第4話 スイート・スイート・マイホーム

 さて飼うとなったら、用意すべきものがたくさんある。いつまでも段ボール箱住まいというわけにもいかない。特に、あれだ。そうアレだ。


 おトイレ問題。


 これは喫緊に解決すべき課題だ。そのことはついさっき身に染みて分かった。いや、これは正しい表現ではない。『床に染みて』感じ取れた。そう、先ほどルゥがやらかしてしまった・・・俺がシャワーを浴びてる時だった。本人曰く、外に出るのも考えたらしいが、恥ずかしくて声をかけられなかったらしい。小学生が教室でお漏らしするような理由だな。

 おかげで、ルゥがまた泣き出した。『もうお嫁にいけない』『責任とってよ』と言っていたので、塩素系洗剤で拭き掃除しておいた。さぁ責任はとったぞ? にしても、猫のアレってこんなに臭ったのね・・・


 ひとまず必要なものを買いそろえるべく、俺は急ぎ近くのニ〇リに出向くことにした。金は親から前借した・・・トホホ・・・トホホなんて言葉、使ったの久しぶりだ。お値段以上でなくていいから、手ごろな値段であってほしい。

 もちろんルゥ本人はお留守番だ。『家具は二人で選ぶものよ?』とか何とか言っていたが無視した。病院にもまだ行ってないのに連れ歩くわけにもいかず、店の中にも入れないからだ。

 なお、父さんが車を出そうかと言っていたが、父さんと一緒に買ったというと、ルゥがまた文句を言いそうだったので、丁重にお断りしておいた。なぜか少し寂しそうだった。父さんがやたら積極的なのだが、何かに影響されたのだろうか?


 ニ〇リに向かう間、買うべきものを整理した。


 1.トイレ

 2.キャリーバック

 3.エサ

 4.爪とぎ用何か

 5.(予算があれば)猫用ベッド


 とりあえずはこんなものだと思う。調べたら、猫用のケージだの、キャットタワーだのが出てきたが、値段を見て諦めた。今の俺には無理っす。


 途中、やたらと猫が目に入った。猫のキャリーバッグを持っている人、公園で子どもと遊んでいる猫。今まで気が付かなかったけど、猫飼っている人って、こんなにいたんだな。ノラネコもそんなにいないと思っていたけど、意外に見かけるし。


◇◇◇◇◇


 さて・・・どうしようか・・・


 ニ〇リに着いた。店員さんに商品の場所を聞き、向かった先で俺はまた立ち尽くした。なんで、こんなに種類があるんだ?大きさや形はもちろん、オープンタイプ、フード付、システムトイレ、砂の種類も石、紙、材木、シリカゲル、砂の形状も全然違う!猫の数だけ商品があるんじゃないかと思うぐらいだ。さっきの店員さんに、オススメとか聞けばよかった。


「あれ?松本くん?」


 振り返るとそこには、私服の女のコが一人。ニュートラルブラウンの髪、バスケをやっているので、ほっそりと、でもしっかりとした体つき、笑うと笑顔がカワイイ、成績は俺より少し良い、席は俺の2つ左前、時々学校の帰りにアイスを買って食べながら帰っている・・・


「し、篠田さん?!」

 篠田しのだ結衣ゆいさん、、がいた。


「あ、やっぱり松本くんだ。こんなところで何やってるの?」

「・・・あ、あの、いや、、そのー・・・ね、猫の・・・」

「えっ?!松本くんってネコ飼ってるの?」

「・・・飼ってると、、いうか、その、なんというか・・・」

 なんで、猫より人との会話がスムーズじゃないんだよ、俺は・・・


「その、篠田さんこそ、なんで?ここに・・・」

「ん?私んち、ネコ飼ってるから。ちょっといいグッズないかなぁと思って。でも松本君がネコ飼ってるって意外!」

「あ・・・いや、あ、そのー、昨日から・・・」

 篠田さんが、近い、予想以上に、近い!!若干食い気味に話す篠田さんに、目を合わせられず、目をそらした。そらした先には猫トイレ、猫トイレ、猫トイレ。


「飼い始めたんだ!いくつの子?」

「・・・えっと、たしか・・・2ヶ月?かな?」

「へーっ!!うちのコは今1歳だけど、2か月ぐらいでお迎えしたんだよ。種類は?ちなみに、うちのコはスコティッシュフォールド。」

「・・・種類・・・なんだろう、よく分からない。」

「雑種?」

「かなぁ・・・」

 篠田さんが、篠田さんが、更にグイグイ来る・・・今までにない・・篠田さんって猫が本当に好きなんだ・・・。


「男のコ?女のコ?」

「雌、だね」

「そのコ、人見知りする?」

「ひ、人見知り?猫って人見知りするの?」

「するよ?人と同じだから。性格も全然違うし。」

「・・・よく分からない。まだ病院にも連れてってないし・・・」

「えっ?ひょっとして保護猫?」

「・・・ごめん、保護猫って何?」


 篠田さんが説明してくれた。保護猫は、飼い主に捨てられた猫や、迷子の猫、保健所に連れてこられた猫の「保護された猫」のことらしい。その保護猫の里親を探すことも増えているそうだ。


