第9話 誘拐

 ゼストが亡くなってからほぼ4か月が過ぎた。

 料理・洗濯・掃除・畑や家畜の管理・狩りに植物採取。俺は全て一人で熟していた。

 といってもそんなに大げさなことではない。


 料理は自分が食べる分を用意するだけだ。3食の内1食は手を抜いても問題無い。

 朝食は木の実だけ、とかにすれば楽である。

 肉は狩りで獲った獣を捌き、塩漬けにすれば日持ちする。小動物は多いし、シカやイノシシもいる。食えない部分は畑の肥料にすればいい。

 山羊の世話については、干し草と水を補充するのが面倒なので、柵を拡大し畑まで伸ばした。雑草や野菜クズを勝手に食っているようだ。また、川に脇道を作り、柵の中に水が通るようにした。これで柵の中で、いつでも新鮮な水を飲むことができる。


 山羊から採れるミルクを使って、試行錯誤しながらチーズを作成している。チーズもどきなら出来上がるが、あまりうまくない。

 まあ無理して作らなくても、牛乳を飲むだけでも問題無いが。

 畑の野菜は基本的に手入れがいらない。柵内の川があるので、雨が降らない日が続けば、すぐ傍の水を汲んで撒くだけである。野菜を収穫した後は、種を撒いておけば勝手に育つ。収穫できないようなやつは、引っこ抜いてその辺に棄てておけば、山羊が勝手に食ってくれる。


 洗濯は時折思いついた時に洗う、森の奥は誰も来ないので、一日中一人でいる。誰かに会うわけじゃないから、何日か洗ってなくても問題無い。もちろんベッドに入る時には室内用のパジャマに着替えるが。


 掃除も同じように、思いついた時に実行する。誰かが家に来るわけじゃない。


 あとは森に行って木の実や動物を狩って来る。食料や資源が充分にある時は、例の高価な短剣を素振りしてトレーニングする。


 それにしてもあの短剣、どうなってんだ。


 ゼストの世話をしていた時は、何か月もほったらかしだった。雨が降っても何もしなかったから、少し錆びてるんじゃないかと思ったが、錆びや腐食はおろか、汚れた気配が微塵も無い。

 また、狩りに出た時に、動物を仕留めるのに使ったり、捌いて血と脂で汚したりした時も、水で洗い流せば曇り一つも無い状態に戻る。

 剣身についても、欠けたり、すり減ったりしてる形跡が無い。

 持ち帰ってから10か月程経過してるが、短剣も鞘も、傷一つ付いていない。


 おそらく魔法が付与されているとか、そんな感じなんだろうな。


 よくわからないが、考えても仕方ない。わかっていることは、錆びもしない、劣化もしない、欠けたり刃こぼれもしない、便利な短剣ということだ。


 さて、今日はどうしようかな。


 窓から陽の光が差し込む。時間は朝の8時過ぎ。


 ...やることが無いな。まあ平和なのはいいことだ。

 そういえば、あの川は小さいが、魚とかいるのかな?

 よし、今日は釣り竿でも作ってみようか。


 そう決めて、竿になりそうな撓る素材を探しに行くことに決める。


 枝とツタを組み合わせればなんとかなるかな。


 そう考えながら、森に向かって歩き出す。



 ---



 すっかり遅くなってしまった。

 いくつかの樹の枝とツタの組み合わせを試していたら熱が入り、あれやこれやと色々検証して、ようやく気に入ったのが出来上がった。

 陽はすでに落ちていて、月光に照らされた場所だけが、ほんのり明るい。だが何度となく通った道、仮に真っ暗でも、ちゃんと家に戻れる自信がある。


 これだけ撓る釣り竿があれば、そこそこ大きい魚でも折れないだろう。

 枝とツタの組み合わせは覚えたから、これなら何本でも作れるな。


 そう考えながら、家の近くまで来たその時、強烈な違和感を覚える。


 ん? ...誰かいる!?


