転生してきた令嬢にいきなり告られたので、断る方法を誰か教えてください!!

塔山森山

第1話 ソイツはいきなりやってきた

「・・・好きです!あの、その、、付き合って、ください!」


夕暮れ時。

 夕日が長い影を細い道に投げかけていた。学校の帰り道。周りには他に誰もいない。ゆっくりと歩いていると後ろから声をかけられた。

『えっ?俺?』16年間生きてきて、今までウフフなイベントとは無縁に過ごしてきた。フラグが立つような幼馴染は存在しないし、食パンを咥えた遅刻しそうな美少女と曲がり角でぶつかってもいない。だから聞き間違いや人違いということもありうる。きっと振り返ったら『ごめんなさい、、、人違いでした!』だ。はっ!もしかして、これが噂の『告白罰ゲーム』というものか?!そうだ、俺に、そんな幸運なことが起こるはずがない!!俺は『人をイジるのはやめませんか?』というセリフを用意し、意を決して振り返った。


・・・


 誰もいない?!そんなバカな!確かに聞こえたぞ?もしかして俺の妄想は、幻聴を聞くまでに達していたのか?


「・・・どこを、、ご覧になられているの?」


 キョロキョロ辺りを見回していると、また声が聞こえた、ハッキリと。どこだ、誰もいないのに、、、


「ゆうとさん?こちらですよ、こちら。もっと下の方。」


 ゆっくりと下を見ると、そこには一匹の猫がいた。グレーの中に、少し黒い毛が程よく混じって、可愛らしい顔つきの猫。大きさは仔猫といっていいと思う。猫は詳しくないけど、血統書付きの飼い猫が逃げ出した、とかではないと思う。首輪もしてないし。でも、猫以外はいないんだけど・・・


「そう、私です!私が声をおかけしたのです!」


なっ?!

ね、猫が、、、猫が、、、しゃべった?!!


 俺が目をひん剥いて、口をパクパクしているのを気にせず、目の前の猫は、長い尻尾をくるりと回すと、ハッキリと


「ゆうとさん、好きです!付き合ってください!」


◇◇◇◇◇


 __少しだけ時間を遡ろう。


 俺は近くの高校に通う高校1年生。松本悠人まつもとゆうとと言います。特徴は、、ないことはない。中肉中背、ごく普通の家庭に生まれ、両親の元で過ごした。成績は平均的。しいていえば、特徴が無いのが特徴、ぐらいか。


 先週末まで定期テストで、今週からテスト結果が返ってきた。テストの結果は悪くもなく良くもなく今回も平均点。部活もやっていないので、あとは帰っていつものようにゲームをするだけ。なんだけど、テストの結果を聞かれて、いつものように『ふつー』と答えるのも、ゲームの途中で『早くご飯食べなさい!』と、いつものように言われるのも何となくイヤだった。どうしてなのかは分からない。でも「いつものように」には何となくしたくない、そんな気分の日だった。

 読みたい本はなかったけど、図書室に向かい、勉強するフリをして席についた。とはいえ、勉強するモチベーションはわかなかったので、適当に数冊本を取り、ポイと机に投げて寝ることにした。『夏への扉』という題名の本もあったが、きっと今日は1つのページも開かれずに、本棚に戻っていくことだろう。


 本を枕に眠りについた。熟睡はできなかった。ただ目をつぶると遠くから『ナーゴ、ナーゴ』と何かが聞こえてきた。それは夢だったのかもしれない。なにせピチャピチャと炭酸水を啜る猫が目の前に出てきたのだから。


 起きるとすでに日が暮れ始めていた。少し遅くなった。とはいえ初夏なので、日はまだ出ている。ゆっくりと家路を帰る。普通の俺は、いつも通り、普通に帰って、普通に飯食って、風呂入って、ゲームして、寝る、、はずだった。


◇◇◇◇◇


ギヤーー!!!


 俺は走った。なぜ?なぜに?猫が俺に告白を?!いや、そこじゃない!猫がなぜに話してるんだ?!あれか?異星人ってやつ?俺はどっかに連れていかれるのか?いや、そんなこともどうでもいい!とにかく逃げる!


