第2話 食事は美味いかしょっぱいか

 俺たち・・・いや俺と一匹は、遅くまで開いてる近くのスーパーに立ち寄ることにした。とにもかくにも餌を確保しなければならない。とはいえ、、猫どころか、四足歩行の動物は飼ったことがない。二足歩行の動物はむしろ飼われている方だしな。いったい何を買えばいいんだ?あっ、そうだ、せっかく本人が話せるんだから本人に聞けばいいのか。


「おい、ちょっと。」

「何ですの?その倦怠期の夫婦みたいな呼び方は!『ルゥ』とお呼びください!」

 そうだった、こいつは、ルイ何たらかんたら53世、略して『ルゥ』だった。

「何ですか?!それは!私の名前は!ル!イー!ズ!『ルゥ』です!」

「はいはい、山田君!」

「・・・」

 おっと、お前と漫才やってる時間はないや。


「で、お前、これまで何を食ってたんだ?」

「これまで・・・」

 ルゥは、尻尾をプルプルと左右に小刻みに振り出した。そんな難しく考える程、選択肢はなさそうだが・・・


「うーん、鴨のテリーヌとか、海老のビスク、あとはたまにフォアグラをいただいていましたけど・・・」

 ・・・お前、それ、前世のだろ・・・

「今の話だ!い!ま!猫の時に何食ってたんだよ!?」

「あぁ、猫時ですね?んー、母猫のおっぱいを吸ってた記憶しかありませんわ?」

「んーと、じゃあ、ミルク?牛乳?でいいのか?」

「いえ、もう歯は生えていますし、普通の食事で大丈夫です。それに牛乳はちょっと…お腹壊しますので・・・」

 あぁ猫用ミルクみたいなのも、あるんだっけか?まぁコイツがあまり役に立たないことは分かったので、ここはひとつ、タッタラ〜!YouTube~ようつべ~!そういえば便利な道具を出すロボットも一応猫だったな。


『役立たずだなんて失礼な!』と喚く猫を無視して調べると、おおよそ分かった。どうやら仔猫なら『総合栄養食』とかいうのがいいらしい。あと、このぐらいの大きさだと、固いものより柔らかいものの方が良いともあった。ひと通り調べたあと、ルゥを外に待たせてスーパーに入った。


・・・


 なんだ?これは。そんなに種類ないと思ってたら、めちゃくちゃあるじゃないか!どれ選んだらいいか分からん!んーー。とりあえずさっき見た『総合栄養食』って書いてあって、缶詰に入っていて、できれば仔猫用とか書いてあって、今の手持ちで買えそうなもの・・・これしかないな・・・あとはこれを入れる皿、家にはなさそうだから、安いのを買っていこう。

 結局、缶詰2つ、皿2つ、あとは自分の夕食用にパンを買った。ついでにスーパーに積んであった要らない段ボール箱を1つもらっていくことにした。


「ゆうとさま〜、おかえりなさぃ・・って、どうされました?」


・・・痛ぇ、痛ぇよぉ〜


「ん?ゆうとさん?どこか痛めてしまわれたの?」

「あぁ、お前の食事代に、俺の懐が痛めつけられているよ…」

 ちくしょー、お小遣い前だってのに・・・猫の餌って、結構値が張るのね・・・俺の夕食用に買ったパンより高けぇじゃないか・・・


 自宅に着いた。辺りはすでに夜。すっかり遅くなってしまった。玄関前で一旦止まると、改めてルゥに向き直った。


「いいか、今日だけだからな!明日、俺の母親がNo!と言ったらダメ、俺以外に飼ってくれそうなやつがいた場合も、そいつに渡す!いいな!」

「・・・そんな奴隷商のような口ぶり、恐ろしいですわね。奴隷はこちらの世界にも?」

「あぁ、日本にも奴隷はいるぞ。亜種に『社畜』ってのもいるらしいがな。」

「どこの世界も厳しいのですね?」

 あぁ、この世は世知辛いのだ、分かったか!猫よ!さぁ扉を開けるぞ!


「ただいま~」

「あら、ゆうくん?遅かったのね。心配したのよ?ご飯は?」

「友達と食べた。」


『そういう時は連絡しなさいよ』母親の愚痴を聞きながら、ルゥの入った段ボール箱を持って、そそくさと自室に引っ込んだ。


 さてと・・・


 散らかっていたゲーム機を足で隅に押しやり、段ボール箱と中に入ったルゥを下ろした。下ろすとすぐに、ルゥがヒョコっと頭を出し、好奇心丸出しでキョロキョロ見回した。


「ふぁ、ここがわたくしの新しい住処というわけですね?」

「何度も言うが、まだ決まってないからな?」

「はいはい、分かりました。」

 そういうと、ルゥは箱からピョンと飛び出した。なんか言い方がムカつくなぁ。


「それにしても、ザ・オトコノコの部屋!って感じですね。この雑然とした感じ。」

「入ったことあるのか?誰か男の部屋に。」

「なっ!そ、そんな!はしたないこと!するわけないじゃないですか?!ゆうとさんが私の初めての方ですよぉ?」

「そんな持ってまわった、誤解されるような言い方は、いい加減やめろ。」

「・・・ゆうと様、イヤらしい・・・」

「・・・ん?あっ!おい!だから俺の心の中を見るんじゃない!」


 俺の言葉を無視して、ルゥは部屋の中をチョコチョコと回り始めた。そんな面白いものはないと思うが・・・ベッドがあって、勉強しない勉強机があり、テレビとゲームがある。いたって普通の部屋のはずだが、ルゥは『へぇ〜』だの『ほぉ〜』だの言いながら、回っていた。

 俺は俺で、食事の用意をした。もちろんルゥのだ。買ってきた小皿と缶詰を取り出した。缶詰からウェットフードを少しだけ皿に盛った。まだ小さいので、少量でいいらしい。口に合わないこともあるらしいが、今回文句は言わせない。水も用意した。飲むかどうかは分からないが、脱水症状で倒れられても困るからな。つーか猫の餌って美味いのか?


