第14話 和樹の過去

 小学生の俺は、友達も作れず独りで過ごしていた。別に友達が欲しいとも思っていなかったし、友達がいないことで困ることもなかった。


 低学年の頃は皆まだ幼い思考が残っていたこともあって、俺がずっと独りでいることをどうこう言うような人はいなかった。


 しかし、学年が上がるにつれて、周りから蔑まれるような視線を感じることが多くなっていった。


 そしてある日から、は起こった。


 朝学校に行くと、上履きがなくなっていた。靴箱を間違えたのかなと思ったが、その靴箱には間違いなく金城という文字が書かれていた。不思議に思ったが、詮索するようなことはせず、その日は来客用のスリッパで過ごした。


 次の日は、筆箱が無くなった。何も書くことが出来ずに困っていると、隣の席の男の子が鉛筆を貸してくれた。その男の子はクラスの人気者で、俺が見てきた中で一番のだった。


 その次の日は、俺の机が何故か教室の隅っこに寄せられていた。俺は机を戻し、席に座った。すると、あの男の子が心配そうに俺の顔を覗いた。


「大丈夫?」

「うん、大丈夫」


 男の子はそれを聞いて、ような仕草を見せた。


 その後も、同じようなことは毎日起こった。





 ある日の道徳の授業で、というものを教えられた。


 その日、初めてことを知った。


 そして俺は、あの男の子に相談した。


「いじめられていること、先生に相談した方が良いのかな」

「先生に相談してしまったら、いじめは更に悪化すると思うな。大丈夫!ほっといたら、いじめなんてその内無くなるって!」


 俺はその言葉を信じた。でも、一向にいじめが無くなることは無かった……












 ある日の放課後、俺は忘れ物を取りに教室へ行った。教室にはまだ人が残っているようで、何人かの話声が聞こえた。


「お前も酷いことするよな。が心配そうに声をかけるなんて」

「おいおい、いじめとか言うなよ。俺は皆にストレス発散の場所を上げてるだけさ。あいつはどうせ独りなんだし、あいつがいじめられて悲しむ奴なんか誰もいねーよ」

「うわ~えげつね~」


 俺は学校を出て、走り出していた。先ほど聞いた言葉が頭をよぎる。


(あの男の子が、俺のことをいじめていた?唯一、助けてくれる味方だと思っていたのに)


 思えばあの時も、が安心したように見えたのは、俺が壊れてしまったらいじめていたあいつが怒られるから。先生に相談しない方が良いと言ったのも、言われたらあいつが困るから。


 どうして気づかなかったんだろう。今までの俺なら、そんなこと直ぐに気づけたはずなのに……理由なら分かっている。あいつをしてしまったからだ。信用してしまったから、そんなことにも気づけなかった。


 やはり、信用なんて必要ない。俺が今まで独りで生きてきたのは正解だったのだ。


 その日から俺は、今までよりも更に孤独を求めるようになっていった。








 


 いじめのことを先生に報告すると、直ぐにクラス会という名のが始まった。


 あいつがやった。私は見てただけ。そんなこと知らなかった。口々にそう言うクラスメイトを見て、俺は反吐が出そうだった。


 俺からしたら、直接何かした奴も、見ていて何もしなかった奴も、知らないふりをしていた奴も、そんなの関係ない。


 のだから。


 結局、いじめの発端となったあいつが責任を負わされ、何処かの学校へ転校していった。


 それからは、何もなかったかのようにクラスメイトが俺に接してきた。あいつに言われてやったやら、○○君が怖くて助けてあげられなかったやら、いろんな言い訳をしていたが、俺は何を言われても無視し続けた。


 何日かして誰も話しかけてこなくなり、俺の毎日に平穏が戻った。







 ある日の帰り道、小さい女の子が泣いているのを見かけた。人と関わりたくないと言っても、困っている人は別だ。親の血筋なのか、俺は困っている人を見かけるとどうしても放っておけないのだ。


「どうしたの?」

「風船が……」

「風船?」


 女の子が指さす方を見ると、木の上に風船が引っ掛かっていた。俺は迷うことなく木に登り、その風船を取る。そして、女の子に渡してあげた。


「これからは気を付けなよ」

「うん!ありがとうお兄ちゃん!あ!のぞみちゃんだ!あのね、このお兄ちゃんが風船取ってくれたんだよ!」

「え?金城君?」


 のぞみちゃんと呼ばれる彼女は……確か同じクラスだったような。


(まあ、誰でも良いか。別に興味ないし)


「それじゃ」


 俺はその場を離れようと二人に背を向けた。


「待って!」

「何?」


 何故か呼び止められたので、俺は冷たい声で聴き返した。


「あの……私見ていることしか出来なくて。謝って許されることじゃないと思うんだけど……


 そう言って、彼女は深々と頭を下げた。


 正直、謝罪の言葉なんてどうでも良かった。でも、素直に謝られたのは初めてだったからそんなに悪い気はしなかった。


「別に良いよ。気にしてないし」


 その後、彼女が何かを口にすることは無かった。





















 無事小学校を卒業し、俺は中学校へと入学した。中学校でも孤独を貫こうと思っていた俺だったが、入学式で隣になった奴のせいでそれは叶わなかった。


 その隣の席になった奴というのが、今は親友の健斗だった。


 健斗はイケメンだったので、勝手に苦手意識を持っていたのだが、何日も一緒に過ごすうちに良い奴だということが分かっていった。とは言っても、小学生の時の例があるので完全に信用したわけでは無かった。


