第13話 救出

 痛みを知らせる体を、無理矢理動かす。

 ベッドを支えにして、起き上がる。

 そのままもたれかかるように、格子を掴む。

 手にしたカギを差し込み、捻る。できるだけゆっくり回したつもりだったが、若干の音が漏れていた。

 カギを引き抜き、しっかりと握りしめる。

 扉を開き、フラつきながらも、なんとか歩き出す。

 ルーンが連れて行かれたのは、ほんの少し前だ。まだ間に合う。

 自分に言い聞かせながら、歩いていく。


「ルーン、今助けてやるからな...」


 俺は段々と動くようになってきた体を実感し、両足に力を入れる。

 すぐに長方形の部屋に出る。牢屋には奴隷が4人いる。

 俺はここまでのわずかな距離を歩きながら考えていた。


 カギを使って奴隷を解放して、加勢してもらうか?

 いや、解放したところで、味方になるとは限らない。

 つい今しがた、あの3人がルーンを連れてここを通っただろうから、事情はわかってるのかもしれない。説得すれば味方になってくれるかもしれない。

 だが、説得をする時間も無いし、味方になる保証は無い。

 さらに言えば、解放した途端、いきなり襲って来る可能性もある。

 確実に味方になって加勢してくれる保証が無い限りは、今は開放している時間は無い。

 ルーンを今すぐ助けなくては。


 今はとにかくあいつらを追う。

 ここの奴隷には申し訳ないが、もうちょっと我慢してくれ。


 俺は急いで壁伝いに歩き、通路に入る。

 姿は見えないが、前の方から声が響いてくる。3人はまだ移動しているようだ。

 最初の分かれ道を左に行ってるのだろう。長い通路だった。

 俺は後をつけながら、どうやって3人を倒そうかと考えていた。

 正面から挑んだところで、勝ち目はない。

 不意を突かねば、確実に仕留められない。

 ならば、あいつらがルーンを犯そうとする瞬間を狙うしかない。


 ごめんなルーン。怖い思いをさせることになるな。

 だが必ずあいつらを殺す。

 お前を助け出すからな。


 前方から開錠する音と、扉が開く音がする。

 そして、わずかな時間の後、施錠する音が聞こえた。


 まずい、もしこのカギで開かなければ...。


 しかし俺は、確信めいたものがあった。

 カギの形状と、ボスが、「ここに来るのも最後になる」と言って、俺に渡してくれたことから、やはりこれはマスターキーなのではないかと確信していた。

 痛みに慣れて、だいぶ動くようになってきた体に力を込め、急ぎ足で追いかける。

 すぐに格子状の扉の前に着く。

 カギをゆっくりと差し込み、音を立てぬようにゆっくりと捻る。

 カ...チャリ...


 よし、開いた!


 俺はすぐにカギを引き抜き、扉を押す。

 格子状の扉は、音もなく開く。

 そこも、長方形の部屋だった。

 格子状の扉は長辺の中点にある。

 向かいの長辺は木製の扉が二つある。

 そして格子状の扉から左側の短辺にも、木製の扉が一つあり、少し開いている。

 格子状の扉の左右にも木製の扉があり、この部屋の扉は全部で5つのようだ。

 右側の短辺には通路が伸びており、その先から声が聞こえる。


 今すぐ追いたい...が武器を手に入れないと。

 急げ、武器はどこだ...。


 俺はまず、左側にある少し開いている木製の扉に向かった。

 扉を開けるとそこは...倉庫だった。

 食料や飲料、消耗品や鉱石、衣類にタオル、色々な物が積まれている。


 何かないか、武器として使える何か...。


 と、隅に置いてある、光を反射する何かを見つける。

 それは...ナイフだった。刃渡り15cm程のナイフが置いてあった。

 大きなナイフではなかったが、武器として充分使える物だった。

 俺はすぐに掴むと、駆け出すようにして倉庫から出る。


 ここからは音を立てないように行かないとな。


 足音を殺し、しかし早歩きで進む。

 通路に向かってまっすぐ進む、殺意を持って。


 通路からあいつらの音は聞こえない。

 通路に先に部屋があるのか?


 思った通り、通路の突き当りには木製の扉があった。

 ドアの隙間をよく見ると、カギはかかっていなかった。

 俺はすぐに近寄り、聞き耳を立てる。

 中から所長の笑い声と、見張りの声、そしてルーンの叫びが聞こえた。

 俺はルーンの声を聞いて今すぐ飛び込みたい衝動に駆られるが、なんとか冷静になろうとした。


 落ち着け、やけになって無策で飛び込んだところで殺されるだけだ。

 俺が殺されたらルーンを助ける者はいない。

 それに声の感じからすると、あいつらはまだルーンに手を出していない。


 声の響きから、所長とルーンは部屋の奥、見張りはドアのすぐ傍にいるようだった。

 看守の声は聞こえなかった。

 おおまかな位置が掴めないが、二人の位置がわかったことで、俺は部屋に飛び込む決心をしていた。


 よし、飛び込んですぐに見張りを刺す。

 そして続けて看守に襲い掛かる。

 看守の位置はわからないが、あいつらは油断している。

 誰かが乱入してくることは想定していないはずだ。


 ルーンの大きい叫び声が聞こえた。所長がベッドにルーンを投げつけたのだろう。

 俺は深く息を吸って...部屋に飛び込んだ。


 部屋に入った瞬間、まず目についたのは、部屋の奥にあるキングサイズのベッドに横たわるルーンの姿だった。

 12畳程の部屋で、部屋の奥にベッドがあった。ベッドの脇には棚や大きな姿見がある。

 ベッドの傍には醜悪な笑みを晒し、上半身が裸になっている所長の姿。

 俺は考えないようにし、当初の想定通りにドアの傍にいた見張りの男に襲い掛かる。

 見張りは全く想定していなかったようで、声を上げることすらできなかったようだ。

 大きく目を開き、俺の姿を認識したであろう瞬間、その喉には俺のナイフが深く刺さる。


 ザシュッ!!


