第11話 出会い

 所長はボスを見送ると、また、どすっどすっという足音を鳴らして奥に帰っていく。

 後ろを振り向かず、見張りに一言告げる。


「とりあえずそのガキは牢に入れておけ」

「はっ!」


 見張りはそう答え、所長の後に続く。

 洞穴内は所々壁にランプが設置してあり、淡いオレンジの光が洞穴内を照らしている。

 二人が洞穴の奥に歩き出してからしばらくすると、左右に道が分かれている場所に出る。

 所長は左に進んで行った。しかし俺を担いだ見張りは右に進む。


 さっきの道を左に行けば所長や看守等、この洞穴で奴隷を管理する側の人間の居住区なのかな。

 で、右が奴隷の牢と。

 まあ奥で繋がっているかもしれんが。


 タバコを咥えながら、しばらく見張りが歩いていたが、長方形の部屋に足を踏み入れた。


 広い場所に出たな。


 その部屋の壁には牢があり、長方形の短辺には牢が1つ、長辺には牢が2つあった。

 牢の形そのものも、長方形だった。

 今来た道と繋がっている長辺の壁には牢が無く、壁を見ると別の道に繋がっている通路が見えた。

 よって、この部屋の牢は全部で4つ、通路と繋がっている出入り口は2つ、ということになる。

 4つ全ての牢に誰かが入っている。

 牢屋の中は暗く、中にいる者の姿形はよく見えない。


 思ったより少ないな...管理できる人間が少ないのか?

 見張りが入ってきても、誰も気にも留めていないな。


 見張りは少し牢を見回したが、すぐに面倒くさそうに舌打ちする。


「チッ、空いてねえのか」


 見張りは俺を担いだまま、壁沿いに歩き、別の通路へと進んで行った。

 1分もしないぐらいだろうか、歩いていた見張りが、突然止まる。

 そこは部屋ではなく、通路の右側に、長方形の牢が2つ続けて設置されているのが見える。

 少し進んだ通路の突き当りには、木製の扉が見える。

 見張りはまず俺を地面に転がす。ここまで両手は後ろで縛られたままだ。

 そして鍵を取り出すと、手前の牢の扉にある鍵穴に差し込んで、捻る。

 カチャリ、と音がして、見張りがカギを抜き、牢の扉を引く。

 扉は牢の外側に向かって簡単に開いた。


 蝶番の音は鳴らないのか。

 脱走する時に、扉を開いても音が鳴らない、ということは覚えておこう。


 見張りは俺を立たせ、歩かせた。通路からまた面倒くさそうに言葉を発する。


「はやく入れ、入ったら格子に背を向けてこっちに来い」


 俺は言われた通り牢に入り、そのまま右に移動して、男に背を向けて格子の柱を握る。

 見張りは扉を閉めてカギをかける。またカチャリ、という音がする。

 そしてカギを仕舞うと槍を手にした。


 両手を縛っている縄を切ってくれるのかな。


 思った通り、見張りは槍の先端で、俺の両手首を縛っている縄を切る。

 そして俺を見て事務的に告げる。


「大人しくしてろよ」


 見張りはそう言って去って行った。

 俺は両手が自由になって安堵するが、すぐに、どうせ檻の中の動物だと落胆する。

 そしてひとまず、牢屋の中を見回した。


 牢の中には、扉から見て左前に木製で大きめの簡易ベッドと粗末な布、右前にランタンが1個、壁に接した木箱の上に置いてある。そして右端にトイレがあり。トイレの傍にはトイレットペーパーに相当する紙が置いてある。


