6
季節は冬になり、厳しい寒さが私たちの暮らす村にも訪れました。シスター・クララは上等の毛糸で三角の靴下を編んで、私の足に履かせました。
私はまた少しオルガンが上手くなりました。日曜日のミサの時間には、私の伴奏に合わせて歌うシスターの少女のように澄み切った声が、ふたりしかいない礼拝堂に響き渡りました。
そして、マクスウェル先生がみたびやってきた日には、その年はじめての雪が降っていました。
マクスウェル先生はひとりではなく、客人たちは見るからに物々しい雰囲気を漂わせていました。老弁護士についてきたふたりの屈強な男は、警察官だったのです。
「アイリスは我々が保護します。貴女にも一緒に来ていただきます」
先生は応接室にも入らず、玄関先でそう言いました。いつもの微笑みは消え、固い決意と、怒りのようなものすら漂わせていました。
私は耳がきいんとなるようなショックを受けました。シスターの顔には何の感情も見えず、ただ人形のようにどこまでも冷たく美しく見えました。
「クララ、どうか抵抗なさらないように」
「ええ。どこにも逃げませんから、どうか少しお待ちになって」
シスターは慎ましく頭を下げました。マクスウェル先生は少し迷ったようでしたが、そっとうなずきました。
シスター・クララは私を礼拝堂へ連れていきました。入り口を閉ざすと、彼女は私を固く抱きしめました。私はシスターと、この教会との別れを決意していました。我慢しようとしても、悲しくて涙がぽろぽろとこぼれました。
ところがシスターは、
「大丈夫よ。ちょっとここで待っていてね」
そう言って私を長椅子のひとつに座らせると、玄関の方へと戻っていったのです。
私は言われた通り、よくしつけられた犬のようにそこに座っていました。
ややあって、扉の外がにわかに騒がしくなりました。男の人の怒鳴り声とドタバタと暴れるような音、それに一発の銃声が続きました。胸が痛いほどどきどきしていましたが、私はまだそこに座っていました。シスターが戻ってくるまで、何日でも何年でもこうしていようと思いました。
やがて物音がしなくなり、辺りはしんと静まりかえりました。と思うなり、扉の向こうから、
「うふふ、ふふ、あはははははははははははははははははは!」
と高い笑い声が聞こえてきました。
バタン、と常にない荒々しい音を立てて礼拝堂の扉が開きました。シスター・クララが薪割り用の手斧を提げて立っていました。ベールがとれ、シニョンの崩れた髪がその顔と肩に垂れていました。ほの白い顔を赤く紅潮させ、見たこともないような愉悦に満ちた笑みを浮かべていました。彼女の黒い修道服がべっとりと濡れているのが、見ただけでもわかりました。
シスターは一度眼鏡を外し、服の袖でレンズに飛んだ血液を拭いて、改めてかけ直しました。それから彼女は、私のところへ一直線に歩いてきました。
ドンと重たい音がして、手斧が床に置かれました。シスター・クララは、もうすっかり見慣れた優しい笑みをその美しい顔に浮かべ、真っ赤に染まった両手を私に差し伸べてきました。
「いらっしゃい、アイリス」
私は嬉しくなって、しっぽを振る犬のように彼女に抱きつきました。慌てて立ち上がったために足に鋭い痛みが走り、彼女の胸元に埋めた頬はべっとりと血に汚れました。しかし、そんなことはどうでもいいことでした。
そうして私たちは、今でも楽園で暮らしているのです。
楽園の犬 尾八原ジュージ @zi-yon
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