「グッ...!」


 見張りは咥えていたタバコを落とし、驚愕から苦悶の表情に変わる。

 俺は致命傷を与えたことを確信し、ナイフを抜こうとする。

 が、見張りが必死の形相で、両手で自分の喉に刺さったナイフを掴む。


 こいつ...!

 抜けない!


 力を入れるが、ナイフは抜けない。

 俺はナイフを抜くのに必死になっていたが、背後では看守が槍を手にしてた。


 くっ、なんて力だ...。


 看守が槍を振りかぶり、背後でヒュンッと風を切る音がする。

 俺はナイフを諦め、反射的に振り返った。

 俺に向かって槍が突き出されていた。


 速い!

 かわせないっ...!


 ズシャッ!!


 槍は俺の胸の中央辺りを貫いた。

 胸にじんわりと熱い感触が広がり、若干遅れて鈍い痛みが強くなっていく。

 俺は思わず声を出していた。


「ガッ...アアァ...」


 刺された...。

 だめだ、倒れるわけには行かない。

 ルーンを助けないと。

 ルーンを...。


 看守は勢いよく槍を引き抜く。


 ズシュッ!


 俺は衝撃で倒れそうになるのをなんとかこらえる。

 しかし、胸から広がる激痛に、体を動かせそうにない。

 じわじわと赤い染みが広がっていく。

 すぐ傍の見張りの男は、地面に倒れて動かない。

 なんとか意識を保とうと、ルーンを見る。

 が、ルーンはそんな俺を見て、ひときわ叫ぶ。


「いやあああぁぁぁ! ナオ様!!ナオ様!!!」


 所長はそんなルーンを見て、にやにやとしながら言葉をかける。


「いい余興だぁ。あいつが死ぬのをじっくり見せてやろう、ぐへへ」


 ルーンは錯乱したように叫んでいる。


「いやぁ!いやああぁぁぁ!!」


 俺は徐々に体に力が入らなくなってきたのを感じながら、ルーンを見ていた。

 看守が再度槍を構える。眼鏡の奥にある目は、今度は俺の頭部を狙っていた。看守は最後の言葉を告げる。


「終わりだ、ガキにしてはよくやった」


 刺し違える覚悟で来たんだ、ここで倒れるわけにはいかない...。


 俺は渾身の力で回避しようとした時に、それは起こった。


 ルーン...?


 さっきまで錯乱していたルーンが、黙って俯いている。

 と、それに気づいた瞬間。


 グシャッ!!


 所長の首から上が、ひしゃげるようにして後ろへ吹き飛ぶ。

 突然の現象に、理解が出来ない。


「むっ!これは...」


 看守が尋常でない事態を察したのか、思わず声をあげて背後の二人を見る。

 いや、首から上が無い死体一つと、一人の少女を見た。

 ルーンは顔を向けずに、看守に飛びかかっていた。

 俺はそこで、ルーンの腕を見て初めて、ルーンが所長を殺したんだと理解した。

 ルーンの腕は俺が知っているそれではなかった。体毛が濃く生え、一目見てわかるほど筋肉質になっている。手は俺が見ていたものよりも、はるかに大きくなっており、10本の指に、硬くとがった爪が生えている。

 そのまま視線を動かす、ルーンの腰の下、お尻の辺りからは尻尾が見て取れる。

 頭を見ると、獣の耳のようなものが、縦に生えてる。

 全体的に背丈も大きく成長している。

 しかし、俺が最も驚愕したのは、ルーンの目だった。

 茶色い綺麗な瞳をしていたルーンの目が、今は真っ赤に染まっている。

 血のような赤い色に、俺は恐怖した。


 これが...ルーンなのか?


 と、俺がそう考える間に、ルーンの爪を防ごうと槍を構えた看守が...、槍ごと爪に引き裂かれて、血を吹き出しながら地面に伏していた。


 なんだこれ...?

 ルーンになにが?


 ルーンが言っていた言葉を思い出す。


 ルナウルフ...?


 その時、ルーンがこちらを認識して寄ってきたため、致命傷を受けて意識が朦朧としながらも、呆然と言葉を絞り出した。


「ルーン。ルーンが無事でよ」


 グシュッ!


 ルーンの爪が、ルーンの腕が。

 槍で貫かれた俺の胸を、貫く。


「ルー...ン...」


 なんとかその言葉だけを絞り出し、俺は内臓を貫いているルーンの腕にもたれかかる。

 もう助からないのはわかっていた。体のどこにも力が入らない。

 言葉を出すこともできなかった。

 だが、ルーンの顔を見ることはできた。

 徐々に視界が暗くなる、意識が薄くなっていく。

 しかし俺は、ルーンの血のように真っ赤な瞳が、徐々に綺麗な茶色に戻っていたのが見えた。

 視界が黒くなる、もう何も見えなかった。

 ただ、ルーンの声が遠く聞こえる。泣いているルーンの小さな声が聞こえた。


「ごめん..さい、...オ様...」


 泣くな、ルーン。

 お前が無事だったんだ。

 よかった...。


 何も聞こえなくなった俺は、眠るように意識を失った。


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