第9話 不器用な女の子


「うーん、やっぱりこれかなー」


 そう言って悩む私は、かれこれ一時間くらい鏡の前に立っている。今日着ていく服がなかなか決まらない。しかし私には、服を選ぶのがめんどくさいという気持ちは一切なく、鼻歌混じりに着たり脱いだりを繰り返していた。当然、私が一時間も鏡の前に立っているのには理由がある。


だもんね!精一杯、お洒落して行かなくちゃ!どうしよう……楽しみすぎて顔がにやけちゃう、、、)


 









 くじの当たりを引いたのは和樹と美海だった。


 希と楓はがくりと肩を落とし、健斗はこうなったかーと和樹と美海の方を見ている。美海は、を確認すると飛び上がって喜んだ。


 もちろん、和樹が「竹森さん、そんなにこの映画見たかったのか」と勘違いしているのは言うまでもないことである。












 日曜日。集合時間の五分前に待ち合わせ場所に来ていた美海は、今か今かと前を流れる人の波に和樹を探していた。


 しかし、待ち合わせ場所に現れたのは予想だにしていない人物だった。


「ごめんなさい。待たせちゃったかしら」

「え、なんで木下さんがここに…?」


 何故待ち合わせ場所に木下さんが来たのか、その理由はいたって単純なことだった。


 和樹君が風邪で来られなくなった……


 つまり、木下さんは和樹君の代わりにここへやって来たということだ。後から聞いた話によると、和樹君は最初、田木君と希を誘ったが、二人ともすでに予定を入れてしまっていた為、仕方なく木下さんに声をかけたということらしい。


 前々から木下さんとは話してみたいと思っていたので、今日は丁度良い機会だと思うことにした。


「ううん!全然待ってないよ!行こっか、木下さん!」

「え、ええ」


 こうして、私と木下さんの映画館デート?が始まった。










――同じ学年に冷酷美女と呼ばれる女子生徒がいるらしい――


 これは、同じ学校の一年生なら誰しもが聞いたことある噂だろう。もちろん、私もその噂は耳にしていた。だから、映画部で一緒になった木下さんが、噂の張本人だと聞いたときは本当に驚いた。


 私としてはそんな噂を鵜呑みにしたくないので、木下さんと一度お話してみたいと思っていたのだ。


 




(どうしよう……話が続かない)


 さっきから、何とか話題を切り出すんだけど全然会話が続かない。もう私、心折れそうだよ。


 話している感じ、木下さんは人と話すのが苦手なだけなんじゃないかと思うんだけど……私の勘違いなのかな。


 次の話題は何にしようかと考えていると、隣を歩いていた木下さんがいつの間にかいなくなっていた。あたりをぐるっと見渡してみると、広場の真ん中で何やら泣いている女の子に向かって懸命に話しかけようとする木下さんを見つけた。


「この子、迷子みたいで…」


 私が駆け寄ると、木下さんは困ったような表情でこの状況を説明した。どうやら、泣いている女の子を見つけ、声をかけたまでは良いが、そこからどうすればいいのかが分からなかったらしい。


 結局、迷子センターにその女の子を連れて行くと親はすぐに見つかった。


「ありがとう!お姉ちゃん!」


 そう言って手を振る女の子に、木下さんはぎこちない笑顔を見せながらかなり控えめに手を振っていた。


 一息つくと、視線の先に何やら困っているおじいさんを見つけた。私はそれを見て、木下さんに声をかける。


「ねえ木下さん、あの人困っているのかな?って……あれ?木下さん?」


 木下さんはもう隣にはいなかった。私よりも先におじいさんを見つけて、すぐにそちらへ向かったようだ。


 私も二人の所へ行くと、またもや木下さんは困った表情をしていた。どうやら道に迷っているらしい。おそらく、木下さんはこの辺の道にはあまり詳しくないのだろう。


 私が道を教えると、おじいさんは私たちにお礼を言って歩いて行った。木下さんは歩いていくおじいさんを見ながら、またぎこちない笑顔を浮かべていた。


 そんなことをしているうちに、気づけばかなりの時間が経過していた。予定していた映画の時間には……間に合いそうもない。


「時間、間に合わないね。次のにしよっか!」

「ごめんなさい。私が余計なことをしていたばかりに」


 木下さんは、申し訳なさそうに口を開いた。自分のせいで映画に間に合わなかったと責任を感じているのだろう。何か、とてつもなく悪いことをしてしまったというような顔をしている。


 そんな木下さんに、私は声をかける。


「木下さんが謝ることじゃないよ!困っている人をほっとけなかったんでしょ?木下さんのおかげであの二人は助かったんだし……それに、映画だって次の時間のを見ればいい話なんだから!」


