第11話 冷酷美女の優しさ

 朝目が覚めると、カーテンの隙間から差し込む光が俺の額を照らしていた。体調は…問題ないようだ。


 今日は、いつもより少し早い時間に起きたので余裕がある。制服に着替えようと、タンスに向かって歩き出したとき、ふと視線の端に机の上に置いてある写真が写った。


 その写真を見て、昨日のことを思い出す。


(昨日は最悪な一日だと思ってたけど、意外とそうでもなかったな。二人がお見舞いに来てくれて、木下は何でか先に帰ってしまったけれど……そうだ。木下にもお礼を言わなきゃいけないな)


 今日はいつもより少し早めに家を出た。


 登校中、俺は知った顔を見かけた。見かけたは良いが、俺はどうしようか迷う。


(あれ、多分神田さんだよな……話しかけた方が良いのか、でも迷惑かもしれないし。いや、俺は映画部の部長だ!部長が部員に話しかけるのは何も問題ないはず……)


 俺はいつもなら思わないことを思った。決して、この前健斗に「お前コミュニケーション能力なさすぎるよな」と言われたことを気にしているわけじゃない。


「か、神田さん!おはよう……」

「ふぇっ?き、金城君?お、おはよう……」


 神田さんは余程驚いたのか、変な声を出し、ずり落ちかけた眼鏡を両手でしっかりとかけ直した。


(え、何今の。なんか凄く可愛くなかった?)


 変な声を出してしまったことが恥ずかしいのか、頬を赤くしている神田さんに少しドキッとしながらも、俺は言葉を続けた。


「いつもこの時間?」

「う、うん」


 会話終了。駄目だ、何を話せば良いのかが全く分からない。話しかけることだけを目的にしていたので、その先のことを何も考えていなかった。


 やっぱり、健斗が言ってたことは正解だったのかもしれない。


 すると、神田さんがチラッとこちらを向いて昨日のことを聞いてきた。


「昨日。映画、楽しかった?」


 上目遣いで聞いてくる神田さんを、俺は直視することができない。ただ、神田さんの方から話題を振ってきてくれたのは助かったので、俺は昨日会ったことを全て話した。


 俺が風邪で行けなくなったことを話すと、そうだったんだ。と神田さんは何故かほっとしたような表情をしたが、二人がお見舞いに来てくれたことを話すと、「私もお見舞い行きたかった」と頬をぷくーっと膨らまし、むくれてしまった。え?神田さんってこんな表情するの?と内心かなり動揺してしまったが、直ぐに教室に着いたのでばれてはいないはずだ。


 教室の中を見て、やっぱりいつもより少ないなと思いながら俺は席に向かう。


「よう。木下」


 机に向かい、本を読んでいる彼女の横で、俺は立ち止まり声をかけた。


(よし、今度はうまく言えたぞ)


 予想していた通り返事はないようなので、俺がその場を動こうとすると、


「おはよう……金城君」

「お、おう。おはよう」


 返事が返ってくるとは思っていなかったので、俺は少し驚いた。


 驚いたのはどうやら俺だけではないようで、教室内が少しだけざわつき始めた。俺の挨拶に木下が返すとは誰も思っていなかったのだろう。周りからは


「え?なんであの陰キャに木下さんが?」

「おい、あれってそういうことなのか?」


 などと、いろんな言葉が聞こえてくる。


「その……昨日はありがとな」


 周りの視線なんか一切気にせずに、俺は昨日の礼を言った。木下も気にしていないようなので、会話を続けても問題はないだろう。


「別に、竹森さんに付いて行っただけなのだし、お礼を言われる筋合いはないわ」


 こちらを見ることもなく、木下が言う。木下ならそう言うだろうなと思っていた。


「まあ、それでも来てくれたわけだし。お礼は言っとくよ」

「そう。それで、体の方はもう大丈夫なのかしら」


 本から目線を外し、俺の方を横目で見る木下。どうやら、一応俺の体の心配はしてくれているようだ。今日は雨でも降るのだろうかと思ったが、口にはしなかった。


「ああ、元気も元気だ」

「そう」


 そこで会話は終了し、俺は木下の奥の席へ向かった。


 すると、机の上に「迷探偵ジナン」と書かれた、映画のチケットが置いてあった。


「誰がここに置いたんだ?」


 ふと隣を見ると、チラチラとこちらの様子を伺っている木下と目が合った。すると、木下は直ぐに本へと視線を移し、


「とても楽しみにしていたみたいだったから」

「え……やっぱ今日は雪でも降るのか?」


 俺は驚きのあまり、思っていたことをつい口に出してしまった。


(こいつほんとに木下か!?)


心の底から、そう疑った。


「何を言っているの?この時期に雪なんかが降るわけないでしょう。馬鹿なこと言わないでくれるかしら」


 しかし、帰ってきた言葉的にやっぱり本物っぽい。そして俺は、チケットを見てふと疑問に思った。


「これ、俺は誰と見に行くんだ?」

「一人に決まっているでしょう?」


 あ、本物だ。俺はこの一言で木下は正常であることを認識した。


(良かった。でも、木下がこんなものをくれるなんて……今日はやっぱ雪だな)


 終始、周りからの視線は痛かった(特に、初日に粉砕したイケメンは俺のことをすごい顔で睨みつけていた)が、そんなこと気にならないくらい先ほどの木下は変だった。まあ、木下なりに気を使ってくれたのだろう。


 そのことを俺は、素直に嬉しく感じた。


















 放課後。俺たちは、先生に言われた目標に向かってどうするか話し合っていた……と言っても、皆何をすれば良いのか分からないので、何か意見が出るということはない。


 俺は映画オタクと言っても見る専門だったので、撮る方の知識に関してはほぼゼロに等しかった。


 そんな中、発言したのは意外な人物だった。


「短編映画と言っても、私たちには難しいことをする技術はないのだし、普段の姿を撮影してそれを少し加工するだけでも良いんじゃないかしら」

「そうだな!青春ってのをテーマにすればそれで充分良いものが撮れるんじゃないか?」


 木下の提案に健斗が乗る。竹森さんと神田さんも特に異論はなさそうだ。俺も異論はなかったので、その方向で進めることに決め、今日は解散ということにした。


 帰り際、俺は木下に声をかけた。


「木下も、意外にちゃんと考えてくれてたんだな」

「私は思ったことを言っただけよ。それに、これが一番手間がかからないと思ったんだもの」


 口ではそう言っているが、おそらく映画部のことを思って考えてくれたのだろう。


 部室を出る彼女からはどこかが漂っていた。


 木下が部室から出たのを見て、健斗が近寄ってきた。そして、俺の耳元で囁く。


「あの三人で撮ったら間違いなく売れるだろうな。へっへっへ、金の匂いがするぜ」


 健斗が悪い顔をしている。しかし、健斗が言っていることは間違ってない。あの三人の日常ってだけで、かなりの人が興味を持つだろう。だからこそ、下手な失敗をすることは出来ない。


 失敗によって、あの三人の株を落としてしまうことになるかもしれないのだ。


 俺は、文化祭までに必ず良い物を撮ってみせると密かに気合を入れるのだった。



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