 準備が終わると、ルゥはピョンピョン跳ねながら、俺のところに走ってきた。


「さぁ、俺のなけなしの金で買った食事だ。有り難く食せ。」

「ふわぁ〜〜!!!あ、ありがとうございます!ゆうとさ__」


 言い終わるかどうかというところで、餌を食べ始めた。まさしく一心不乱とはこのことだ。俺の部屋の中に咀嚼音だけが響くという、これまでにないことが起こっている。それにしても、よっぽどハラ減ってたんだなぁ。


「ほら、誰も取りはしないから、ゆっくり食え。」

 そろそろ皿の中身が無くなりそうだったので、スプーン2杯ぐらいを缶詰から移した。ルゥは尻尾をピンっと立てていた。たぶん『ありがとう』と言いたかったであろう何かしらの音が聞こえた気がした。咀嚼音の方が勝っていたが。


「食べながらでいいから、一つ聞いていいか?」

「・・・んっ、ふ、ふぁい、な、なんでしょうか?」


「お前って、メス、だよな?」

 ブフォ!!

 ルゥが食べていた餌を勢いよく吹き出した。

「い、い、い、いきなり!!何ですの?破廉恥な質問を!レディに向かって!!」

「前世の中身が女性なのは分かったけど、外側の猫は雄ってこともあるのかなぁ、なんて思ったもので。」

 ネカマもいるぐらいだからな。というか俺もネトゲで一度やったことあるし。変身願望は誰にでもある。それに・・・


 ルゥは、クネクネしながら『一応女性の猫ですよ?』と答えて、また食事を続けた。


「そりゃ良かった。雄だと去勢も考えないといけないかと思ったから。」

 ブフォ!!

 本日、二度目の噴き出し。後で掃除する身にもなれよ。俺だって股間がキュンとするようなワードは使いたくねぇよ。


「落ち着け。お前には関係ない話だ。ゆっくり食え。」

 はわわ、はわわと言っていたルゥを落ち着かせたが、少し水をぺちゃぺちゃと舐めた後、餌には口をつけなかった。


「あれ?まだ残ってるぞ?」 

 最後に乗せたものが半分くらい残っていた。

「いえ、もう満足でございます。御馳走様でございました。」

 ルゥは満足げに尻尾をゆるゆると振って答えた。だいぶお腹空いてたみたいだから、缶詰全部食べるかと思っていたが、小さいから胃袋も小さいのかもな。


 ふぁ〜〜

 ルゥが大きなあくびをした。腹がくちくなると眠くなるのは、人間も猫も同じか。


「眠いのか?」

「はい、今日は色々あって疲れました…」

「じゃあ寝ていいぞ、用意したから。」


 ルゥが食べている間に、簡易的に寝床を用意していた。段ボールに要らなそうなタオルを持ってきて、タオルの下にお湯を入れたペットボトルを用意した。これもYouTubeからの情報だ。正しいかどうかわからんが。


「何から何まで、、ありがとうございます!」

「脅かされているからな?」


 俺の皮肉はスルーされ、ルゥは寝床に飛び入った。すぐにクルクルと丸まったとこを見ると、準備は間違ってはいなかったらしい。


「それでは、ゆうとさま・・・おやす、み、なさ・・・い・・・」


 あっという間に寝息を立てはじめた。疲れてたのか、それとも一人で寂しかったのかもしれない。安心して眠るルゥの姿は仔猫らしく、可愛さそのものだった。


 そうだな、しゃべるのはともかくとして、仔猫としてみればカワイイよな。行くとこなくて、このままだと死んじゃいそうだし。それはそれで寝覚めが悪い。しゃーないなー。明日、飼ってもらえるように、親に相談しなきゃ・・・


 ふぁ〜〜


 俺ももう眠いや、今日、全力疾走したからな。明日、筋肉痛にならなきゃいいけど。風呂は明朝でいいや。


 ふぁ〜

 もう一つあくびをしてから、ベッドに入った。


 ・・・

 ・・・

 ・・・


 ・・・ぁ〜、・・・ぁ〜、にゃあ〜・・・


 ・・・ん?な?猫の鳴き声?

 猫?・・猫・・・

 あっ!そうだ!猫、いた!


「ねぇ〜、ゆうとさまぁ〜、起きてくださいまし〜〜」


 ガッと飛び起きた。時計は1時を回っていた。ベッドの下を見ると、ルゥが叫んでいる。ど、どうした?こんな夜中に!何があった!


「ど、どうした?怪我でもしたか?」

「おなかが・・・」

 えっ、食べ物が合わなかったか?壊したのか?それとも病気か?


「おなかが・・・おなかが・・・空きましたぁ・・・」


 へっ?

「少ししか食べられないから、、何回も食べるんですぅ〜」


 は、はぁ・・・そういうことは先に言えよ。

「お願いです、先ほどの食事をくださいまし〜」


 再びウェットフードをがっついているルゥを見ながら思った。

「・・・やっぱ、明日、誰かに売り飛ばそうか、コイツ。」

 咀嚼音が夜の部屋にこだました。子守唄にはならなそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る