第10話 島

 視界がぼんやりとしている。

 徐々に感覚が戻って来る。波の音が聞こえ、明るい空が見える。

 手は後ろで縛られ、口には布を噛まされ、大きな声を出せないようにされていた。


 ここは...船の中か?


 眩しくてよく見えなかったが、船といっても杜撰な作りだった。


 フィッシングボートを木材で粗末に作った感じか。

 この世界ではエンジンとかあるのかな?

 動力はどうなっているんだろ。


 と、ぼんやりとどうでもいいことを考えてると、ガルーンがにやにやしながら、俺を見て言う。


「おいガキ、気が付いたかぁ~」

「...」


 俺は無言でガルーンを睨みつける。


 コイツはなんで俺に突っかかるんだ?

 俺の命を握ってるという優越感を味わいたいのか。


「あぁん?なんか言いたそうだな。いいぜぇ~、ここは海の上だ。どれだけ大きな声を上げようと、俺たち以外の誰にも聞かれねえからな」


 そう言って、ガルーンは俺の口に噛ませた布をほどく。


「おいガルーン、勝手なことをするな」


 ボスがガルーンを諫めるが、ガルーンは従う様子はない。


「大丈夫ですぜボス。こんな海の上で、できることなんか何もねえ!」

「そういうことを言ってるのではない」


 ガルーンはボスを無視して俺を煽る。


「おいガキぃ、さあ言ってみろよ、命乞いか?それとも恨みか?好きなだけ叫んでみろよ、ハハッ!」


 そう嘲るガルーンに対し、俺はぽつりと呟く。


「哀れだな」


 ピクリと、ガルーンが表情を変え、怒気をはらんだ声で、俺に告げる。


「あ?今なんつった、ガキィ」

「哀れだな と、そう言った」


 俺は努めて冷静に伝える。


 俺はこの先、意識を失う前にボスが言っていたように、どこかの誰かに売られ、奴隷として使われるのだろう。

 いや、もしかしたら錬金術の人体実験になるかもしれない。

 どちらにしても、ここで死んだ方がマシだ。

 どうせ別の世界だ、死んだら地球に戻れるんじゃねーか?


