3

 とぷん。投げられた小石を飲み込むように水が跳ね、小気味良い音を立てる。風を割く音の後に聴こえてくるその音は、落ちてきたものを優しく包むように受け入れてくれる、そんな心地の良い水音だ。

 後悔と反省と、劣等感を小石に乗せて、また一つ石を投げる。

 ひゅ、とぷん。

 またやってしまった。周囲から制止の声が掛かったということは、あれは出過ぎた真似だったのか。でもあの時、本当に私だけが悪かったのか?

 ひゅ、とぷん。とぷん。

 ──あれ、おかしいな。投げた石は一つなのに、二つ落ちる音がした。


「うん、やってみるとなかなかスッキリするね」


 後方から聞こえてきた声に露骨に顔をしかめる。ああ嫌だ、今一番聞きたくなかった声だ。むしろ、どうしてこの声が今聞こえてくるんだ? 私を追いかけて来たのか。一体何故。

 玉砂利を踏み鳴らす音から逃げるように歩き出すと、慌てた声が背を追いかけてくる。


「待って! ねぇ、少しでいいから話を聞いてよ」

「うるさい、私は話すことなんて一つも無い。頼むから放っておいてくれ」


 二人、玉砂利を踏み鳴らす音が川のせせらぎと混ざり、それらに負けぬよう張り上げた声が木々の合間に反響する。男の足で追いつこうと思えば簡単に追いつけるだろうに、彼は一定の距離を保ったまま後をついてくるばかりだった。


「ねーえー、道香ちゃんったらー」

「気安く名前で呼ぶんじゃない!」


 この男、言葉を発すれば発する程に最初の印象が覆されていく。もちろん悪い意味でだ。

 男の馴れ馴れしい態度に苛々を募らせていく中、ふとあることに気が付いてしまい、少しだけ彼の方を振り向いた。


「待て、どうして私の名前を知っているんだ?」


 男は驚いたように目を丸くすると、何か考えるように口元に手をやった。

 答えるのに何かを考える必要のある質問だったか? こちらが重ねて聞くのよりも早く、男はにんまりと口角を上げて笑う。


「さぁ、どうしてでしょう?」


 分からないから聞いているんだろうと返そうとしてようやく、先の一件で自分が名前を呼ばれていたことを思い出した。

 成程よく分かった。はぐらかす、すっとぼける、へらへらする。軽薄な人間の要素がよくもここまで揃ったものだ。調子を合わせるのも馬鹿馬鹿しい。


「あー、ちょっとちょっと。待ってってば」


 溜め息をついて再び歩き出したその後を懲りずに付いて来ながら、男はこちらに話し掛け続けた。


「ごめんって。さすがにおふざけが過ぎたよ」


 ふざけた事を素直に謝られると、尚のこと訳が分からなくなる。初対面の、それも言いがかりをつけてきた相手に、こうして付いて回る理由は一体何なんだ。一応確認くらいはしておこうと再び足を止めて振り向くと、露骨に嫌悪を浮かべた顔のままで口を開く。


「何だ、一体何の用なんだ?」

「君と、ゆっくり話がしてみたくて」


 嫌悪を向けられても尚、この男は微笑をこちらに向けてみせた。蜜色の陽光に照らされて、彼と、世界そのものが眩く光り輝いているようだった。

 本当にその程度の理由なのか聞き返したいくらいだったが、なんだか急に馬鹿らしくなってしまった。結局この男は軽薄なのだろうから、真剣に取り合う方が間抜けというものだ。

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