第18話 一つ屋根の下で急接近!? 前編


「…………え?」


(神田さんは今なんて言った?泊めてほしいって……家に??え?え?何で??いや、聞き間違いかもしれない。そういうことはよくあるからな!仕方ない!!)


「だから、私を家に泊めてほしいの」


 聞き間違いじゃなかった。どうやら神田さんは家に泊めて貰いたいらしい。ここに来た目的は分かったが、神田さんの意図が全く分からない。


(神田さんは何を考えているんだ?そもそも、なぜ俺の家!?今日は両親帰ってこないし、一葉は友達の家に泊まりに行っているから家には誰もいない。ということは、神田さんが泊っても問題はない……って何考えているんだ!高校生の男女が一つ屋根の下で一晩過ごすのはいくらなんでもまずいだろ!!)


 神田さんは、家の前で申し訳なさそうな顔をして立っている。どうやら、俺に対して申し訳ないとは思っているようだ。それに、よく見たら家の前で別れた時と何一つ格好が変わっていない。持っている荷物も同じ……俺はもしやと思った。


「もしかして、家の鍵無いの?」


 神田さんはこくりと頷いた。俺の予想は的中していたようだ。


「今日お母さん帰ってこない日なのに、家の鍵持ってくるの忘れちゃって」

「お母さんは帰ってこられないの?」

「今、日本の最北端にいる」

「それは無理だね」


「クラスの友達に頼むとかは?」

「美海は今日から二泊三日の旅行。邪魔は出来ない」

「そうか、それは仕方ない……他の友達は?」

「美海以外のクラスメイトとはほとんど話したことすらない」

「マジか」


 まさかこんな所にも俺と同じ人種がいるとは。確かに、神田さんが映画部のメンバー以外といるのは見たことない……聞くところによると、神田さんは極度の人見知りらしい。


(まあ、見た目からそんな感じはするな……俺も人のこと言えないけど!!)


 本当に困ったことになった。神田さんは他に行く当てがどこもないらしい。困っている神田さんを見て俺の善心が顔を出す。


(これは家に泊めてあげるしかないのか…………やっぱりそれはまずいよな。でも、女の子に野宿しろというのも酷だし…………仕方ないか……)


「仕方ない。今回だけだよ」

「ほんとっ!?ありがと!!」


 神田さんの表情がぱあーっと明るくなる。なんか今日は、どんどん神田さんの新しい一面が見えるなと思った。


 玄関の前に立ち、神田さんが急にそわそわし始める。


「どうしたの?」

「えっと……家族の人に挨拶しなきゃだよね。ちょっと恥ずかしいなあって…………」


(あー、そういえば言うの忘れてたな)


「実は今日、家誰もいないんだ」

「………………へ?」


 神田さんは固まって目をぱちくりさせている。まさか二人きりだとは思っていなかったのだろう。心なしか、頬が少し赤くなっているように感じた。


 少しすると神田さんも落ち着いたようなので、家に入ることにした。


「……お邪魔します」


 かなり小さめな声で、呟くように言ったところから神田さんが少し緊張しているように感じる。


 実際、俺は冷静なように見えるが、心の中ではかなり動揺していた。


(待て待て!なんか勢いで神田さんを家に泊めることになっちゃったけど、この状況かなりヤバくね!?てか、女子を家に泊めるの初めてだし……どうしよう。緊張しすぎて、少し吐き気が……)




 何かぶつぶつと呟きながら前を歩く和樹。その時和樹は、後ろをついていく彼女の顔が真っ赤に染まっていることに全く気付かなかった。




 













 神田さんを家に入れたまでは良いが、その後二人には何とも言えない雰囲気が漂っていた。


 それもそのはず、コミュニケーション能力が皆無な二人。異性はもちろん、友達とお泊りをするという経験をしたことがなく、このような状況にどう対応すれば良いかが全く分からないのだ。


 結果、俺はリビングで神田さんに背を向けたまま固まってしまい、神田さんは家主が固まってしまっているのでどうしたら良いかわからず、荷物を持ったまま立ち尽くしているという状況だ。


 しかし、こういった時は男がしっかりしなければいけないんじゃないかと思った俺は、記憶の底から聞いたことのあるワンフレーズを引っ張り出し振り向いた。


「えっと……ご飯にする?お風呂にする?それとも………………」


 私?と言う直前に理性を取り戻したのは、不幸中の幸いというところだろう。


(これ、男が言ったら気持ち悪いだけのセリフじゃねえか!!)


