第12話 突然のピンチ!?

 映画部としての方針が決まったあの日から、約一か月ほどが経過していた。最初にカメラを回すのは夏休みにしようと決めていたので、その間これと言った進展はなく、部室に来てだらだらと過ごして帰るという毎日を送っていた。



 今日も、いつものようにだらだらと過ごしていてのだが、ガラガラっと突然部室の扉が開いた。


「加藤先生、急にどうしたんですか?」


 俺たちに目標を突き付けて以来、先生がこの部室に入ってくることはなかったので俺は少し驚いた。


(また何か突き付けられるのだろうか)


 しかし、先生が来た理由は教師としてごく普通のことだった。


「お前ら、こんなとこでだらだらしてて良いのか?」


 先生は少し険しい顔つきでそう言った。


(どういうことだろう。先生の言い方だとまるで、みたいな……)


 俺は少し考えて気づいた。あっという間に感じたが、一学期ももうすぐ終わる……ということは、学生にとってはとても大切ながある。


「あ……期末試験もうすぐか」

「そうだ。今日から、期末試験のテスト期間だ」


 期末試験と言われても、普段とやることは変わらないのでまったく気にしていなかった。現に、俺たち(一人を除いて)はだらだらしているように見えていても、勉強をしていたのだ。


「当たり前のことだが、今回の期末試験で一人でも赤点を取る奴が居たら、次のテストまで部活禁止だからな?」


 先生は当然のようにそう言った。学生の本分は勉強なのだし、それは当然のことだろう。


 

 次のテストまで部活禁止ということは、夏休みの間も活動できないということになる。それはかなり痛い。まあでも、それは場合に過ぎない。赤点なんて、逆に取る方が難しいと俺は思っている。それに、普段の様子から見るに、この部活にそんな奴はいないだろうと思える。そう俺が安心していると、


「なっ!ほ、ほ、ほんとですか!!」


 おい。めちゃくちゃ動揺している人が居るんだが。その人物は動揺しすぎて、持っていた本を床に落とし、ばっと勢い良く立ち上がった。全員の視線が、一斉にその人物に集まる。


「本当だ。だから頑張って勉強しろよ?お前、最初の診断テスト酷かったんだからな」


 先生が竹森さんにくぎを刺す。竹森さん、そんなに酷い点数だったのか。


「先生!」


 すると、先生に何か言いたいことがあるのか、竹森さんは真剣な表情をして先生のことを見た。その表情から、竹森さんは先生に何か文句を言いたいように感じる。


(おっ、もしかして竹森さんは言うほど頭は悪くないのか?)


俺は少し、期待の眼差しを竹森さんに向けた。


「……赤点って何点ですか?」

「「なっ!」」


 竹森さん以外の全員がハモった。どうやら、同じクラスの二人も竹森さんの頭の悪さを知らなかったらしい。先生は、はぁとため息をついた。竹森さんへ向けた期待の眼差しは、一気の絶望の瞳へと変わる。


(嘘だろ……そのレベルなの?赤点回避なんて絶望的じゃないか)


 この前のテストが酷かったと言っても、悪くて一つか二つ赤点があるくらいだと思っていた。しかし、竹森さんの今の反応を見るに、そんな想像を遥かに超えてきているんじゃないかと俺は怖くなった。


「そういうことだ。じゃあお前ら、頑張れよ」


 もう諦めたかのような表情をした先生は、そう言って部室を後にした。



 先生が居なくなった部室には、異様な雰囲気が漂っている。


「ちなみに、竹森は前回の診断テスト何位だったんだ?」


 雰囲気を変えるために、健斗が竹森さんに質問をした。気を利かせて質問をした健斗だったが、その質問が原因で、部室は更に異様な雰囲気に飲み込まれることとなる。


「えっとね~!295位……だったかな!」


 今度は全員驚きすぎて言葉も出なかった。ちなみに、竹森さんは胸を張ってそう言っているが、俺たちの学年は全部で300人の生徒がいる。つまり竹森さんは、


「ワースト5位じゃねえか!」

「てへっ!」


 竹森さんは拳を額に当てて、可愛らしくウインクする。


(てへっ!じゃないですよ……いや、確かに可愛いんだけど)


