第一章 狼の少女

第1話 転生

 奇妙な鳥の鳴き声がする。


 こんな鳴き声は聞いたことないな、何の鳥だ。


 しばらく考えるが、過去の経験を思い出しても、該当するものがない。

 それにざわざわと、風によって揺れる木々の騒めきも聞こえる。


 おいおい、この辺は住宅街だろう、なんでジャングルみたいな音がするんだよ。


 そう思って目を開ける。

 ---そこは森の中だった。


 時刻は朝の8時か9時くらいだろうか、大きな木の木陰に横になっているので、直射日光は浴びていなかったが、太陽が燦々と輝いている。


 え...俺アパートで寝てたよな?


 状況が呑み込めず、自問する。


 寝てる間に連れていかれた?

 いや、とりあえず起きて辺りを確認しよう。


 そう思って腕に力を入れるが、起き上がれない。そこでようやく自分の体の異変に気が付く。


 あれ、なんだこれ、腕も体も妙に小さい。


 寝ている状態で首を曲げて自分の体を見るが、そこにはバスケットの中に、布に包まれた幼児の体がある。必死に腕や腰に力を入れるが、とても立ち上がれそうにない。

 地面を見ると、周辺は天然の芝生になっているようだ。

 傍には大樹が立っており、その根元は地面から剥き出しになったいくつかの根に分かれている。バスケットはその根と根の間に、まるで大樹に守られるかのように置かれていた。


 俺が赤ちゃんになってんのか??

 なんだこれ...夢か?


 いくら考えてもこの状況を現実のものとして受け止められず、混乱する。


 10分程だろうか、しばらく混乱したままバスケットの中でジタバタしてたが、遂に起き上がろうという試みを諦めた。


 落ち着け、今わかってることは、俺は赤ちゃんになっている。そして自分の力で起き上がることもできない。


 この状態で人攫いや動物に襲われたらどうなるのかと思うとゾッとする。

 抵抗できずに連れ去られるか、殺されるのは明らかであった。例え肉食の動物でなかったとしても、遊ばれてひどい目に遭うのは十分にありえる。


 どうすんだよこれ、夢なら早く覚めてくれよ。


 そう考えていた時、ふと遠くから「ザッザッ」という物音が聞こえた。その音は一定のリズムで鳴っているようだ。


 誰か歩いてきてる?


 明らかに人の足音だとわかるようになり、その者が近づいてくる、どうも一人のようだ。

 足取りはゆっくりしていて、年寄りのそれを連想させる。


 親切な人ならいいが...。

 頼む!親切な人であってくれ!


 そう願い、何も出来ずじっと待っていると、こちらの姿を確認できる位置まで近づいたのか、接近者の歩みが止まる。そしてしばらくの沈黙の後に、呟く声が聞こえた。


「ふむ...妙じゃのう」


 声の主は年老いた男性だった。声の感じから、かなりの高齢に思える。

 なんとか親切そうな人に見つけてもらい、俺は安堵していた。


 日本語がうまい割に、あまり日本人には見えないが...助かったな。

 そもそも何県なんだよ、ここは。


 老齢のおじいさんが再び歩き出し、バスケットに近づいてこちらを見下ろした時に、


(すいません!助けてください!!)

「たーあー!」


 と必死に声を出したが、赤ちゃんであることを忘れていて、ちゃんとした言葉にならなかった為、すぐに焦燥感が募る。


 まずい!言葉が出ない!


 焦りながら必死に声を出す。


「あー!あー!」


 そうしていると老人が、にこりと笑って話かけてきた。


「ほっほっ、元気な赤ん坊じゃのう。こんなとこに棄てられたのかのう?」

「あー!わぁー!」

「よしよし、お前を襲ったりはせんよ」


 老人はそう言って顔を近づけ、俺に対して笑顔で話しかける。


「わしはゼストという、おまえの名前はあるのか?」


 その言葉を聞きながら、俺は老人の顔をじっと見つめる。

 頭髪が薄く真っ白になっていることや、顔に刻まれる皺からも、年は80歳か90歳か、かなりの高齢だと容易に推測できる状態であった。老人の双眸は深い藍色を持っており、鼻や口元から歴戦の戦士を連想させる。顎鬚は左右の耳の下から生えており、白一色の立派な形に整えられているようだ。

 赤ん坊がじっと見つめていると、老人ははっきりした声で告げる。


「ふむ、このまま置いとくわけにもいかんな、とりあえず保護するかのう」

「あー!」

「よし!ここは危ないから、わしと一緒に家に行こうな」


 そう言って老人はバスケットを持ち上げ、ゆっくりとした動作で歩き始める。老人は付近に住んでいるのか、獣道を迷うことなく歩いていく。


 とりあえず助けてくれるみたいだな、いったい何がどうなってんだよ。


 俺はまだ混乱しつつも、一時の安全を得て、心を落ち着かせようとしていた。


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