に彼氏がいるらしく、以前彼氏の前でも同じなのか聞くと『そんなわけないじゃな~い』だそうだ。


「で、ゆうが誘拐したっていう猫はどこ?」

「誘拐って人聞きが悪いなぁ。どこって目の前に・・・ってあれ?」

「いないじゃない!!」


 なんでそんなに大声なんだよ・・・

 それにしても、いない・・・

 さっきまで目の前にいたのに・・・


「おーい、ルゥ!」

「へー、ルゥちゃんっていうのか、ルゥちゃーーーん!!!」

 だから、声でけぇって。


 ルゥはすぐ見つかった。机の下に小さく隠れていた。あの短い時間に移動したのか。さすが猫ってところか。

「ルゥ、こいつは俺の姉で大丈夫だから。」

「るぅ~~ちゃーーん!でておいでーーー!!」

「ゆり姉ぇ、耳元で叫ぶな」


 ゆり姉ぇが、ルゥに手を伸ばそうとすると、ルゥはシャー!と警戒の声を出して、更に奥に引っ込んだ。あぁそうか、猫の本能が逃げろ!とでも叫んだか・・・ある意味それは正しい判断だと思う。俺も早く逃げたい。


「ゆり姉ぇ、そんなことしても、逃げるだけだぞ?」

「こんなに私、優しそうなのに?」

「どこをどう見たらそうなる・・・」

「いつも言われるわよ?ゆりっぺは天使のような笑顔だねって。」

 そういうとゆり姉ぇは、ものすごい笑顔を作ってきた。あぁこうやって堕天使サタンは人から色んなものを奪っていくんですね・・・


「とりあえず、出てけよ、ルゥが怖がってるだろ?!」

「もぅー分かりましたよ、二人の愛の巣を邪魔してすみませんでしたね!」


 最後まで声がでかい姉の背中を押して、部屋の外にだした。姉は『せっかく猫との自撮りで彼ぴっぴに自慢しようと思ったのに・・・』と言いながら、渋々去っていった。なんでか分からないけど、彼氏さん、ガンバレ。


◇◇◇◇◇


 ルゥを落ち着かせるのにしばらく時間がかかった。ルゥ曰く「何か色んなものを奪われそうな気がした」だそうだ。俺も姉といると何か大事なものを吸い取られる気がしてならない。


 ルゥが落ち着いたところで、俺はシャンプーの準備に取りかかった。正直、シャンプーするかどうか少し迷った。ルゥの毛は長くなく、まだ仔猫なので抜毛もそこまで多くない。ノミ・ダニはいなかったし、外で生活していた割には、そこまで汚れてもいない。ただ母さんがアレルギー持ちなのと、外から室内に来てそのままってのは何となく引っかかった。半分は気持ちの問題。父さんに相談すると『それはやった方がいい』とすぐにシャンプーを買ってくれた。・・・はい、そうです、意図的に父さんに相談しました。『母さんのためだしな』『毛は大事だ』と父さんは張り切っていた。父さん、ごめんなさい。


 ・・・


 洗面器にぬるま湯を張り、シャンプーを入れる。シャンプーの裏面を凝視して、だいたい2倍に薄めることを確認する。


「さてと・・・」


 脱衣場に待たせていたルゥを見ると、少し震えているようにみえた。


「どうした?ルゥ?」

「すこーしだけ怖いかなぁ、なんて・・・」

「前世でも風呂は入っていただろ?」

「まぁそうなんだけど・・・」


 何か人と猫とで感覚が違うんだろうか。でもまぁ俺もいる訳だし、問題はないはず、ん?ないのか?


「・・・んー、まー洗うの俺だから、任せて安心なさい!」

「・・・なんか、手つきと言い方がヤらしい・・・」

「それはお前の妄想だろ?!このエロ猫め!」

 ルゥとの漫才(?)もだいぶこなれてきた。


 ルゥをお風呂場に入れた。まだ少しキョロキョロしているルゥを撫でてやると、大人しく座った。お湯を張ったもう一つの洗面器から、手ですくってルゥを濡らしはじめる。ゆっくり、優しく、撫でるように。顔と耳にお湯がかからないように。フワフワだったルゥの毛が濡れてシットリと体に貼りついた。


 濡らし終わったところで、泡立てておいたシャンプーで体を洗う。こちらもゆっくりと、優しく。シットリとした毛にモコモコの泡が付いていく。白ネコになったようだ。さすがにルゥも慣れたのか、大人しくされるがままだ。最後にお湯で流して、っと。


 ん?


