第6話 治療

 誰かが何かを言っている。

 どうも女の人と女の子の二人が何かを言っているようだ。


 今はでかいイノシシを追い払ったんだから、ゆっくり寝かせてくれよ。


 目を閉じたまま眠りに入ろうとすると、女の人が何かを呟き、突然体に違和感が走る。


 あれ、なんだこれ...悪い感じではないな、むしろ快適だ。


 例えて言えば、マッサージチェアや思い切り伸びをした時の快感を全身に与えられているような。

 おそらくこれは魔法だろう、女の人が癒しの魔法か何かを俺にキャストしたのだろう。


 誰か知らんがありがたいな、さっきの女の子の仲間か?


 快適な感覚を味わいながら、眠りにつく。

 意識を失う前に、


「この御恩は一生忘れませんわ!」


 という言葉を聞いた気がした。


 ---


 目を覚ましてまず最初に気が付いたのは、キイィィンという音が鳴っていることだった。

 何の音かと寝ころんだまま周りを見るが、すぐに見つかった。不自然なものが目の前にある。

 地面に短剣が突き立てられており、薄い緑色の光が地面から放たれている。

 すぐ傍には、短剣の鞘が置いてある。

 その光は短剣を中心に半径10メートル程の円を描いていて、中心の短剣から円周に向かって、亀裂ような模様が走っている。円内にある、大樹のむき出しになった根にも光が及んでいる。


 なんだこれ、何かの魔法か。


 次に気が付いたのは、全身の疲労や痛みが無くなっていることだった。体を見回して、皮膚の痛みも無いことから、外傷も治っている。


 この地面の緑色の光が、癒しの魔法なのか?

 しかし眠りにつく前に、癒しの魔法受ける感覚はあったが、あれとは別なのかな。


 と思い返してみたときに、ふと確信する。


 そうか、これは獣よけだ。


 自分を癒すのに半径10メートルもの陣は必要無い、それに助けてくれた相手を眠らせたまま、獣に襲われるリスクに対策を取らず、どこかに消える、というのも違和感がある。


 ということは、この短剣はお礼ということで、もらってもいいのかな。


 目の前の、非常に高価に見える短剣をじっと見る。


 まあこっちも死にそうだったんだし、これぐらいもらってもいいよな、あとで回収に来たら諦めてもらおう。


 そう考えて上半身を起こし、腕を伸ばして短剣を抜く。少し力を入れると簡単に抜ける。

 すぐにキイィィンという音は止み、緑の魔法陣のような円は消えてしまった。

 そのまますぐ傍の鞘を取り、じっと見る。


 鞘からしてすげー高そうだな...。

 短剣本体も間違いなく高い。


 高価な短剣を手に入れ、満足そうに剣身を鞘に納める。

 立ち上がって周りを見る。獣の気配は無い。


 どれくらい眠ってたんだろう、今何時くらいだ?

 陽の角度から、おそらく昼過ぎくらいだろうか。


 体を動かしてみる、もう異常は無い。


「よしっ、じいちゃんとこに戻るか」


 そういって鞘に納めた短剣を左手に持ち、駆け出す。


 おっと、そういえばツタを回収してなかった。

 ガザンの実は使ってしまったけど、ツタはあのままだったよな。


 悲鳴を聞いて駆け付けた道を思い出しながら進む。


 しかし、いいもん手に入れたな。


 左手にある短剣を見てにやにやする。観賞用に飾るにしても見事だが、先ほど見た剣身は充分実用的に見えた。


 ウサギとか鹿とか出ないかな、早く使ってみたいぜ。

 家に戻ったら、かっこよく鞘から抜き出す練習するか。


 わくわくしながら巨大な岩の場所まで戻り、ツタを回収する。

 じいちゃん喜ぶだろうな、と思ったが、じいちゃんにツタを渡すことを想像した時に、


 まてよ、こんな高価な短剣、まず間違いなく聞かれるだろうな。

 どうやって手に入れたか聞かれたら説明しづらい。じいちゃんに心配かけるのはまずいよな。

 よし、家の傍のどこかに隠しておくか。


 そう考えて家に向かって駆け出した。


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