「・・・んー、保護したというより、道を歩いていたら、ついてこられて、そのまま・・・」

 脅されたとは言えない、篠田さんの件で脅されたとは、とても言えない!そして何を言ってるか自分でもよく分からない!

「んー、よく分からないけど、要は迷子ってことだよね?ほんと意外!松本くんって、結構優しいとこ、あるんだね?」

「・・・あ、ありがとう・・・」

 優しい、俺が優しい・・・篠田さんが・・・


「・・・で、ひょっとして何を買っていいかで迷ってた?」

「あ、うん、ちょっと種類が多すぎて・・・」

「分かった!手伝ってあげる!」


 そういって篠田さんが買うのを手伝ってくれた。トイレの臭いが気になるなら、システムトイレの方がいいとか、エサはそろそろドライフードも用意した方がいいとか、爪とぎは慣れたら増やしてもいいとか、あとでおもちゃも買った方がいいとか、それぞれの違いやメリット・デメリットなんかも説明してくれた。おかげでひと通り揃えることができた。


「今度そのコがもう少し大きくなったら、紹介してよ。うちのコは優しいから、きっと仲良くなれると思うよ?」

 最後に篠田さんはそういって帰っていった。


◇◇◇◇◇


「何ニヤニヤしてるんですか?」


 いつの間にか自宅に着いていて、いつの間にか部屋にいた。帰るなり、ルゥが声をかけて、ようやく気がついた。


「・・・いや、な、何も。」

 そそくさとルゥのトイレを設置しはじめた。別にやましいことはないけど、何となく知られたくない。脅された件もあるし・・・コイツ、心読むから作業に集中しないと・・・


「ふーん」

 えっと、まずシートを敷いてっと。で、猫砂を袋から出して・・・


「ふーん」

 ルゥは、俺の周りをぐるぐる回り始めた。えっと、置き場所は食事場所から離した方がいいから、ここに置いてっと。


「ふーーん」

「ト、トイレは、こんな感じでいいか?」

 それで・・・コッチに篠田さんが座って・・・松本くん、優しいのね、のね、のね・・・なんちゃって!なんちゃって?!


「ふーーーーんっ!」

 あっ、しまった!!妄想が!あっ、いや、これは、そのー・・・


「・・・篠田さんに会ったんですね?」

「あ、その、偶然というか、あのー」

「それって、わたくしに会いに来るという話ではなくて?」

 そうだったっけ?途中から訳わかんなくなってたから・・・


 ルゥが俺をじっと見つめてくる。耳が横を向いてイカみたいになっていた。何か言いたげのようにも見える。でも女性の気持ちはよく分からない。ましてや猫の気持ちなんてさっぱり分からない。


 ふっとルゥが俺の後ろに回った。急に背中にポンッと乗っかる感覚。爪が引っかかっている音。ルゥが背中に飛びついたみたいだ。


「何やってるの?お前・・・」 

「・・・ハグ、です・・・」

 ルゥは背中から落ちないように、必死にしがみついていた。時々背中からギギッと爪を立てる音がする。


「ハグっていうか飛びつきみたい__」

「撫でてください・・・」

「えっ?なんて?」

「撫でてください!!」

 撫でろったって・・・


『背中だと手が届かない』というと、ルゥは背中を飛び降りて、あぐらをかいた膝の上にぴょんと飛び乗ってきた。


「さぁ、これで撫でられるでしょ?」

「・・・」


 ルゥの背中を撫でた、ゆっくりと優しく。だんだんとルゥの力が抜けてくのが分かる。俺の膝の間にとろけていくようだ。


「もういいか?まだ準備終わってないし・・・」

「まだです!もっと!」

「・・・はいはい、わかりましたよ、ルゥお嬢さん。」


 更に撫でると、ルゥはゴロゴロと喉を鳴らした。


「・・・もう、粗相もしませんから。」

 ルゥがそっと呟いた。音声じゃないはずなのに、膝の中でくぐもったようにも聞こえた。


「気にしてたの?」

「・・・撫でなさい?もっと。」

 その日、俺たちは夕飯に呼ばれるまで、ずっとナデナデ+ゴロゴロしていた。

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