 すぐに息を殺し、樹の影に隠れる。

 釣り竿を樹の根元に置いて、腰を落としたままゆっくりと家の様子を伺う。

 二人の男が家の前で会話していた。

 どちらも黒い服を着ているので、この距離からでは姿形がはっきりと識別できない。


「誰もいません」

「そうか」

「食料はありました。それに寝室の形跡から、誰か暮らしているようです」

「俺たちの気配を察して逃げたかもしれんな」

「金目の物はありませんでしたが、どうします?」

「予定通りだ、このまま船まで行くぞ」

「はい。ではガルーンを探します」

「ここで待機だ。じきに戻るだろう」


 二人の男は、どうやらこの家を狙ってここにいるわけではないらしい。


 なんだこいつら...?


 幸い狙いが家でも俺でもないのであれば、このままやり過ごせば去ってくれるだろう。

 そうして息を殺し、気配を殺しながら、この場に留まろうと姿勢を変えようとした時。


「おいガキ、動くなよぉ~」


 突然耳元に、煽るような口調で男が囁く。

 そして同時に、喉元にナイフが突き付けられた。


 いつの間に背後に...!


 前の男二人に注意を向けていて、背後には意識を向けていなかったことを後悔する。

 こいつもあの二人の仲間なのだろう、黒い服を着ている。


 後ろの男を睨みつけながら、今の状況を把握しようとしたが、男は俺に、静かに告げる。


「そのままゆっくり前に歩け。妙なマネをすると...わかってるよなぁ、ガキ」


 ナイフがほんの少し近づく。

 俺は突然命の危険に晒され、極度の緊張で汗を流しながら、ゆっくりと立ち上がり、歩き出す。

 後ろの男は、俺の喉元にナイフを突き付けたまま、同じようについてくる。


 くそ...今は何もできないな。武器も道具も無い。


 そのまま家の前まで歩く。

 と、家の前で会話してた二人の男が、俺たちの存在に気づくと、後ろの男が大きな声で告げる。


「ボス!ガキがいましたぜぇ~」

「なるほど、この家で暮らしているのはお前だな」


 ボス、と呼ばれた男が俺を見ながらそう言った。そしてそのまま、俺の後ろの男と会話する。


「ガキとはいえ、お前の腕でよく捕まえたな」

「たまたま戻る道にこのガキがいただけですぜ」

「だろうな」


 俺は努めて冷静になろうと、ボスに質問する。


「あんたたちはなにもんだ、目的は?」

「答える義務は無いな」


 ボスは静かにそう告げる。表情から感情が読み取れない。


 くっ、やっぱり答えないか。

 部下二人をまとめているだけあって、なかなか冷静だな。


「おいガキ!勝手に質問してんじゃねえ!殺すぞ」


 後ろの男が怒りを滲ませて怒鳴り出す。こいつは典型的な下っ端か。


「やめろ、ガルーン」


 ボスは諫めるように、俺の後ろの男、ガルーンに対して告げる。

 ガルーンは反射的に、ボスにまくしたてる。


「ボス、こんなガキさっさと殺して、そこの家から金目のモノを奪って、合流しましょうぜ!」

「ガルーン、やめろと言ってるんだ」


 ボスがゆっくりと俺とガルーンに近づく。


 なんだ、仲間割れか?


「ボス、なんで俺の自由にやらせてくれねえんだ!」

「馬鹿かお前は、無駄な痕跡を残すなといつも言ってるだろう」

「しかし!」

「おい、俺の指示に従うのか、逆らうのか、どっちだ」

「...」

「次は無いぞ」


 ボスはガルーンを黙らせると、俺に目を向ける。そして若干の沈黙の後、懐から布を取り出し、俺に対して静かに告げる。


「痕跡を残したくはないが、カネになるなら話は別だ。悪いな」


 ボスが突然、布を俺の口と鼻にに押し付ける。


 なんだこれ、何かの薬品か!?


 嗅いだことの無いような臭いに、顔を顰めるが、すぐに意識が薄れていった。

 薄れゆく意識の中、3人の男達の声が聞こえた。


「フォルギス、ガルーン、こいつを売って最後にもうひと稼ぎしてから西方に行く」

「しかしボス、レイドームでもメイヴェリアでも俺たちはお尋ね者です」

「レイドーム南西に小さな島がある。そこでは奴隷を買い取っている」

「ボス、なぜそのことを?」

「昔ちょっとな...ガルーン、行くぞ!」

「...ああ」


 ボスに担ぎ上げられ、意識を失った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る