第13話 竹森さん、色々当たってます。

 とあるファミリーレストランでのこと。


 俺たち映画部は、各々が勉強道具を広げ窓際の席に座っている。五人で来ているので三人と二人に別れて座らなければいけないのだが、俺の隣に竹森さんが座っているのは何故なのだろうか。


(普通は、男子と女子で分かれるんじゃないのか?)


 しかし、竹森さんは俺の隣から動くつもりはないらしい。真っ先に勉強道具を机に広げてしまった。


「次のことわざの□に当てはまる言葉を答えなさい。1、□の目にも涙」

「親!」

「竹森さんの今の状況を見たらそうなるかもね」


「2、□□□ほどよく吠える」

「負け犬?」

「意味は合ってるけど……」


「3、□の上にも三年」

「氷だね!」

「…………真面目にやってる?」


 さっきからずっとこんな感じである。何問か問題を出してみて分かった……竹森さんの頭の悪さは国宝級だ。


 俺の質問にぷくーっと頬を膨らませた竹森さんが答える。


「真面目にやってるもん!難しい問題を出す和樹君が悪いの!!」


(難しいってあなた……小学生でもわかる問題ですよ)


「ごめんごめん。なら、3×8は?」

「馬鹿にしてるの??28だよ!」


 怒ったように竹森さんが答える。


(あ、駄目だ。これは確実に小学生以下だ)


「帰っても良いかな」

「あーー!待って待って!私を見捨てないでーー!!」


 立ち上がろうとする俺の腰に、竹森さんが必至でしがみついてきた。そして、あのうるうるした目で俺を見つめてくる。


「ちょっ、分かったから!離れて!じゃないと色々ヤバいから!」

「ほんと!?やったあ!てか……何がヤバいの?」


(何がヤバいって、腰の方に何やら柔らかい感触が……なんて言えるわけないだろ!!)


 何も説明ができない俺は、ただ誤魔化すことしか出来なかった。


「いや、まあ……色々と、ね?」

「むうー、教えてくれるまで離さないからね!」


 竹森さんが、更に強くしがみついてくる。これはまずい、理性が爆発しそうだ。


「竹森さん。その体勢……色々当たってるけど、大丈夫なのかしら」


 木下が恐ろしく冷たい声でそう言った。その声を聴いて、俺は木下のことを見ることが怖くなった。なので、心の中で呟く。


(木下、それを言わないでくれ……)


「色々当たってるって……あっ!和樹君の変態!!」


 何かに気づいた竹森さんは、顔を真っ赤にして俺からぱっと手を離した。


(変態って言われましても……男なら誰でも意識しますよね?仕方のないことですよね?)


「変態なのは竹森さんよ。そんなを彼に押し付けて。いったい何を考えているのかしら」

「凶器って何よー!」


 そう言うと、木下は何故かを見てはあと息を吐いた。


(確かに、前から少し思ってたけど……竹森さんってかなり大きいよな。いや、決して木下のを見てそう思ってるんじゃないぞ?一般的に見てだ!そう、一般的に!)


 そこからは、竹森さんからのボディコンタクトもなくなり、それなりに集中して勉強をすることが出来た。その間、竹森さんの分からない問題を教えてあげることもあったが、不思議と嫌な気持ちはなかった。


 また、どうしても分からない問題があり固まっていると、


「そんな問題も分からないのね。見ていて可哀そうだから私が教えてあげるわ」


 と、木下が問題の解き方を教えてくれるなんてこともあった。木下の説明は非常に分かりやすく、授業を聞くよりも木下に教えてもらった方が良いんじゃないかと思うほどだった。


 そして、家に帰っても俺は、打倒木下を目指して何時間もの間、机に向かって勉強をしていた。


 たまに、あのを思い出して悶々とするのを耐えるためでもあるというのは、誰も知らない話である。











 結局、映画部による勉強会は毎日行われた。


 最初は無理やり竹森さんに参加させられた勉強会だったが、日を重ねるごとに少しずつ考え方も変わり、勉強するのも悪くないなと思うようになった。


 そんな今回の勉強会は、今まで俺が考えていたことを、もう一度改めて考えさせられるとなった。







 テスト前日。一週間続いた勉強会も、今日で一旦終わりとなる。


 帰り道、神田さんと木下は家に用事で先に帰り、健斗は妹を幼稚園に迎えに行ったので、俺は久しぶりに竹森さんと二人きりになった。


「明日からテストだね~」

「そうだね」

「和樹君。ありがとね?私のわがままの付き合ってくれて」

「ううん、最初は嫌々だったけど、どんどん楽しくなっていったから。俺がお礼を言いたいくらいだよ。竹森さんが勉強会を開いてくれなかったら、誰かと一緒に勉強するなんて一生なかったと思うし」

「そっか~、何か嬉しいな!和樹君が勉強会を楽しいと思ってくれてたなんて!」


 竹森さんは、心の底から嬉しそうに微笑んだ。


 確かに楽しかった。今まで独りの世界でずっと生きてきたから、こんな気持ちを味わうことがなかった。分からない問題を教えあったり、馬鹿なことで笑いあったり、人と関わるだけでこんなにも見える世界が変わるんだよということを竹森さんが教えてくれた気がした。


 も、俺と同じ気持ちなのだろうか。













「私ね、和樹君にどうしても聞きたいことがあるの」


 竹森さんがいきなり立ち止まった。


「聞きたいこと?」

「昔…………









________________________


「昔会った女の子のこと、覚えてる?」


 そう言おうと思ったけど、私はすぐに口を閉じた。その問いの答えを聞くのが怖かったのだ。


 知りたいけど、知りたくない。そんな私は質問を変えた。


「昔…………いや、和樹君ってさ!ずっと2位なんだよね?」

「うん、誰かさんが1位を譲ってくれないからね」

「2位でもすごいよ!」

「2位じゃ駄目なんだ……」


 私は最近、和樹君を見て思うことがある。


 世の中には勉強を好きな人もたくさんいる。けど、和樹君はそうではない気がする。何というか、好きで勉強をしている感じではないのだ。


 それでも勉強を頑張り続けているということは、何か特別な理由でもあるのだろうか。


 だから、何故和樹君があんなに1位を取りたがっているのか私は知りたいと思った。


「和樹君はさ……どうしてそんなに勉強を頑張るの?」









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