 そう、木下さんは人助けをしていただけ。何も悪いことはしてない。むしろ良いことをしたのだから、誇っても良いくらいだ。それなのに、時間に間に合わなかったことだけを考えて私に謝るなんて、彼女はとてつもなく人なのだろうと思った。


 














「映画、おもしろかったね~!」

「ええ、最初からあの人が怪しいとは思っていたのだけど。まさか、あんな結末を迎えることになるとは……さすが迷探偵ジナンといったところね」


 私たちは、映画を見終わってからそれぞれの感想を口に出していた。「迷探偵ジナン」は、長く続いているシリーズ物で、初めて見る私でもこれはかなり面白いと思った。


 そして、ここで新たに分かったことがある。木下さんは、おそらく大のジナンファンだ。上映中は身を乗り出して、食い入るように画面を見ていたし、いまだに映画の感想らしき言葉をぶつぶつと呟いている。


 私は、木下さんの誰も知らない一面を見れた気がして嬉しく思った。


「木下さんって、ジナンファンだったんだね!」


 木下さんの目が泳ぐ。


「い、いえ。そんなことはないわよ。今日だって、金城君の代わりに来ただけで……」


 そんなことを言いながら、木下さんの目はジナングッズにくぎ付けになっていた。そんな木下さんを見て、木下さんも普通の女の子なんだなと私は微笑んだ。











 帰り道、私は先ほどからどうしても気になっていたことを木下さんに聞いた。


「木下さんは、どうして困っている人を助けるの?」


 困っている人を助けるのは当然だと思う人もいるかもしれない。私だって、困っている人が居ればとは思う。でも、いくらそう思ったとしてもそれを行動に移せるとは限らない。ほとんどの人は自分が一番だと考えていると思う。人とはそういう生き物なのだ。


 そんな中、自分のことを全て後回しにして、親しい人ならまだしも赤の他人にまで手を差し伸べる人を私は。私はそういうところにのだ。


 だから、行動をする彼女がどうしても気になってしまったのだった。


「どうしてと聞かれてもわからないわ。強いて言うなら、私が困っていた時助けてもらったから。それからかしらね、困っている人を見てほっとけなくなったのは」


 誰に助けってもらったの?とは聞けなかった。気になったけど、私が聞くのは駄目だと思ってしまったから。


「でも、困っている人に声をかけてもそこからどうしたら良いかが私には分からない。今まで誰とも関わらずに生きていこうとしてたんだもの。当たり前だわ。だから、私が人を助けようと思っても意味がないの」


 あのはそういうことだったのかと思った。


 それと同時に、木下さんは噂のような冷たい人じゃなかったとも思った。


 木下さんは温かい心を持ってる。そのことは、今日一日一緒に過ごして良く分かった。ただ、驚くほど不器用なだけなのだ。


 私は、木下さんのことをもっと知りたいと思った。もっと仲良くなりたいと思った。


(だって、こんなに素敵な人なんだもの!)


「じゃあさ、私と友達になろうよ!私はあなたが素敵な人なんだってことを知ってる。だから私はあなたと友達になりたい。それに、友達が出来たらさ、人との関わり方もわかってくるかもしれないでしょ?」


 そう、私は木下さんと友達になりたいと思ったのだ。友達になって、またこうやって遊んだりしたいと思ったのだ。だって今日、こんなに楽しかったのだから。


 すると木下さんは、震える声で私に言った。


「私なんかが、友達で良いの……?」


 目にはうっすらと涙が溜まっている。私は木下さんの手をぎゅっと握った。


「木下さんが良いの!」

「私、面と向かってそんなこと言われたの初めてだわ」


 木下さんは、私の目を見てほほ笑んだ。彼女の目にはもう、涙は溜まっていなかった。


 今、私は初めて木下さんの本当の笑顔を見れた気がした。


 私は木下さんの腕にぎゅっと絡みついた。


「えへへ……あのさ、楓って呼んで良い?」


 楓が少し困った表情をする。


「それはちょっと…」


 それでも私は譲らない。


「やだ!絶対楓って呼ぶもん!」

「……仕方ないわね」


 楓が先に折れた。私は絡めている腕に、さらに力を込めた。


「やったあ!これからよろしくね!楓!!」


 






 私たちは、引っ付いたまま歩いていた。楓が歩きにくいと離れようとするのだが、私が意地でも離れなかった。


 いつしか楓は諦めて何も抵抗しなくなった。


 帰り道、私はあることを思いつく。


「ねえ、和樹君のお見舞い行かない?」








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