第12話 静稀さん、仕掛ける

 体育館の外に連れ出された感じになってしまったが、隣で息を整える静稀は不敵に微笑んでいる。笑顔を見せてくれているのはいいとしても、気になるのは時々出る彼女の闇を感じさせる発言だ。


 確かに体育の授業で俺以外の男子と一部の女子は、静稀の運動音痴ぶりを笑いまくっていた。しかし静稀の言葉を信じれば、その動きはあくまで人を見極める為だということらしい。


 静稀の体力が無いことはコンビニへの歩きで分かっていたのだが、運動音痴が演技だったとすると、この子は相当に危険な闇を抱えていそうなそんな予感さえ感じている。


「……輝くんはどっちだと思う?」

「どっちって?」

「私が鈍いか、鈍くないのか……だよ」


 運動音痴のことを聞いていると思われるが、それなら答えは一択だ。


「に、鈍くない」

「――本当に?」

「ほ、本当。きっとそうだと……思う」


 どういうつもりで聞いているのかすらよく分かっていない。少なくとも静稀に対して誤魔化しは絶対通用しないと確信出来る。下手に答えをはぐらかしてしまったら、師匠である静稀とは二度と会えない気がするからだ。


「うん、そっか。じゃあ、するね?」

「何を?」

「目をつぶってね? 輝くん」


 一体何をされるのか。しかし静稀の目つきが割と本気のようなので、ここは大人しく言うことを聞くことにする。


 俺は目をつぶったまま静稀からの攻撃に備えた。予想ではデコピン、もしくは背中を思いきり叩かれる――それ以外だと、ヘッドロックくらいしか思い浮かばない。


 もはやその程度の想像と予想しか出来ないものの、びくびくしながら彼女からの何らかの行動に備えるしか無かった。


 少しの間と沈黙が襲って来た。実はこの場に置き去りにされるという放置プレイも可能性が残されているが、それは非常に低い。静稀は何かしらの動きを見せる美少女だからだ。


 そして俺はその時を待った。


 すると静稀のひんやりとした腕が、俺の首にかかって来た感じを受けた。しかもそのまま俺に体を預けるようにしがみついて来たのだ。


 素直に目をつぶっているのもどうかと思ったが、俺と静稀の体は隙間が無いほど密着している感じがある。


 大人しく待っていたら、何か右の頬に柔らかい感触が触れたような感じを受けた。指にしては柔らかく、それでいてほんのり温かい。


「――ぬわぁっ!?」


 首は見事に技をかけられていて動かすことが出来ないが、目は開けられるので開けてみるとすぐ近くに、静稀の顔が迫っていた。


「んっ……」

「な、なななななな――!?」

「うん、今回は右だけで許してあげるね?」

「み、右だけって……右頬にしたそれって、つまり――」

「輝くんは、したことが……じゃなくて、されたことが無かったかな? その反応だときっとそうだよね。私の思った以上の反応で、実に面白くそれでいて嬉しくなったよ」


 どうやら右頬にキスをされたらしい。俺はすぐ近くに迫っていた静稀の顔に鼓動を激しくさせながら、抑えきれそうにない気持ちの昂りと胸の高鳴りを何とか収めるのが精いっぱいだった。


 本来なら唐突過ぎて疑問を持ちながら拒んだりしていたはずなのにそれが出来ず、訳の分からない気持ちを隠すために、かけられた技から逃げることも出来ずにいた。


 彼女の気持ちが気まぐれなのかは分からないが、時間の許す限りずっとして欲しかったなんてとてもじゃないが静稀には言えなかった。


 まさか頬に口を押し当てて来る――キスをして来るなんて、全く想像していなかったことだ。


「な、何で? 何でぼ……俺にそんなことを?」

「ふむ。輝くんは僕ではなくて、自分のことを俺と言うんだね。君はもしかしたら私が思うよりも、強く変わってくれる気がするよ。それを望んでいるんだけど、まだまだかな?」


 何を言っているのかさっぱり分からないが、静稀には理想があるようだ。それに何故こんな行動に出たのか、その説明も欲しいところだが――


「どうして、その……」

「輝くんは私が嫌いか?」


 これはもしや、出会った初日の言葉の質問なのでは。


 あの時は顔さえ見られればという気持ちと夕方遅くだと閉じ込められる危険があったからとっさに出た言葉だったが、今回のはどういう意味が込められているのだろうか。

 

「そんなことは無い……けど、えっと、静稀は俺のことを?」

「うん。嫌いならこの場にいないはずだよ。嫌いな男の子と同棲しようとは思わない。ふふっ、答えが欲しいのかな?」


 ゲームの中の師匠としての感情と尊敬が強かったからこそだとばかり思っていたのに、静稀から向けられている強い視線と何か分からないこの感情は、もしかしなくてもあの二文字なのか。


「もしかしなくても、俺のことが好き……ですか?」

「うーん、君はまだまだ私を恐れているのかな? どうして疑問を持つのかな。それに言葉遣いもまだ遠いなぁ……まだまだだね、うん」


 これは俺から聞いてはいけなかったやつではなかろうか。嫌いじゃないことは判明しているのに確実な答えを静稀の方から言わせるとなると、これは決して簡単なことじゃないような気がする。


「えっと、だから――。静稀は……」

「輝くんはまだまだなんだってことが分かったよ? だから君には、もっと別のやり方で極めることにするね? ――というわけだから、お互いの教室に戻ろうか」

「別のやり方……?」

「ほらほら、輝くん。体育はいいけど、授業はサボったら駄目なんだぞ? それとも一緒に行きたいのかな?」


 この静稀の変化はどういうことなんだ。何となく近くに感じられるように思えるが、何となく静稀から見て下に見られているような感じがする。


 キスをされたのに距離を遠ざけられたような、そんな態度に見えた。そうなるとあの答えは、どっちが正しくて正しくなかったのか。


「ひ、一人で行ける。静稀も、一人で行った方がいいと思う」 

「……よく出来ました! 輝くん、その調子で行ってくれたら私も頑張れるよ。またね、輝くん」

「ま、また」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る