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 時折思い返される彼とのやり取りに一喜一憂しながらもなんとか就寝時間を迎え、早々に自室へ戻ると布団に潜った。一晩眠れば気分も落ち着くだろうと淡い期待を抱いていたが、どうやらそれは間違っていたらしい。

 暗闇の中で目を閉じているとより鮮明に記憶が蘇ってしまい、入眠どころか目を閉じている事さえままならないくらいだった。落ち着きなく寝返りを繰り返しては溜息ばかりついているのに気が付くと、一度眠ることを諦めて布団からのそりと這い出した。

 音を立てないよう静かに窓を開けると身を乗り出し、夜の空気を胸いっぱいに吸い込む。そうしてゆっくりと息を吐きながら夜空を見上げた。

 見ていると吸い込まれそうなほどの真っ暗闇と、目を奪われるほどに満天の星空がそこにあった。嫌なことも、悩みも、自分自身さえちっぽけに思わせてくれるこの光景は、眠れない夜の唯一の特効薬だった。

 心地好い夜風の吹く、静かな夜だ。同じ夜空の下、そう遠くはない場所にあの男も居るのかと何気なく思い、はたと今更のように気が付いたことがあった。


(……あの男の名前、聞いてないな?)


 気が付かなければ良かったと後悔したが、もう遅かった。あの男はこちらの名を知っているにも関わらず、自ら名乗りすらしなかったのか。聞かなかった自分も自分だが、如何せんあの時は色々と感情が一杯いっぱいだったのだ。まず向こうから名乗るべきなのではないだろうか。

 こうなっては、どれだけ夜の空気に触れても気持ちは晴れず。気を紛らわすことも諦めて布団に戻ったものの、そう簡単に寝付ける訳もなく。目を閉じたまま刻々と時間が過ぎていくばかりで、満足に眠れた心地がしなかった。

 朝になってもわだかまりは胸の奥に居座り続け、何に手を付けても集中出来ていない自分に気が付くと頭を抱え、深く溜息をついた。

 ──仕方がない、と。ようやく諦めがついて重い腰を上げたのは、昼時を過ぎてからだった。帰り際、待っているとも言っていたし、釈然としないままではしばらくの間、生活に差し支え兼ねない。

 そういった不安要素を解消する為にも、こうして今日もここへ来たのだと。一人言い聞かせながら、川沿いの道を渓流へ向けてひたすら歩いているのだった。

 途中で舗装された道から外れると川原へ降り、水際へ寄って穏やかな清流を一望する。澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込むと、寝不足も重なりささくれ立った精神が潤されていくような清々しい気持ちになれた。

 ──いいか道香、あいつに何を言われても動じない、挫けない、転がされないように、と頭の中で繰り返し、しっかりと自分に言い聞かせる。なんて言ったって相手は詐欺師紛いのパフォーマーだ。昨日と同様に、口先だけで上手く転がされかねない。

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