第2話 冷酷美女

 校長やら来賓やらの堅苦しくてただ長いだけの祝辞を、俺は強烈な睡魔と戦いながら聞き、入学式で寝るという醜態をさらすことなく無事に入学式を終えることができた。


 

 その後、新入生はそれぞれのホームルーム教室へと案内される。周りではすでに新しい友達を見つけるべく、前後、左右の人に話しかけるなどをして交流が行われている。


 もちろん、俺に話しかけてくるような奴は一人もいない。俺の周りには負のオーラのようなものが佇んでいるのであろう。俺自身、他人と関わろうとは全く思ってないので、何の問題もない。 


 唯一の友である健斗とクラスが離れてしまったため、一年間孤独と戦いながら過ごさなければならないのかと俺は移動中に少し肩を落としていた。とは言うものの、孤独には慣れているので、まあいっか!と思うのはいつものことである。

 



 ホームルーム教室にはすぐ到着した。新入生はぞろぞろと教室に入り、前の黒板に示された通りの席に着く。俺も流れに乗りながら、チラッと黒板を確認し自分の席に着いた。


 自慢じゃないが俺の視力は2.0なので、遠くからでも文字の小さい座席表が見えるのだ。俺の席は、窓際の列の一番後ろ。誰もが羨む特等席だった。


 俺が少し優越感を感じていると、このクラスの担任だと思われる先生が教室に入ってきた。教室内が少しざわつく。いくら俺でも、クラスがざわついた原因はわかる。


「一年間このクラスの担任をすることとなった、加藤亜衣かとうあいだ。よろしく頼む」


 凛とした声であいさつをする先生。そう、この先生が原因だ。理由はいたってシンプル、クラスのほとんどがこの先生の美貌に心打たれたからである。こんな美人が街中を歩いたら、すれ違った人全員が振り向いたとしてもおかしくはない。

 

 それほどの美人が担任なのだ。この教室にいるほとんどが、このクラスで良かったと心から思っているだろう。そんな中俺は、クラスメイトとは全く違うことを考えていた。


(……この先生、何故か初めて会った気がしないんだよな)

 

 ただ、なんとなく会ったことがあるような気がしているだけで、実際に会ったことがあると確信しているわけではない。なので今は何とも言えないのだが。

 

 少しの違和感を胸に前を向くと、丁度こちらを向いた先生とばっちり目が合った。すると先生は、にやりと笑いすぐに他の場所に視線を移した。


(え?何今の??なんかめっちゃ怖いんですけど!!)


 普通は美人の先生と目が合ったら嬉しいはずなのに、俺の心には何とも言えない恐怖が少し宿った。





 今日は入学式だったので、一時間のホームルームの後すぐに放課となった。しかし、クラスメイトは誰もこの教室を出ようとしない。


 この後カラオケに行こうやら、お前は何部に入るんだやら、まだまだ友達を作るための交流は終わる気配がない。


(もちろん俺は誰とも話してないけどね!!)

 

 俺はここで教室を出たら確実に目立ってしまうことを知っている。そのため、俺はすぐに家に帰るという選択肢をとることができない。かと言って、時間つぶしに何かするとしてもすることがない。なので俺はおもむろに窓の外を眺めた。


 


 少しの間そうやってぼーっとしていると、俺は普段受けることのない視線を感じた。普段からひっそりと生きている俺は、多数の視線を一斉に受けたことがない。


 驚いた俺は、窓の外を向いていた頭を教室内に向けた。そこでようやく、この視線は自分に向けられているものではないということに気づいた。

 

 その視線は俺ではなく、俺の隣の席に座っている人物に向けられたものだったのだ。

 

 これまで、先生に見惚れて前ばっか見ていた奴らは気づいてしまった。教室の一番後ろに座っている、あの綺麗な先生にも勝るといえそうな超絶美少女の存在に。


 少し平らなのがいたたまれないが、それすらも凌駕してしまうモデルのような完璧なスタイル。一つ一つの顔のパーツがそれぞれ主張しあいながらも、黄金比とも言えるバランスで見事に揃っており、肩甲骨あたりまで降ろされた綺麗な黒髪が、より一層彼女の可憐さを際立たせている。そんな美少女は、一瞬でクラスの注目の的となった。

 

 ちなみに俺は、彼女のことを知っている。同じ中学で木下楓きのしたかえでのことを知らない者はいないだろう。


 彼女が有名であった理由は二つある。一つは、実際に見たらわかる通りその風貌が理由だった。そしてもう一つは……




「楓さ~ん!連絡先交換しない??」


 クラスの視線が彼女に集まる中、一人の男子が彼女に近づいて行った。顔は中々イケメンで、その自信満々な表情から察するに、中学では相当ちやほやされてきたのだろう。その身には、溢れるほどの陽キャオーラが漂っている。断られるなんて言う考えは微塵も持っていないようだ。

 

 ちなみに、全く関係のない話だが、俺は健斗以外のイケメンは大嫌いだ。イケメンにはろくなやつがいない。外面だけを取り繕って、中身は本当にどうしようもない奴らばかりなのだ。俺のそれを物語っている。

 

 周りの男子には、あいつすげーな!みたいな雰囲気が流れ、周りの女子は羨望のまなざしを彼女に向けている。確かに、一般的な、ごく普通の女子高生ならこの雰囲気に流され、連絡先を交換してしまうだろう。もしかしたら、これをきっかけにその男のことが気になり始めてしまう……なんてこともあるのかもしれない。


 そう、彼女がごく一般的な、の女子高生だったならば…。




 彼女は、ニヤニヤしながら近寄ってくる男子に向かって、表情一つ変えることなく口を開いた。


「何故?初対面で大して仲良くもないあなたと、連絡先を交換するメリットが見当たらないのだけど。それなのに、わざわざ連絡先を交換する必要があるかしら?それに、いきなり最初から名前で呼ばれると、正直気持ち悪いわ」


 教室がシーンと静まり返る。誰もこの展開は予想していなかったのだろう。周りで見ていた全員が、驚きと困惑が入り混じった表情を浮かべている。


 

 そう、これが彼女を中学で有名人にさせたもう一つの理由なのだ。

 

 美しい風貌と、近寄りがたいその雰囲気。勇気を出して話しかけたとしても、容赦なく突き返される。その様から彼女は、と陰で呼ばれていた。


 

 彼女に話しかけた男子は一瞬何を言われたのか分からなかったようでぽかんとしていたが、少しして何を言われたのか理解すると、彼女をキッ!と睨み、覚えてろよと何やら捨て台詞を吐いて逃げるように教室を出て行った。


(可哀そうに。高校へ入学して一日目で黒歴史を作ってしまうなんて…イケメンざまあみろ!!)

 

 俺は少し愉快な気持ちになったがほかの皆は、どうやらそうではないらしく、何とも言えない雰囲気が教室内に漂ったまま、人がどんどんいなくなっていった。


 



 それから少し時間が経ち、教室に残っているのは俺一人だけとなっていた。別に誰かを待っているというわけではない。ただあの雰囲気の中教室を出るタイミングがなかっただけだ…。

 

 俺は帰る支度をしながらさっきの出来事を思い出す。思い出すだけでまたふっと笑いそうになる。


「ほんと、最初っからあいつも変わらねえよなぁ」


 誰もいない空っぽの教室に俺の声が響いた。


 

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