 ある日、教室で俺のことを話している健斗を見かけた。よぎる。


「いや、あいつマジでいい奴なんだって!」


 しかし、健斗が話していたのは俺の悪口なんかではなかった。その日から俺は、健斗のことを信用し始めた。


 相変わらず、健斗以外とは誰とも話さなかったが、健斗のおかげで初めて学校生活が楽しいと少し思えた。














 それから一年経ちクラス替えとなり、健斗とはクラスが離れた。クラスが離れても、健斗が俺のクラスに来てくれたりしていたので一年の時とそんなに変わることは無かった。


 新しいクラスとなった翌日、一人の転校生がやって来た。その転入生は都会からやって来たらしく、その上とても美しい風貌をしていたので、一気にクラスの注目の的となった。


 しかし彼女は、集まるクラスメイトを冷たくあしらい、独りでいることを好んだ。まるでを見ているようだった。


 その結果、転校してきて数日でクラスメイトの反感を買ってしまっていた。そして、クラス一のが冷たくあしらわれたことを引き金に、彼女へのが始まった。


 しかし、彼女は何をされても全く臆することなく、何も気にしていないようだった……と普通の人ならそう思うだろう。


 これはきっと経験がある俺にしか分からない。そう、俺には彼女の姿が、何も気にしてないふりをすると重なって見えたのだ。


 をする。外からはそう見えているかもしれないが、本人にとっては本当に辛いことなのだ。


 俺が彼女にできることはないだろうか。俺は必死に考えて、へと辿り着いた。


 独りでいるからターゲットにされるのでは……と。


 そこで俺は、思い切って彼女に声をかけてみた。


「俺は金城って言うんだけど、ここの問題教えてくれないか?」

「いきなり何なのかしら、気安く話しかけないでほしいのだけど」


 もちろん、冷たくあしらわれる。それでも俺は事あるごとに彼女へ声をかけに行った。


「ここ教えてくれ」

「いやよ」


「消しゴム貸してくれないか?」

「何故わざわざ席の遠い私のところに来るのか、理解できないのだけど」

「そんなの友達がいないからに決まってるだろ?」

「あら、それは可哀そうね」

「お前が言うな!」


 それに何故か、彼女と話す俺は自然体でいられる。似た者同士だからなのだろうか。


 俺が頻繁に話しかけているせいなのか、俺と彼女が付き合っているなどという変な噂が立ち、自然と彼女にちょっかいをかける奴はいなくなっていた。


「貴方と噂が立つなんて、こんなに不名誉なことは無いわね」

「こっちのセリフだ!」


 こんな会話をしているが、俺と彼女は特に何も気にしていなかった。健斗にお前彼女出来たのかと聞かれたが、そんな事実はないのでしっかりと訳を話しておいた。すると健斗は、お前人良すぎだろ。と感心していた。


 俺と彼女は同じクラスに友達がいないので、自然と会話をする回数が増えていった。


 そして回数を重ねるごとに、彼女はとんでもなく不器用で、人と話すことが苦手なだけなんじゃないかと思うようになった。



 








 これは、テスト期間中の図書室でのことだ。その日は、偶々彼女と同じ机しか空いてなかったので俺はそこに座った。


「お前、何でそんなに頭が良いんだ?」

「別に、普段からきちんと勉強をしているとこのくらい普通にできるわ」

「じゃあ、俺に勉強教えてくれよ」

「死んでもお断りね」


 勉強をしている彼女に俺は話しかけた。


 彼女は本当に頭が良い。成績は常に1位だ。俺はそんなに頭が良くなかったので、教えて貰おうと思ったのだがあっさり断られてしまった。


 断られたのに少し腹が立って、俺はついこんなことを口走っていた。


「じゃあ、俺は自分の力だけでお前を抜いてやるからな」

「それは私を抜いて1位になるということかしら」

「そうだ。覚悟しとけよ!お前が勉強教えてって頼んできても絶対教えてやんねーからな!」

「そう。楽しみにしておくわ」

「図書室では静かに」

「「ごめんなさい」」


 彼女は、本当に楽しみにしているかのような表情をしていた。


 そこから俺は、彼女に勝つため猛勉強を始めた。俺の成績はぐんぐん伸び、ついには彼女の一つ下の順位にまで辿り着いた。


 しかし、それでは彼女に勉強を教えられる立場になんてなれない。だから俺は更に勉強をしまくった。


 結局、中学生の間彼女に勝つことは出来ず、勝負は高校へと持ち越しになった。



 




















 


 

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