 木箱の中身は何かと、持ち上げたり叩いたりして調べたが、どうやら空のようだ。

 牢屋の中は8畳ほどだろうか、思ったよりも広かった。


 先ほどの長方形の部屋にあった牢は、もう少し狭かったような...。

 この牢は特別なのだろうか、それとも予備の牢を使っているのかな。


 どうもベッドや部屋のサイズから、人間より大きい種族用の牢ではないかと思われた。


 さて、これからどうするか。

 人生で初めて牢屋に入ったが、当然というか、気分がいいものではないな。


 そして俺は、ベッドに腰掛ける。

 しばらくベッドの上でぼーっとしている。


 ふと、遠くから足音が近づいているのが聞こえる。

 足音はどすっどすっと鳴っている。所長であることはすぐにわかった。

 所長は俺がいる牢の前に立ち、俺を見下ろして、にやにやと笑っている。

 俺は何かされるのか身構えたが、所長は何もせずに俺を見たままだった。

 しかし、ひときわ顔を歪めると、大きな声で俺に対してはっきりと言った。


「おいガキ!奴隷の女に飽きたらお前を可愛がってやるからな、ぐへへ」


 わざわざそれだけを言いに来たのだろう。

 ベレー帽をかぶった所長は、気持ち悪い笑みを浮かべながら去って行った。どすっどすっという足音が小さくなっていく。

 あの所長は奴隷の女を、好きなように犯し、自分が満足するまで弄んでいるのだろう。

 俺は人をモノのように扱い、自由を奪って虐げるようなやつを、何より嫌っている。


 反吐が出るな。


 ベッドから立ち上がり、格子を掴んで所長が去って行った方向を睨みつける。

 俺は格子を力いっぱい握りしめていた。

 しばらく嫌な気持ちのままそうしていたが、冷静になったので、またベッドに腰掛ける。

 そしてまた、しばらくぼーっとしていた。


 そういや、家に戻る前に捕まったから、探索用の服のままだな。


 と考えていた時に、あることを思い出した。

 頭のバンダナを触る。


 そういやボスが餞別だと俺の頭に巻いてたが、これは?


 一旦バンダナを外す。

 と、その時に妙に硬い感触が手に伝わる。

 バンダナの中には、1本の銀色のカギが包まれていた。


 え、これってもしかして、この牢屋のカギか?

 だが、ボスは俺がどの牢屋に入るか、まではわかっていなかったはず。

 もしかして、全ての牢屋を開けられるマスターキーみたいなもんか?


 試してみるか。


 立ち上がって格子を掴み、左右を見ながら音に集中する。

 誰も傍にはおらず、誰かが来ている気配も無かった。

 俺は扉の前まで行き、カギをゆっくり差し込み、音を鳴らさぬように、さらにゆっくり捻る。


 カッ...チャッ...


 僅かに音が鳴って顔を顰める。開錠されているかどうかを確認しなければいけない。

 ゆっくりと格子を掴んで扉を押す。と、扉が何の抵抗も無く開く。


 よしっ、開錠できた!


 30センチほど開くのを確認し、すぐに引いて閉める。

 そしてまたゆっくりとカギを捻り、施錠する。

 また僅かに音が鳴った。気配に集中するが、誰かが近づいてくる感じはない。

 扉を押して、無事施錠できていることを確認し、安堵する。


 やったぜ、これでいつでも開錠できるな。

 とりあえず見つからなさそうな場所に隠しておくか。

 バンダナに入れたままってのはまずいよな。


 カギはベッドの下の奥の方に隠した。光が入らず、影になっているので好都合だった。

 今すぐにでも牢屋から抜け出したいが、ぐっと我慢する。

 脱出するタイミングは今ではない。

 情報が不足している。今出てもすぐに捕まることは目に見えている。

 敵の位置、敵の数、飯を持って来る時間、巡回の時間、巡回のルート、洞穴内の構造、武器の場所 など。

 必要な情報はいくつもある。

 ただ、俺はいつでも牢屋を抜け出せる、という状態を認識すると、精神的に楽になった。


 おっと危ない、不自然な様子を出さない為に、またバンダナを巻いておかないと。


 バンダナを巻いた俺の顔には、久しぶりに笑みが戻った。


 しかし、なぜボスはこんなもの持っていて、俺に渡したんだろ。


 それについて考えようとした時、背後の通路から音がした。

 コツコツと足音がする、所長でないことはわかった。

 しかし、足音は二人分あった、どうも看守に促されて歩いているようだ。

 足音が牢屋の前で止まる。

 俺はベッドに腰掛けたまま、呆然と見ていた。

 俺の目の前には、見張りの男と---



 悲しげな顔に、茶色の瞳を宿した少女がいた。



 この少女との出会いが、運命を変えるトリガーとなる。


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