第7話 そんなことをする意味ってあるのかしら?
月日が経つのは早いもので、ルゥと暮らしはじめて一ヶ月が過ぎた。ルゥはすっかり家の生活にも慣れ、父さんはもちろん母さんとも仲良くしているようだ。俺がいない時に、時々リビングでも遊んだり食事をしたりしているらしい。姉は元々あまり家にいないのだが、帰ってきた時ごく稀に遊んでいるらしい。何をやっているかは二人の秘密、だそうだ。秘密も何も、さしたる選択肢は無さそうだが、怖くて詳細は聞けない、聞きたくない。
もう少しすると夏休みに入る。部活はなく、一緒に遊ぶような友達もいない。なので、夏休みは全くもって待ち遠しくない。そして、夏休み前に全くもって待ち遠しくないイベントが待ち構えている。
定期テスト。
世にも恐ろしきその名前。日本中の人間が一生に一度は恐れおののいた・・・かどうかは定かではないが、自分の目の前に迫った難題であることは間違いない。一般的な高校生がそうであるように、普段しっかりと勉強しておけば・・・と後悔しつつも、やるっきゃないと机に向かう。とりあえず、最初のテスト、英語の教科書を開いて。おっと、机が汚れている、掃除しなきゃ、フキフキ。あれ?本の並びがおかしいなぁ、気になって勉強できないなーシカタナイナー、整理整理__
「なぜ机に座って掃除してるんですか?」
ルゥが机にぴょんと飛び乗ってきた。
「いやいや、勉強しているんですよ?」
「誰がどう見ても、掃除しているようにしか見えませんでしたけど?」
うぅるさいなぁ、こ、れから勉強しよう、と思ってイタノニー、そんなこと言われちゃうとヤルキガー
「ヤルキガー、って、最初から『ヤルキガー』さんは出動していませんでしたよ?」
「か弱き高校生の心中を読まないでいただけます?それから教科書の上からどいていただけないと勉強が・・・」
ルゥが足にしいていた英語の教科書をチラリと見た。
「どうせ使わないんだから、いいでしょ?」
「ほんっとにやらないとマズイんだよ。」
『ふーん』と言って、ルゥは少し脇に避けると、教科書をジーっと見つめた。
「そもそも、勉強、ってなんですの?」
一瞬、バカにしてんのか?と思ったが、ルゥを見ると本当に何をやっているのか分からないらしい。そうかー、そうだよな、所詮ネコだ、人間様の苦労など分かろうはずがない。教えて進ぜよう。
「こうやって色んなことを覚えたり、テストで問題が解けるように練習することだよ。」
「なぜそのようなことをするの?」
「なぜって、テストで問題解けないと、次の学年に進級できないじゃないか。」
おおむね成績は平均的だが、最近落ち気味、特に英語は苦手分野が増えてきたので、赤点を取ってしまうと本当にマズイのだ。
「進級ができないと何か問題があるんですの?」
「問題って、そりゃあ、後輩と一緒のクラスになっちゃうんだよ?それにうちの親に怒られる。」
「なぜ後輩と一緒ではいけませんの?どうしてご両親に怒られるの?」
「なんで、って、そりゃお前・・・」
あれ?なんでダメなんだっけ?怒られるのは間違いないと思うけど、なぜなんだっけ??進級できないと、どうなるんだ?バカにされる?恥ずかしい?まぁいやだけど・・・親が怒るのは?恥ずかしいから?お金が余計にかかるから?なのか?考えるほど分からなくなってきた・・・
『お金?』みたいな曖昧な言葉をボソッと自信なさげに答えると、ルゥは理解したのか理解してないのか分からない風だった。ただ『まぁ大事なことなのね?』と一言告げて、机から飛び降りた。俺はなぜ勉強しているのか。哲学的な問いが、俺のヤルキガー出動を阻もうとしたので、頭を左右に振り追っ払った。
・・・
Long long ago, there lived a clever princess...