 俺は怯えずに挑発した。

 それを聞いたガルーンは少しの間、殺気を込めた目で俺を睨んでいる。


 このガルーンてやつ、怒りのボルテージが上がっているようだな。


 ボスがうんざりした様子でガルーンを注意する。


「おいガルーン、安い挑発に乗るな。そもそも勝手に布を外し、ガキを自由にしゃべらせたのはお前だろうが」


 ガルーンはボスの言葉を聞いていないようで、腰から右手でナイフを抜き、右腕を振り上げて俺に告げる。


「死ね、ガキ」


 我慢できなくなったガルーンは、今にも躊躇なく振り下ろす様子だ。

 と、それと同時にボスが静かに重く、波の音をかき消すように、はっきりと声を出す。


「ガルーン、次は無いと、そう言ったはずだぞ」

「うるせえ!このガキは今ここで殺す!だいたいこんなガキ...ガハッ!!」


 ボスがガルーンの喉に剣を突き立てる。

 剣はそこまで深く刺さっていないようだ、喉を刺され、ガルーンの呼吸が大きく阻害される。

 ガルーンは何かを言おうとしたが、もはや言葉にならなかった。


「ガ...ハガッ..アッ!」

「もういい、死ね」


 ボスはそう言うと、剣を握った腕に力を込め、喉を貫こうと剣を押し込む。


 ごぽごぽ と血液などの液体が喉から溢れる。


 ボスの剣はガルーンの喉を貫き、そのまま右にスライドする。

 ガルーンの首が切断され、そのまま首が海に落ちる。

 ドポンッ と音を立てて首が海に吸い込まれていった。

 船は動いているので、その水面はすぐに後ろに流れる。


 こいつ...やりやがった。

 仲間を殺した。いや、もう仲間じゃなかったのかもな。


 ボスは首が無くなったガルーンの体を持ち上げると、海に放り投げて、棄てる。

 また、ドボンッ と今度は大きな音がする。

 その水面が後ろに流れ、船の上は沈黙が漂う。


 まあボスは最後の警告をしていた、それを無視して勝手な行動を取るやつを放置していたら、チームが崩壊するか。


 と、操縦席があるのだろうか、奥から見たことの無い男が出てくる。

 ガルーンが「合流」と言っていたから、別の仲間がいたのだろう。


「ボス、何が」

「何でもない、見張りを続けろ」

「はっ!」


 その男は勢いよく返事して、持ち場に戻っていった。

 またしばらく沈黙が支配する。


 フォルギスって男はどう思ってるのかな。


 仲間が目の前で殺されたのだ。何か思う所はあるのかもしれない。


 ま、俺を攫った盗賊共のことなんか、どうでもいいか。


 船上ではしゃべる者はいなかった。


 それから2~3時間程過ぎた頃であろうか、船が島に着いた。

 海岸からは森が見え、その奥に山が見える。

 ボスは船から島をじっと見ている。そしてふいに呟く。


「ここに来るのもこれが最後だな」


 そして俺に対して話かける。


「おい、ガキ。餞別だ」


 ボスは懐からバンダナを出し、細く畳む。

 それを俺の額に巻き付けた後、俺を抱え上げる。

 両手は後ろで縛られている。


 ボスは部下二人に指示を飛ばす。


「マギオン、船を見張れ。フォルギス、付いて来い」


 すぐに部下二人は返事して行動に移す。


「はっ!周囲を見張りつつ、整備しておきます!」

「はい」


 そのままボスは歩き出す。森に入る道があるようだ。

 俺は鳥の鳴き声を聞きながら、この島について考える。


 あの山から察するに、鉱山か何かで延々鉱石を掘らせる、といったところかな。


 15分程歩いただろうか、森の中を抜けると、大きく口を開けた洞穴があった。

 入り口の端で、椅子に座っていた見張りの男が、手のひらを前に突き出して、来訪者を止める。

 見張りの男はヒゲ面でタバコを咥え、カウボーイハットをかぶっている。


「あー待て、誰が何の用だ」


 この見張り、一応武器として槍を持っているが、若干やる気が無さそうに見えるな。


「盗賊だ、『黒四柱』という名を聞いたことは?」

「知らん。今日はどうしたよ」

「奴隷だ、ガキ一人だがな。これから成長して体力を付けていくだろうから、高く買ってくれよ」

「あー待て、所長に取り次いでやる」


 男は洞穴の奥に向かって駆け出した。


 黒四柱って、途中でガルーンを殺したから、黒三柱になったよな。


 そう考えてると、洞穴の奥から、どすっどすっという足音が聞こえる。

 その背後には普通の足音、これはさっきの見張であろう。

 いかにも重そうな足音をさせた男は、いかにもな体型だった。

 見るからにデブ。二重顎で脂ぎった感じのデブである。洞穴の中だというのに、なぜかベレー帽のような緑の帽子をかぶっている。


 ボスは俺を地面に転がす。そして所長と思われるデブの男に交渉を始めた。


「あんたがここの責任者か、さっそくだが高く買ってくれねえか。見たまんまのガキだが、この先体力を付けて貴重な労働力になるだろうぜ」

「ふんっ!男のガキか。まあいいぞお、使い道はいろいろありそうだなぁ」


 所長が下卑た笑みを浮かべて、俺を舐めまわすかのように観察する。

 ボスはすぐに金額を提示する。


「どうだ、金30枚で手を打たないか」


 金30枚というのは金貨30枚ということだろう。

 その価値は地球でいうところの約30万円に相当する。

 これが高いの安いのかわからない。


「金30枚だと?20枚がいいとこだ」

「まあ聞け、所長さんよ。ここで金25枚で買い取ってくれるなら、次もここに売りに来てもいいぞ。もちろんリクエストがあれば受けてやる。若い女でも、獣人族の男でも、エルフでもな」


 ボスはそう言って、得意そうな顔で所長を見る。

 所長はしばらく考え込んでいたが、顔を上げてボスを見る。顔に若干の笑顔がある。


「いいだろう、金25枚だ。次はエルフの女を連れて来てくれ、なるべく若い女だ。金50枚は出すぞお!」


 所長はそう言って、懐から金貨の入った袋を取り出す。

 すかさず、見張りが傍に来て、両手を皿のように、掌を所長に差し出す。

 所長は袋から金貨25枚を見張りに渡し、ボスに告げる。


「金25枚だ、持っていけ」


 ボスはそれを見張りから受け取ると、枚数を確認し、懐に仕舞う。


「ああ確かに、じゃあこのガキを頼むぜ。武器になりそうなものは取り上げてある。まあこんなガキが何か出来るとは思えんが、一応な」


 ボスを俺を担ぎ上げ、見張りに渡す。

 見張りが俺を担いだことを確認すると、ボスは振り返って、森に向かって歩き出す。

 フォルギスも後に続く。

 所長がその背中を見つめながら、念を押すように、ボスの背中に向かって叫ぶ。


「エルフの件、頼んだぞお!」


 所長のひときわ大きな声が、洞穴の中にこだまする。

 ボスは後ろを振り返らずに去って行った。


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