 全力疾走。走ったのは、こないだの体力測定以来だが、全力疾走は小学校以来だ。どこをどう走ったかは覚えていないが、目の前に見えた公園で力尽きた。ベンチに倒れこむように座り、肩で息をしながら空を見上げた。喉が水分を欲しているが、目の前の水飲み場に行く体力すら残っていなかった。


 夕日もほとんど落ちていた。すでに公園には子どもたちもいなかった。俺の荒い息だけが公園内にはあった。息が整ってくると、次第に頭が回ってくる。アレは猫、だったよな?いや、猫、、だったんだろうか。見間違い?何と?それとも誰と?実は、電信柱の陰に人が隠れていて、いっこく堂さんばりに、腹話術をかましてきたとか?誰が?何のために?

 冷静に考えるほど、アレが何だったのか分からなくなる。いっそ俺の幻聴・幻覚ということにして、明日にでも病院に行こうか。何科になるんだろうか。眼科?脳ってどこで診てくれるんだっけ?少なくとも内科ではなさそうだ。


「乙女の顔を見て逃げるなんて失礼ですね、少し傷つきました。」


・・・聞いたことがあるような声が、、、恐る恐るベンチの裏を振り返ると、、、そこには__


「この世界の殿方は『告白を受けると死ぬ』とかあるのかしら?カマキリじゃあるまいし。」


 先ほどの、、、猫が、目の前で尻尾をユラユラと揺らして座っていた。


!!・・・まぁいい、とにかく、とにかく!一旦落ちつこう。

「そうね、落ち着いた方がいいわね。」


と、とりあえず、これは幻聴でも幻覚でもない、、、んだよな?

「そういえば『この世のものとは思えないほど美しい』とはよく言われますね?」


猫、猫が、、、なぜに俺の前に、、、

「呼び捨てだなんて、、せめて『素敵な』とか形容詞をつけてほしいものですわ?」


ん?

「どうかなさいまして?」


今、私の心の声と会話してませんか?

「あぁ、そうでしたわね。音声での会話ではありませんから、気をつけないと心の声がダダ漏れしますわよ?」


うぎゃー!!!

「そんな大声を、心の中で上げないでくださいまし。わたくしの敏感な耳が破裂しそうですわ?あっ、でも音声ではなかったのでした。」


 そういうと、猫は右目を閉じて、舌を使ってヒゲをペロリと舐めた。これは、猫版『てへぺろ』なんだろうか。


◇◇◇◇◇


「まずは自己紹介をさせてください。」


 猫は『自己紹介しなかったのが悪かったんだ』と見当違いの理由をつけ、何を驚いていいのか分からなくなっている俺を無視して、話を始めた。


「私は、Louise de Gaultier (ルイーズ・ド・ゴーティエ)と申します。某国にて名門ゴーティエ家の長女として過ごしてまいりました。今年でよわい16になるはずだったのですが、故あって、こちらの世界に転生してまいりました。」


 はぁ、、、にしても良い発音でございますね。

「発音って・・・ここは普通『あぁ、ゴーティエ家の!とかそういうリアクションではございませんこと?」

 いや、いきなりそんな『全力で受け入れろ』と言われましても、、、まだ猫と話していることすら受け入れられていないのですが、、


 ルイーズと名乗った猫は、尻尾をくるくると回し始めた。きっと不満を表しているのだろう。


 ・・・で、そのお嬢様が、私のような下賤の者に何の御用でしょうか?

「もう、ゆうとさんったらぁ。そんな恥ずかしいことを、乙女の口から何度も言わせないでくださいまし。」


 おい、そこ!そこの猫!目の前でクネクネするな。

「クネクネだなんて・・・乙女の恥じらいを茶化すものではございませんことよ?」

「そんなことはどーでもっいい!というか、もう普通に話してもいいか?つーか、俺の心の声を読むんじゃねぇ。」


『仕方ありませんわね』そういうと猫は、これまでの経緯を話し始めた。この猫、いやルイーズは、この世界とは別の世界、異世界から転生して、生後一ヶ月の仔猫に生まれ変わったらしい。転生したのが約一ヶ月前。つまり今は生後約二ヶ月ということだ。『人の心を読む』というチートスキルを身につけ、この世界を蹂躪し__ようにも、なにせそこは猫。どうにもうまくいかず、何とか住まわせてくれる人を探すべく、この辺りを彷徨っていたらしい。


