第7話 保護 ■

 ■女の子の視点■



 私はすぐに男の子の傍に駆け付けた。男の子の体を見ると、所々擦り傷や、打撲の跡などが見て取れる。


 私の為に命を懸けて戦ってくれたお方。

 助けてあげたいけど、どうすればいいのかしら。

 下手に触って、痛い思いはさせたくないですわ。


 癒してあげようにも魔法は使えない、充分な治療道具も無い、ただ見守ることしかできない自分が情けなくなる。せめて励ましてあげようと声をかける。


「大丈夫でしょうか、すぐに助けを呼んでまいりますわ」


 男の子からの反応は無い、顔に耳を近づけると呼吸音が聞こえる。どうやら眠ってしまっているようだ。

 ならばすぐに助けを、と駆け出そうとしたが、思いとどまる。


 このお方をここに置いて行けば、今度は別の獣に襲われるかもしれない。


 結局その場から離れられずに、ただ静かに眠る男の子を見守るしかできなかった。


 ああ、どうして私は魔法も使えず、道具も持っていないのかしら。


 軽率に森の奥まで進んだ自分をひどく後悔していた、とその時、背後から声が聞こえた。


「姫様ー!いらっしゃいますか!!」


 声を聞いて、誰が来たのかを悟る。と同時にすぐに歓喜の表情になった。


 よかった、グリマイラだわ!

 グリマイラなら癒しの魔法が使える!!


 男の子を助けられることに安堵し、すぐに振り返って叫ぶ。


「グリマイラ、こっちですわ!助けてください!!」


 長身の女性、グリマイラはかなりの速度で私の前まで来た。しかし状況を見ると、怪訝そうな表情を浮かべる。


「姫様、お怪我は?」

「私ことはどうでもいいわ!それよりもすぐにこの方を助けて!」

「こちらの男の子は?」

「私の命を救ってくれたお方ですわ!早く癒してあげて!!」


 グリマイラは少し私を見つめていたが、すぐに決心したように彼に向かって魔法を詠唱する。

 すぐに彼の体が緑の光に包まれる。


 よかった...。


 目の前の光景に安堵する。彼の体をよく見ると、外傷が無くなっていく。


 安堵した私は、彼をじっと見つめる。

 幼少の頃より、同年代の男の子と接する機会は皆無だった。

 初めて男の子と接し、しかもその子に命を救われた。

 目の前で安らかに眠る男の子を見ていると、さきほどの勇敢に獣に立ち向かう姿が思い出され、鼓動が早くなる。


 あんなに大きな獣にナイフ一つで立ち向かった勇ましい姿、とても同い年くらいの男の子とは思えなかった。

 そして満身創痍になりながらも、見事に獣を追い払った。


 なんて強くて、かっこよくて、優しい方なのでしょう。


 その彼が、今はこんなにも可愛い寝顔を晒している。

 私は顔が赤くなり、どきどきしながら彼の寝顔をじっと見る。


 5分程経過しただろうか、グリマイラが魔法を止める。彼の体は綺麗な状態に戻っていた。

 私は顔を赤くしたまま、グリマイラに指示を出す。


「グリマイラ、このお方を城まで丁重に運びなさい。命を助けて頂いたお礼をしなくてはいけませんわ」

「...しかし姫様、姫様は黙って抜け出して、ここに来ております。このまま何事もなかったかのように、姫様と私とで戻れば、姫様がまた抜け出した、という話だけで済みます。」


 グリマイラは直接言及はしなかった。だが、身分がよくわからない、いや、どう見て農民の者を城に連れ帰り、ましてやその者に命を助けられたとあっては、大きな問題になるのは目に見えている。


「姫様、お辛いでしょうが、これは彼のためでもあります。このまま城に連れ帰れば、彼によからぬことをしようとする輩が出てきてもおかしくありません。彼の為を思うのであれば、城に連れ帰るのは...」


 グリマイラの言葉を聞いて、少し悲しい表情を浮かべて男の子を見つめる。


「わかりました。このお方を危険に晒すことはできませんわ」

「はっ、ありがとうございます姫様。では急いで城に戻りましょう」

「このお方をこのままにしてはおけませんわ!せめて城下の宿屋に寝かせてあげるなり、安全な場所まで運んであげなくては!」

「姫様、城では姫様がいなくなったと騒ぎになっております。一刻も早く戻らなくては。とてもそのような時間はありません。」

「...では魔法で彼を守ってあげて」

「わかりました、保護の陣を展開しましょう」


 グリマイラは腰に差していた剣を抜き出そうとする。私はすぐにそれを止める。


「待って、これを使いなさい」


 持っていた短剣を抜き出し、刃を下に向けてグリマイラに差し出す。


「姫様、それは王家の!?」

「グリマイラ、このお方は私の命を救ってくれたのよ。こんなものではお礼になるとは思えないけど、せめてこの短剣をお守りに置いて行きます。」

「しかし姫様、その短剣は王家に伝わる大切な...」


 なおも食い下がるグリマイラに、はっきりした口調で告げる。


「グリマイラ、聞こえなかったの?もう一度だけ言うわ。これを使いなさい」

「...わかりました、姫様」


 グリマイラは観念したように短剣を受け取り、詠唱を始める。


 もう別れの時間となる。せめて名前を聞くべきだったと後悔するが、自分を助けようとしたせいで負傷した彼を、起こして名前を聞くなんてできるはずがない。

 このまま男の子の傍にいたい、という気持ちを押し殺して、眠っている彼の額に手を乗せて、静かに言葉を出す。


「私はネヴィリム=メイヴェリア」


 ザグッ!

 グリマイラが短剣を地面に突き刺す。


「この御恩は一生忘れませんわ!」


 彼の顔を見ながらそう告げて、短剣の傍に鞘を置く。


「姫様」

「ええ」


 彼に背を向けて、グリマイラのすぐ後ろを歩く。

 少し振り返ってみると、短剣が刺さった地面から緑の光が放たれており、静かに眠る彼を包んでいるようだった。

 私はそれを見て、歩き出した。


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