 本来ならばここで笑いの一つでも起きるか、滑って冷たい空気が流れる所なのだが、二人の間にはそのどちらでもない空気が流れていた。


 なんてことを言ってしまったんだという羞恥心に頭を抱える俺に対し、緊張が極限まで達した神田さんは、


「じゃあ、お風呂で」


 と真面目に答えてしまっている。


 緊張により、どちらも正常な判断が下せる状態ではなかった。


 しかし次の行動が決まったことにより、一旦二人は落ち着きを取り戻した。


「えっと……じゃあ、お風呂…………先に貰うね?」


 お風呂という単語が恥ずかしいのか、人の家のお風呂に入ることが恥ずかしいのか、どちらかは分からないが神田さんは少し照れるようにそう言った。俺は内心少しドキッとしたが、ばれないように顔を逸らした。


「う、うん……あ、神田さん着替えは」


 神田さんは家の鍵を忘れたと言っていた。ということは家に一度も入れていないはず。


「持ってない、けど」


(そりゃそうだよな、こういう時はどうしたら良いんだ?確か…………あの映画では…)


「それなら、俺の服貸すよ」

「えっ?いい……の?」


 一瞬下を向いた神田さんだったが、俺の様子を伺うようにチラチラとこちらを見てきた。その様子に俺はまたドキッとしてしまう。


 俺から服を受け取った神田さんは、恥ずかしかったのかお風呂場へ走っていった。


 やっと一人に慣れた俺は、この先どうなるんだろうという不安で胸がいっぱいになった。






 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


ザァーー


(どうしよう!勢いで泊まることになっちゃったけど、大丈夫だよね??私、変な女だとか思われてないよね??)


ザァーー


(そういえば金城君、今日は誰も帰ってこないって言ってた……てことはずっと二人きりってこと!?なんか緊張してきた、私どうすれば良いの!?)


ザァーー


(でも、これは金城君とのチャンスよ!!それに……)



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄






 年頃の女の子はお風呂が長いと聞いたことがある。しかし、どうやらそうでもないらしい。


 10分ほどで廊下につながるドアが開いた。


「…………お待たせ」

「……………………………」


 俺は今日一日で、何回ドキッとしたら気が済むのだろう。


 神田さんが美少女だということは最初から知っているし、神田さんのスタイルが良いことも既に知っている。


 それでも、神田さんの姿にドキドキせずにはいられなかった。


 普段はポニーテールだが、今は下ろされている髪。その髪はまだ少し濡れていて、お風呂上がりの女子特有の色っぽさを感じさせている。そして、俺の貸したパーカーは少し大きかったらしく、両手の袖からは指先だけがちょこんとはみ出ていて何だかすごく可愛らしかった。


「金城君。そんなジロジロ見られると、ちょっと恥ずかしい……」


 どうやら俺は、自分で思ってる以上に神田さんのことを見つめてしまっていたらしい。そのことを誤魔化すために、俺は無理やり話題を変えた。


「そうだ!夜ご飯はカレーにしようと思ってるんだけど、それでも良い?」


 もともと今日はカレーの予定だったし、カレーだったら一人分増えたところであまり手間はかからない。


 さっそくカレー作りに取り掛かろうと台所に立つと、何故か神田さんは俺の隣に立った。


「ん?どうしたの?神田さん」

「何かお手伝い、しようと思って」


 どうやら手伝ってくれるようだ。一人でするよりも二人でした方が楽で速いので、素直に手伝ってもらうことにした。


「玉ねぎ切ってくれる?」

「分かった。大きめで切る?それとも微塵切り?」

「大き目で」

「はーい」


 台所に立ち、一緒に料理をする。これってなんか……


「新婚みたいだね」


(え!神田さんそれ言っちゃう??俺頑張って言わないようにしてたんだけど……神田さんも同じこと思ってたんだ)


 神田さんは口に出してしまっていたことにやっと気づいたらしい。


「いや、これは……その…違うの!」


 などと言って赤くなっていた。


 



 






 一緒にカレーを作り二人の距離は少し縮まりはしたものの、カレーを食べている間や、食器を片付けている時、二人の間に会話はほとんどなく、互いが互いを少しずつ意識しあう時間が続いていた。



 






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