「転生したのはいいとして、なぜに猫に?」

「その辺りは記憶がございませんの。前世で誰かと何かを話したとは思うのですが・・・」

「あれか?!『闇の盟約』とか、そういった類の__」

「・・・何を仰られているのか分かりかねます・・・」

その『中二病』を見るような目はやめてくれよ・・・男のコは、いくつになっても『中二』の心に戻れるんだい!・・・落ち着け、気を取り直そう。


「・・・それで?なぜに俺に愛の告白を?」

「ほら、男と女が一つ屋根の下で暮らすとなったら、、、そのぉ、、そういうことでごさいましょう?」

「そういうことって、どういうことよ?」

「うぅんっ!もぅ、ゆうとさんったら、イヤらしいんですから!」

 いや、だから、クネクネするなって。


グ~~っ


 何だ?今の音は?夕飯時とはいえ、今日は昼をたらふく食ったから、俺じゃないぞ?となると・・・更にクネクネしている猫が目の前にいた。


「あぁ~~!恥ずかしい!!わたくしとしたことが!!」

「・・・ハラ減ってるのか?」

「グスンっ、、ここ、数日、、何も食べてないんですの・・・」

 確かによく見ると、少し痩せているように見える。よくよく考えたら、生後二ヶ月って、猫でも幼児ぐらいだよな?そう考えると、よく生きてたなぁ、コイツ。


「お願いです!ゆうとさん!いや、ゆうと様!助けると思って!付き合ってください!」

「いや、そう突然言われましても・・・」

「もう飢えた雄猫ケダモノに追い回される生活はイヤなんです!お願いします!」

「ウチもそんなに余裕ないからなぁ。」

「そこを何とか!お願いします!」


 母さんの顔が浮かんだ。んー、ダメだろうなぁ、きっと。よし、可哀想だが他を当たってもらおう。


「あのー、やっぱりウチは__」

「・・・篠田しのだ結衣ゆい・・・」

「は、はい?な、何ですか?一体突然に。」


 俺の言葉を遮り、ルイーズはギロリと鋭い猫目を向けてきた。


「『あぁ~ん、ゆいたぁ~ん!』でしたっけ?放課後、同級生の机をスリスリするのは、てっきり猫の愛情表現だと思っていたのですが、こちらの世界の人族もなさるのですね?」


 わー!わー!わー!うそ!うそっ!


「あと、時々、後をつけていらっしゃるようですが、あれは、確か『ストーカー』というんでしたっけ?こちらでは。」

「な、なんで、それを!そのことを!」

「猫の諜報スキルをナメてもらっては困りますよ?」


 ルイーズは勝ち誇ったように尻尾をフリフリとしていた。コイツも立派なストーカーじゃねぇか。


「いいんですのよ?これから篠田様のところに伺って『後ろにお気をつけあそばせ?』と忠告しても。それとも『警察』?という組織の方がよろしかったかしら?」

「お、脅し、ですか・・・」

「脅しだなんて、そんな滅相もない。交渉と呼んでくださいませ。」


 こ、この猫畜生が!


「何かおっしゃいまして?」

「声関係ないから聞こえているだろ?コノヤロー。」

「ほらほら、ゆうと様?どうされますの?早くお決めくださいな?」

「・・・」

「早くぅ~!ゆうとさまぁ~!」

「・・・わ、分かった、よ。」

 俺は観念したように、ため息をついた。


「分かった!今日はお前を連れて帰る。餌もやる。ただし!それ以降は、親から許しをもらってからだ!それでいいな!」


『仕方ありませんわね?』そう言って、俺の座るベンチにピョンと飛び乗ってきた。


「それではゆうと様。よろしくお願いします。それからわたくしのことは、『ルゥ』とお呼びくださいませ。」


 そういうとペコリと頭を下げた。こうして俺は、猫=ルゥと暮らすことになった。

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