 シャンプーを流し終えて、さて急いで拭かねば、と思っていると、風呂場の外に人の気配を感じた。扉を開けると・・・


「おい、ゆり姉ぇ、何をしている・・・」

「いやー、二人の仲睦まじい姿を記録映像に・・なーんて」

 スマホを片手にゆり姉ぇが立っていた。


「ぉぃ、ちょっと見せろ・・・」

『あっちょっと!』と言う姉を無視してスマホを奪い取った。急いでいるのでね。


「何だ?このTi〇to〇とかいう文字は?」

「あっ、いやー」

「消す!!」

「あー勝手にこのやろー!!」

 それはこっちのセリフだ!!


 ・・・


「まったく!油断もすきもあったもんじゃない!!」

 ルゥが風邪をひかないように、急ぎ柔らかいタオルで拭いてやる。すばやく、だが、優しく。


「お義姉様と仲がよろしいのね?」

「どこをどうみたら、そうなる?!」


 あらかた拭いたので、ドライヤーで乾かす。音がうるさくて、一瞬ルゥは驚いていたが、乾いてくると、気持ちよさそうに目をつぶった。


「気持ちよかったか?」

「うん、ゆうとが優しくしてくれたから」

「・・・ははっ」

「・・・ふふっ」


 乾かし終わると、ルゥはキレイになった体をすり寄せた。


◇◇◇◇◇


 ーん?なんか暗いなぁ。

 何だ?あぁそうか、さっき寝て、コレは夢か・・・にしちゃあ、ずいぶんはっきりとした夢だなぁ。


 一面黒い霧のようなものがかかる。

 何だろう、この空間は・・・


 しばらく霧を凝視していると、霧の向こうに人影が見えた。腰まである長い髪。ドレスのようなスカート。よく見えないが、女性のようだ。


 少し霧が晴れた。女性は後ろ姿。顔は見えない。なぜか近づいてみようと思った。声をかけなきゃと思った。前に進まなきゃ。しかし水の中を歩いているみたいで、うまく進めない。腕をかいていると、目の前の女性が少し顎を引いて、こちらを少しうかがった。


「・・・お願い、来ないで・・・」

 なんでだよ・・・そっちにすぐ行くよ・・・


 霧が濃くなってきた。女性の黒髪が闇の中に溶けていく。腕を、足を動かすが、体は前に進まない。ドレスも、もう霧に隠された。

「・・・お願い、ゆうと・・・」


 ・・・

 ・・・


 ・・・みゃー、みゃー・・・

 あっ、ルゥの声。お腹でもすいたか?

 目を覚ますと、目の前にルゥの顔が!!

「うわっつ!」

「ねぇねぇ、ゆうと!これ見て!!」


 ルゥが机の上にトンっと飛び乗った。寝ぼけまなこで机を見ると、俺のスマホと何やらメモが・・・


『昨日の御礼よ♡素敵な姉より』


 ・・・嫌な予感・・・ものすごーく嫌な予感がする・・・

『早く開いて!』とせかすルゥを制止しスマホを開くと、〇ikto〇の画面が・・・何やら動画が一つ。


『・・・弟の寝顔でぇ~す。隣には飼い猫のルゥちゃん!カワイイですね、弟の顔をペロペロ舐めてまぁ~す!』

 姉の声・・・ぉぃ、昨晩アップされとるがな・・・


「ねっ?ねっ?ゆうとの寝顔、カワイイでしょ?!」

 男子高校生の寝顔に何の需要が・・・いやそうじゃない、そこじゃない。


「あれ?ゆうと?」

「・・・お前ら、グルか?・・・」

「あっ、いや、そのー、昨晩、姉様がいらしたので、、つい・・・」

「ルゥ!!」

「きゃーゆるしてー!!」

「ゆるさーん!!」

 朝一番の追いかけっこは、俺の息切れで終わった。女性の考えることは、やっぱりさっぱり分かりません。

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