壱
1
あがる歓声、手を打ち鳴らす音。その日、片田舎では珍しい光景を前に、
──何だろうか、この人だかりは。ここは普段なら人の往来自体まばらな大通りで、この群衆はまず自然には起こり得ない。
パフォーマンスか、はたまた街頭演説だろうか。ストリートライブの曲間という可能性もある。どうにかして中の様子を窺えないものかと人だかりの周りをぐるりと歩くが、どこも人垣で埋まっていて見えそうにはなかった。
ここまで人を集めるとは。尚のこと興味が湧いてくるというのに、人垣は一向に動く気配が無い。全く、この中で何が起こっているというのだろうか?
「では、次はこのカードを使っていきます」
観客の中から聞こえてきた声、その言葉で、どうやらパフォーマンスが行われているらしいことだけは分かった。パフォーマーの言葉に観衆が固唾を飲むのが空気で伝わってくる。
大まかに何をしているのかは判明したが、詳細は分からないままだ。このままだと、どんなことをしていたのか分からないまま終わってしまう。なんとかして人垣の低い位置を探しだすと、その隙間から覗き見ようと懸命に背伸びをする。そうしてようやっと、先ほど声を張ったパフォーマーの姿をこの目にすることが出来た。
日の光に透けるようなブロンドに、白い肌。遠目に見ると、その姿はまるで天使のように儚く、美しい男だった。男は繊細な手つきでカードを切ってからそれらを扇状に広げると、翠眼がぐるりと観衆を見回す。そうして一人の男の子の前に膝をつくと、カードをこちらに見せるようにして翳した。
「君、この中から好きなカードを一枚選んで。僕に見せちゃダメだよ」
なるほど、と内心合点する。彼がやろうとしているのは透視か、それに近しい手品だ。この少年が選んだカードを、見ないままで当てようと言うのだろう。
ただカードを選ばせているだけだというのに、その光景に不思議と目を奪われていた。何人にも侵し難い神秘的な雰囲気が、そこにはあるように思えた。
「それにする? そうしたら、そのカードをみんなに見せてあげて」
少年がカードを一枚抜き取ったのを確認すると彼は頷き、その少年の背を押して観衆の方に向かせる。少年は彼に言われた通りに頭上高くカードを翳した。
『ハートの10』
観衆の中で一人、翳されたカードを読み上げる者が居たので、思わず鼻で笑ってしまった。ここまでの流れで、彼が少年の選んだカードを透視し当てようとしている事は明白だろうに、そうされてしまっては台無しだ。
さて、彼はこの問題行動にどう対処するのだろう。そこまで考えてから、ふとおかしな事に気が付いた。
観衆の誰一人として、先程の声に反応してはいなかったのだ。そんな筈は無い、通常なら彼にも聴こえそうな程の声量だったというのに、誰も聞こえていない筈が無かった。
「ありがとう。ここにそのカードを戻して、シャッフルしてもらっていい?」
まるで何事も無かったように、パフォーマンスは進んでいく。先程の声は、彼にも聴こえていなかったのだろうか? 何とも疑わしい。この疑念を晴らすべく、先程カードを告げた声の主を探そうと辺りを見回す。
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