教科書の英文を読み始めた。一度授業でやったはずなんだが、時々分からない単語が出てくる。あぁちゃんとやっときゃ良かった・・・ルゥは俺のベッドで飛び回って遊んでいるようで、背中の方で、ピョン&ボスっという音が繰り返し聞こえている。悩みがない畜生は羨ましいなぁ、オイ。
「ゆうと?頭をかかえて何を悩んでいるの?」
意味の分からない英文を前に悩んでいると、いつの間にか、ルゥが机の上に乗っていた。頭を抱えていたので気がつかなかった。また勉強の邪魔をするのか?シカタナイナー・・・
「・・・この英文の意味が分からなくて困ってたんだよ。」
おネコ様には人間の苦労はお判りになられないでしょうよ?ぐらいの皮肉を込めて言った、いや、言ったつもりだった。
「『お姫様は、街を病気から守ります、と宣言した』って書いてありますわよ?」
・・・・・・はい?
「いや、だから、そういう意味だって言いましたのよ?」
「えっ、英語分かるよ?」
「あまり得意でも好きでもありませんけど、これぐらいは分かりますよ?」
・・・こ、これぐらい??ルゥは何か変なことを言ったかしら?ぐらいの勢いで、きょとんとして尻尾を振っていた。
「このお話、童話のようですから、子どもでも読めますわ?」
「・・・悪かったな、童話も読めなくて。」
ルゥって、エリート猫様だったのでしょうか・・・そういえば、最初に会った時、やたら発音が良かったような・・・あれ、英語だったのかな?あっ、でも「得意じゃない」と言っていたので違うのか・・・なんか負けた気がする・・・人間様と言っていたのが恥ずかしい・・・
「もし何でしたら、勉強をお手伝いしてさしあげましょうか?」
ネコに勉強を教わる・・・いいのか?そんなことをしていいのか?人間として・・・いや、ルゥは前世、人間だったのだ、問題ない、問題ない・・・はずだ!何より英語を何とかするしかない!背に腹は__
「・・・よろしくお願いします・・・」
ルゥは得意げにふんふんと言いつつ、机の上に座りなおした。ルゥに眼鏡をかけたら、敏腕家庭教師の幻影でも見えたかもしれない。
「何か分からない単語はありますか?」
「・・・えっと、struggle と、spread と、あとこれ、held、それから__」
「んー、ゆうとは分かる単語が少ないようですね。」
すみませんねぇ、知らないことが多くて・・・ネコに言われると余計に落ち込む・・・
「大丈夫!そんなに気落ちしないで!英語は頭じゃなくてノリと勢いよ!少し一緒に練習しましょう!!」
「ノリと勢いねぇ、、でもまぁまずは、やってみますよ・・・」
「ノリが悪いですわねぇ!いっきますよ!私が単語を言うので、意味を考えながら自分で言ってみて?文字を見ちゃダメですよ?」
ルゥは俺と対照的にノリノリに机の上をピョンと跳ねた。
「ハイ、struggle!」
「えっと、str ... だから、ストらグル?」
「ゆうと!今、頭でつづりを考えたでしょう?そうじゃなくて、頭の中で意味を考えて、私の声だけ聴いて発音するの?いい?」
「はい・・・」
「ではもう一回!struggle!」
「・・・ストラグル・・・」
「声が小さい!ノリが悪い!」
やっていくうちに、ルゥは本当にノリノリになってきた。話すたびに教科書のぴょこぴょこと飛び越えている。単語が終わったら英文へ。俺も最初は戸惑っていたが、でも何となくやり方はつかめてきた。意味を考えながら英語を言っていると何となく英語が話せるような錯覚がして、そのうち話すスピードで意味が分かるようになってきた。
「ハイ!次! I said "I love Louise".」
「__アイラブルイーズ・・・って、ぉぃ、しれっと混ぜるな。こっちは真剣なんだ!」
ルゥは尻尾をフリフリっとした後、少し嬉しそうな顔をしてた、ように見えた。まぁ
◇◇◇◇◇
・・・
約10日後、テスト結果が返ってきた。
