第20話 一つ屋根の下で急接近!?後編


「金城君、いる?」

「いるよ」

「……」


「金城君、いる?」

「いるよ」

「……」


 神田さんは不安なのだろう。こんなやり取りが数回続いたが、不思議と面倒くさいとは思わなかった。


 その後、しばらくの間俺と神田さんの間には沈黙が流れていた……神田さんの不安も少しづつ薄れていったように思う。このまま沈黙を保ち、神田さんが眠りにつくのを待とうと思った。


 しかし、その沈黙が長く続くことは無かった。


「金城君……もう寝た?」

「寝てないよ」


 すると、後ろからごそごそと物音がした。俺が振り返ると、何故か座ってこちらを向いている神田さんが居た。


「どうしたの?」

「寝れないから……お話したいなって」


 部屋の明かりはついてないので、今神田さんがどんな表情をしているのか見ることが出来ない。それでも俺は、声と雰囲気だけでまたドキッとしてしまっていた。


「良いけど……」

「ありがと」


 そう言って俺も座った。二人とも起き上がっていたのだが、なんとなく部屋の明かりは消したままにしておいた。


「話すって、何を話すの?」

「私、金城君の映画の話聞きたいな」


 話題がなくて困っていた俺は、まさか神田さんからそんなことを言ってくるなんて思ってもなく驚いた。それと同時に、神田さんが言ったある言葉に引っ掛かる。


?俺、神田さんに映画の話したことなんてあったっけな……)


 疑問に思ったが、俺は気にすることなく好きな映画の話を始めた。俺は映画の話をしだすと止まらないので、ノンストップで一時間ほど語りまくっていた。その間、神田さんは嫌な顔一つ向けることなく、とても楽しそうに話を聞いてくれていた。


 神田さんに映画の話をしている時間を少し感じたが、それが何故なのか俺には分からなかった。


「懐かしいなー、この感じ」


 俺が話し終えると、神田さんは上を向いてそう呟いた。神田さんのという言葉に、俺はまた引っかかった。


「懐かしい?」


 俺がそう聞いた途端、神田さんは真剣な表情になった気がした。


「金城君はさ、小学生の時のこと覚えてない?」

「小学生?」

「うん、小学六年生の時。ある女の子に色紙を渡しに行ったの」

「六年……色紙……」


 俺の頭にうっすらとあの頃の記憶が浮かび上がる。


「その日から毎日金城君は……いや、は私の家で映画のお話をしてくれたんだよ?」

「……!!」


……あれは確か……)



――和樹!今日は何の映画の話をしてくれるの!?――



 俺の脳裏にあの時の記憶が蘇る。


 一回家に行ってから、その後毎日会いに行った女の子。生まれて初めて、友達かもしれないと思った女の子。また話したいなとずっと思っていた女の子。


「あの希……か?」

「うんっ!そうだよ!あの希だよ!」


 神田さんの声が一気に明るくなる。


(神田さんがあの希だなんて……確かに名前はそうだけど。いくらなんでも印象が変わり過ぎだろ!)


 俺はそのことに戸惑いが隠せなかった。


「マジか……うわっ!」


ドサッ


「ちょっ!何して……」

「良かった……!もう忘れられてるだろうなって思ってた……」


 何を思ったのか神田さんが急に抱き着いてきた。そんなに俺が神田さんのことを思い出したのが嬉しかったのだろうか。


「ごめん……正直忘れてた」

「今思い出してくれたから、もうそれで良いの!」

「そうなんだ……」


 そんなことよりも、今の体制は色々まずい気がする。何がまずいかって、こんなに密着されたら……言わなくても分かりますよね。


「分かったけど……神田さん、ちょっと離れて欲しいな」

「え?あっ!ごめんなさい!私ったらつい!」


 無意識に抱き着いてきたのだろうか。神田さんは勢い良く俺の上から飛びのいた。神田さんの顔が真っ赤であることは実際に見えなくても分かる。ちなみに、俺の顔も真っ赤に染まっていると思う。





「私ね、和樹に救われたんだよ」


 しばらく時間が経ち、突然神田さんは話し始めた。


 神田さんの過去のこと、落ち込んでいる時に俺に出会ったこと、小学校を卒業して以来疎遠になってしまったこと、俺がいじめられるのを見ていることしか出来なかったこと、その時のことを強く公開していること、高校で俺を見つけて嬉しかったこと、神田さんは全てを話してくれた。俺がいじめられていた時のことを話すときは、泣きながら何度も何度もごめんなさいと俺に言っていた。


 話を聞き終えた俺は正直どう反応すれば良いかわからなかった。でも、神田さんがずっと俺のことを考えてくれていたことは素直に嬉しく感じた。実際、俺はもうあの時のことは気にしていないし、神田さんのことを憎んだりもしていない。むしろ、そこまで悩んでくれて感謝したいくらいだ。


 俺がそのことを神田さんに伝えると、神田さんはまた泣き出してしまった。


「ほんとに……良いの?私を……許してくれるの?」

「許すも何も最初から怒ってないんだから、神田さんが気にすることは何もないんだよ」

「ぐすっ……和樹は変わらないね」

「神田さんが変わり過ぎなんだよ」

「だって色々あったんだもん」


 そんなやり取りをしているうちに、気づけば神田さんの鼻をすする音は聞こえなくなっていた。


 いつの間にか時計の針は夜中の二時を指していたので、俺たちは寝ることにした。それぞれが横になり、布団をかぶる。先ほどのような沈黙が続いたが、俺は目を閉じなかった。何となく、神田さんもまだ起きている気がしたからだ。


「和樹」

「ん?」

「私、もっと和樹と話したい」

「うん……」

「和樹のこともっと知りたい」

「うん……」

「だから、私とあの時みたいに仲良くしてほしい」


 神田さんが寝返りを打つ音が聞こえる。


「駄目……かな」


 神田さんの甘えるような声。でも、俺はあの時とは違う。あの時のような純粋な心はもう持っていない。


「あの時の俺とは違うよ」

「和樹はずっと和樹だよ」


 それでも神田さんは、俺は変わってないと言ってくれた。


「何それ」

「まあ、駄目って言われても話しかけるけどね」

「俺に聞いた意味は……」


 こんなことを言っているけど、俺は神田さんと昔みたいに話したかった。あの時間は本当に楽しい時間だったから。


「後、話し方も前みたいなのが良いな。そっちの方がしっくりくる」

「どっちでも変わらないと思うけど」

「私はそっちの方がいーの」

「……わかったよ」


ドン


 ベッドから音……そして背中には何やら人の気配が。


(まさか……)


「神田さん……?」

「の・ぞ・みでしょ?」

「希……」

「なあに?」

「何故、俺の布団に?」

「私は変わるって決めたから……これはその第一歩」


 どう変わるのかが全く分からない。俺の布団に入ることで何かが変わるのだろうか。


 俺は、先ほどとは違って故意に密着してくる神田さんを何故か拒むことが出来なかった。


「変わるって……何を?」

「ひ・み・つ」


 そう言って希は俺の耳に顔を近づけ、囁いた。


「覚悟しててね……

「覚悟って……希?」

「……スー」

「マジかよ……」


 希はそのまま眠ってしまっていた。


(覚悟しといてねってどういうことだ?)


 結局俺はその日一睡も出来ずに朝を迎えるのだった。


















 翌日の朝、二人の携帯が同時に光る。画面には全く同じメッセージが……



件名 映画部の皆へ


 一週間後の花火大会。

 みんなで一緒に行きませんか。

         

          竹森美海


 


 




 



 

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