 そんな可愛らしいポーズをしていた竹森さんだったが、突如、何かに気づいたかのように周りを見渡した。


「……はっ!みんなそんな反応をするってことは…………」


 頭は悪くても察しは良いらしい。そんな竹森さんを見て、まず、同じクラスの二人が言葉を返した。


「俺は前回5位だったな」

「私は3位だった」


 その言葉を聞いた竹森さんは、


「嘘でしょ!?二人ともそんなに頭良いの!?私、仲間だと思ってたのに!!」


 などと、何やら失礼なことを二人に言って、ガクッとうなだれてしまった。しかし、竹森さんはすぐに頭を上げ、まだ希望は残っている!とでも言いそうな顔でこちらを向いた。


「……和樹君は、仲間だよね?」


 竹森さんが、うるうるした目でこちらを見つめてくる。まるで、和樹君は裏切らないよね?と言っているような表情だった。そんな竹森さんを見て、俺は申し訳なく思う。


(そんな目で見ないでくれ。何故か竹森さんを裏切ってしまったような気持ちになる)


 しかし俺は言わなくてはならない。竹森さんを絶望へと突き落とす言葉を。


「……2位です」


(ごめんなさい。あなたの仲間にはなれません)


 俺は何も悪いことをしていないはずなのに、無意識に竹森さんを見て、頭を深く下げていた。


 最後の希望が消え去り、竹森さんの表情は絶望へと色を変えていた。そんな竹森さんは、恐る恐る、というか大体答えは分かっているだろうが、念の為という感じで木下の方を向いた。


「えっと……一応、楓は…………」

「1位だったけれど」


 まあ、この場にいる全員が答えを分かっていたし、竹森さんも別に驚いた様子はないようだった。


 そう。俺と木下は中学の頃から、1位2位を争うライバルなのだ。


(俺が勝手にそう思っているだけなんだけどな。木下は2位以下なんて全部一緒だと思っているだろう)


 何しろ、木下にはまだ一回も勝ったことがない。今回こそはと、俺は密かに闘志を燃やしているのだ。


(もちろん、毎回同じことを思っている)


「やっぱり……絶対そうだと思ってたよ……って待って?もしかしてヤバいの私だけ!?もしかしなくてもそうだよね!どうしよう!皆に裏切られた!私ピンチじゃん!超ピンチじゃん!」


 竹森さんは、やっと自分の今置かれている状況に気づいたのか、両手で顔を挟んでやばいやばいと言っている。何故、こんな仕草一つでも可愛く見えてしまうのだろうか。そんな関係のないことを考えていると、竹森さんは何か閃いた様子を見せ、こちらに近づいてきた。


「あの……さ、和樹君…………勉強、教えてくれないかな」


 竹森さんは、先ほどと同様、あのうるうるした目で俺の目を見つめてくる。凄まじい変わりようだ。これなら女優にでもなれるんじゃないか?とさえ思った。しかし、今回の俺は一筋縄ではいかない。木下に勝つために、俺は猛勉強をしなければならないのだ。人に教えている場合ではない。俺は、竹森さんの頼みに心を痛めながらも、心を鬼にして答えた。


「悪いんだけど、今回俺は独りで勉強しようと思ってるんだ。竹森さんに勉強を教えることは出来ない」

「……だめ?」


 竹森さんはまだ諦めようとしない。しかし俺もまだ、負けてない。


「ほら、木下に教えてもらったらどう?俺より木下の方が順位高かったんだし」


 あの日の映画を境に二人はかなり仲良くなったようだし、これは勝ったと俺は勝利を確信した。


 それを聞いた竹森さんは、じゃあ楓に聞いてみると言って木下の方へ向かった。そして木下と話し終わると、次は神田さんの所へ行った……その次は健斗の所へ。そうやって竹森さんは一周回り、もう一度俺の所へと戻ってきた。戻ってきた竹森さんは少し悪いことを考えているような表情をして、にこりと笑った。


「映画部の皆で勉強会することになったから!もちろん、部長が参加しないなんてことは、ないよね?」


 どうしよう。いつもは素直に可愛いと思う竹森さんの笑顔が、今は悪魔の微笑みにしか見えない。まあ、どっちにしろ可愛いことに変わりはないのだが。しかし、そう言われてしまっては、俺が断るわけにはいかない。


 結局、俺は竹森さんの策略に嵌められて、勉強会に参加することになったのだった。


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