あれからテストの日まで、敏腕家庭教師ルゥ先生による特訓が続けられた。それはもう血と汗と涙が・・・なわけでは無かったが、英語を勉強する時に声をかけると、ルゥは少し嬉しそうに付き合ってくれた。最後の方は『私、教師の才能があるのかしら?』ぐらいの勢いだ。
その結果・・・英語の成績が上がっていた。というよりクラスで1番だった。先生から『やればできるじゃないか』と褒められ、クラスメートから『何かやったのか?』と質問攻めにされた。これはあれですか?進〇ゼミのマンガDMですか?それとも家庭教師のト〇イの方ですか?『これで俺は成績を爆上げした!』とか嘘でも言ったらみんな申し込みそうだった・・・篠田さんから少し尊敬のまなざしが・・・これは、ちょっといいかも・・・
母親から『これはお祝いしなきゃね、ルゥちゃんに、でいい?』と言われて少しドキッとした。母親は自分がルゥから勉強を教わっているとは知らないはずだ。と思ってよくよく聞いたら、どうやら母の中で、ルゥに優しくする=俺へのお祝いと変換されているようだった。ばれてなくて良かった、良かったけど・・・なんか複雑な気分。普通に俺自身を祝ってくれ。
とはいえ、今回成績が上がったのがルゥのおかげであることは変わりない。ルゥへのお祝いを買っていかねば、と考え、帰宅途中に例のものを買ってきた。それまで買おうと思って躊躇していたもの、そう『ちゅ~る』である。
ちゅ~る:
またの名をネコ麻薬。マタタビに匹敵する『ねこまっしぐら』の力を有し、
嘘です、すみません。でも調べる限り、すごくネコにはたまらない代物らしい。買ったのは、子ネコ用のまぐろ。お試しのつもりだったので、小さいものにしてみた。
・・・
「ん?ゆうと!何かいいことでもあったの?」
帰宅すると、ピョンピョンと跳ねながら、ルゥが近づいて来た。元気なルゥを見ると、こっちまで元気になるな。
「ルゥに良いもの買ってきたぞ。」
「えっ?!ホントに!!」
「こないだ勉強を教えてお礼だ。」
ルゥが足にスリスリと体を擦り付けてきた。喜んでくれるなら、なにより。俺が床に座ると、組んだ足の上に飛び乗った。
さっそく袋から1本取り出し、封を切る。たしか少しずつ押し出してくんだよな?
「何ですの?これ・・・」
「美味しい食べ物、らしいよ?」
「これが?」
ルゥは少し不安そうな声を出した。恐る恐る近づき、ちゅ〜るの匂いをクンクンと嗅ぐ。さらにちゅ〜るを持った俺の手をクルクルと見回している。なかなかの警戒レベルだ。まぁ初めての食い物だしな。
俺は少しだけ中身を押し出した。先っぽからチョロっとアイボリーの柔らかいものが出てくる。「舐めてみて」というと、ルゥは俺の顔色を伺い、ソロソロと舌先を近づけた。
「!!!な、なんですか?!これは!!!」
ひと口舐めた途端、ルゥの態度が変わった。ちゅ〜るの先っぽを必死に舐め始めた。ちょっとずつ出すが早いか、あっという間に舐められてしまう。
「ゆうと!お願い!もっとちょうだい!!」
すさまじい「猫まっしぐら」力だ。1本があっという間に無くなってしまった。ルゥは『もっと!』とせがんできた。この勢いだと買ってきたものを全て平らげそうだ。『また今度』と言って残りをしまうと、ルゥは誰が見ても分かるくらい残念そうに頭を垂れた。本当にすごいのね、ここまでとは・・・恐るべし。
『何かあったらあげるから』というと、ルゥは顔を上げて『分かった!!』と明るく叫んだ。一瞬、エウレーカ!と聞こえた気もする。何を発見したのか?と思っていると__
「ゆうと!分かりましたわ!ゆうとが勉強できると、私がこれを食べられるのね!」
・・・何かスゴイ方向に解釈が向かっている気がする・・・何だかおネコ様の目に炎のようなものが見える気がするんですが・・・
「勉強って大事ね!ゆうと!これからビシビシやっていくから!!」
興奮して俺の言葉が耳に入らなくなったルゥ・・・俺にネコの専属家庭教師ができたようだ。
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