第3話 森の中

 家に戻って居間に入ると、ゼストが朝食を取っていた。


「ナオ、お前の分も出来てるぞ」

「ありがとう、じいちゃん」


 俺は椅子に座ってお茶を飲む。

 朝食はイノシシの肉をスライスして焼いたものに、チーズと野菜の付け合わせ、いくつかの木の実だった。


 じいちゃんもかなりの高齢なのに、よくこんなに料理ができるな。

 俺も少しずつ覚えないといけないな。


 イノシシ肉をはむはむと食いながら、そう考える。


「今日はどうするんじゃ」

「いつものようにガザンの実を採ってくるよ」

「そうか、できればツタもいくつか採ってきてくれ」

「わかった」

「くれぐれも無理はせんようにな。大きい動物がいたら、仕留めようとせずに逃げるんじゃぞ」

「ああ、わかってるよじいちゃん」


 じいちゃんは森の動物や植物について教えてくれる。

 バーンズフォレストにはウサギやリスのような小動物もいるが、大型の動物もいる。中には獰猛なやつもいて、7歳の俺では勝ち目が無いことはわかっていた。


 チーズにイノシシ肉を巻き付けて、むしゃむしゃと食う。

 ううむ、これはうまい。

 さて、じゃあ森に行くか。


 朝食を平らげ、お茶を飲む。


「今朝もうまかったよ、じいちゃん」

「そうかそうか、また明日も作ってやるでの」


 笑顔でそう言ったじいちゃんを見て、俺は席を立って皿を流しに持っていく。

 水を張った桶に皿を沈め、手を拭いてから寝室に向かう。


 クローゼットから森の探索用の服を取り出し、着替える。枕の傍に置いてある採取用ナイフを取って、腰に差す。


「じゃあ行ってくる、昼には戻るから」

「気をつけてな」


 そして玄関を出て、陽の光を浴びながらいつもの道を歩いていく。

 森の探索ルートはほぼ決まっていて、ガザンの実が生る場所はだいたい覚えている。

 動物の鳴き声に注意しながら、いつもの獣道を辿る。

 陽の光を浴びた木々が、煌めくように白く見える。風がそよぎ、葉が揺れ動く。平和の象徴とも見えるような幻想的な光景に、自然と笑顔になり、心が安らかになる。


 今日も特に異常は無さそうだな...。

 鳴き声も聞こえないし、道に獣の跡も無い。


 獣の気配に注意しながら30分ほど歩くと、ガザンの樹が見えてくる。

 ガザンの実は枝に生っているので、採取するには樹を登るか、長い得物を使って落とすしかない。もちろん長い得物は無いので、樹に登って取ることになる。

 当然、高い位置の実は対象外だ。

 落下した時のリスクが大きすぎる。頭部や胸部を地面に打ち付けたら、死亡する可能性が高い。

 なので、比較的低い位置に生っている実を探す。

 きょろきょろと周りを見渡していると、


 あれぐらいの大きさならいけるか?


 ラグビーボールくらいの大きさの赤い実が、比較的低い位置に生っているのを見つける。

 幸い実の周りには、いくつもの樹が生えている。まず登りやすい樹を見つけてその樹に登り、そこから枝を伝って目的の樹に行けるだろう。


「よしっ、行くか」


 そう言って気合を入れて、目を付けた樹を登る。

 俺は今7歳の為、体重は軽い。腕に力を入れて、体を持ち上げるように登る。枝の上に立ち、体を安定させる。そのまま枝を経由して、目的の樹まで慎重に進む。


 しかし、木登りからの枝を伝っての移動って、なんかワクワクするな。

 かなり危険な行為なのに、ワクワクが止まらない。


 いくつかの樹を経由して、目的の樹の目前まで迫る。侵入できそうな枝を見つけ、体を向ける。

 目的の枝に一歩足を踏み入れ、体重を乗せても大丈夫なことを確認する。

 そのまま進み、実の前にたどり着く。枝に足と腰を固定して、腰から採取用ナイフを抜く。右手でナイフを持ち、左手で実を支える。


 そしてナイフを振り上げ、


 ガッ!!


 ガザンの実の根元に、ナイフを勢いよく叩きつける。

 左手に重みを感じ、実が枝から離れるのを確認すると、採取用ナイフを腰に差し戻す。


 よしっ、目的達成だな。


 それから慎重に枝を伝い、経由して来た道を戻る。


 実を回収できたことの安堵から油断が生まれるな。ここで落としてはいけないからな、慎重に行こう。

 仮に実を落としてしまっても、体を落とすことだけは無いようにしよう、なので危なくなったら実を捨てるか。


 気負い過ぎて失敗してしまうことはよくあることなので、実を犠牲にしてでも無事に戻れるよう意識を切り替える。

 戻りはガザンの実を抱えて慎重になっているので、来た時の倍の時間がかかった。

 なんとか無事に地面に降り立ち、左腕でガザンの実を抱え込む。


 そういえば...じいちゃんがツタを採ってくれとか言ってたっけ。

 よし、辺りを探すか。


 ガザンの実を抱えたまま、歩き出す。


 ツタなんかこの辺にあったかな、いつもと違う場所に行ってみるか。


 そう考えていつものルートを外れて進んでいく。

 しばらく探索していると、巨大な岩に巻き付いているツタを見つけた。


 これならじいちゃんも満足するだろう、さっそく採取するか。


 腰から採取用ナイフを右手で抜き出し、ガザンの実を左腕に抱えたまま、左手でツタを握り、右手をスライドさせツタを斬る。


 ぶちぶちっと音がしてツタが斬り落とされる。思ったよりも簡単に斬れた。

 そのまま繰り返し、3本分ほど切断する。

 満足のいく品が手に入り、にんまりとしてツタを回収しようとした時、


「...ッ!ァァッ...!」


 遠くの方から微かな悲鳴のようなものが聞こえた。

 俺はすぐに採取用ナイフを腰に戻し、ガザンの実を左腕に抱えたまま走り出した。


 確かこっちの方角から聞こえた気がする。女の子の声のように聞こえたが...。


 駆け出すと、地面に根がむき出しになっている大樹がいくつも視界に入る。その根の上を、飛び跳ねるようにして走っていく。近づくにつれて、その気配を感じ取れるようになってくる。


 女の子の声が聞こえるな、それに獣のような低い声も聞こえてくる。


 急げ...!女の子が何かに襲われているのか!?


 漸く到着した俺が見たものは、大きなイノシシが女の子に向かって突進しようとしてる様だった。


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