第2話 伝説の美少女さん
店内に入ると、「いらっしゃいませ」ではなく「お疲れ様です」なんて言葉が聞こえて来る。
願わくば、その言葉に気付かれたくない。
何故なら関係者だからという思いが、あったりなかったり。
「輝くん。君はもしかして……」
「あーーっと! 俺、ここでマネーカードをいつも買ってるので、常連というか」
「ふふ、それは奇遇なことだな。私も実はそうなんだ。でも君のように歩いて通う程ではないよ」
ああ、しまったな。
別に隠すことでも無かったことなのに、まさか彼女がうちの店の常連だったとは。時々シフトに入るのに、俺がレジに立っている時には来ていないのだろうか。
客の顔をそこまで気にして見ていないことが原因だとしたら、改めないと駄目だ。
実家兼コンビニではあるものの、日中は親では無く従業員が担当している。夕方に時々シフトを入れているだけの俺では、彼女が来ていたとしても気付けなかったかもしれない。
「そ、そうなんだ。静稀はどれくら――」
いや、駄目だ。どれくらいつぎ込んだのかなんて、失礼にも程がある。
「君はマネーカードを?」
「そのつもりですよ。静稀は?」
「私は輝くんについて来たかっただけなのだよ。主導権は君にある」
師匠である静稀にこんなことを言われると、変な期待をしてしまいそうだ。
何せS級の美少女なのは間違いない。
中級プレイヤーな俺としても、まず上を目指さないと駄目だ。
「主導権って……でも、俺でいいんですか?」
「構わないよ。ああ、この際だから君に言っておこう」
「な、何を?」
もしかして怒ってしまったのだろうか。そもそも彼女にとって予想外の歩きだったはずだし、疲れさせてもいる。
今回限りで会わないと言われても、全然不思議じゃない。
――しかし彼女は、マネーカードが並ぶカードコーナーの前でカードでは無く、俺をジッと見ながら真剣な眼差しをしている。
「私は物に限らず、欲しくなったらとことん夢中になってしまう性格なんだ。それこそ、極めるまでにね。しかも飽きることが全く無い。輝くんはどうかな?」
これはガチャゲームのことを言っているのだろうか。そうだとしたら、俺もそうなのだと自信を持って言える。
でも極めるとなると、それこそマネーカードが思いきり関わって来るから、限界は絶対訪れてしまう。飽きるというのは諦めるというのも含まれるけど、どうなんだろうか。
「俺も同じです……じゃなくて、静稀と同じだよ。欲しいのは手に入れたいし、
嘘を言っても仕方が無いし、素直に返事をしておくのが無難だ。
「ふふ。君ならそう言ってくれると思っていた」
「ど、どうもです」
これは正解の答えだったか。気のせいでも無く、静稀の緊張した表情が解けている。
「……私はそろそろ失礼するよ。これからもよろしく頼む。それと、マネーカードに頼らずに腕を磨きたまえ! ではな、輝くん」
「えっ?」
本当に何も買わずに、静稀はあっさりと店を出て行ってしまった。
――ということは、マネーカードを買う買わないでは無く、本当について来ただけだったのか。
今日は買わずに謙虚に行動した方がいい気がして来た。
彼女が言った言葉の意味は、ガチャのことだったのかは分からない。でもあんな美少女が真剣な眼差しを向けて来るなんて、重く受け止めた方が良さそうだ。
「はぁ~……まいったな」
「輝、どうしたよ? 悩みか~? ガチャ以外なら相談に乗らないでもない」
師匠に出会えた余韻に浸ってしまい、昨日はゲームに入れなかった。
学校に来ても同じで、授業はもちろん体育中でも夢心地に陥っている。
幸いなことに成績も中くらい、運動神経も中程度の俺の異変に気付く奴はいない。いなかったのに、さすがに遊馬だけは声をかけて来た。
どういうわけかこいつは、妙な勘を働かせることがある。
それだけに、頼りになるというか何というべきか。
「遊馬はS級の美少女――いや、やっぱりいいや」
「言いかけといてやめるなっての! S級の美少女がどうかしたのか? ――というか、輝が"伝説"を気にし出すとか雨でも降らすつもりか?」
「……はっ? 伝説? 何だそれ」
予想はしていたけど、女子のことはほぼ網羅しているようだ。それよりも、おかしなことを言い出している。俺の耳が正常であれば、聞こえて来た単語はどう考えても伝説だった。
遊馬から見れば俺はガチャに夢中で、女子を見る時間が圧倒的に少ない。つまり、興味を持つことが無いとさえ思われている。
そんなことはもちろん無くて、ただそういう場面になることが無いというだけで興味くらい持ち合わせているし、女子だって話しやすい奴に近付くだけのことだ。
「オレがガチャゲームをやめたのも、伝説のあいつが関係してんだが……輝はまだ続けてんだろ?」
「やめるつもりないし」
「……だよな。隣のクラスに奴がいるのは知ってんだろ?」
「その伝説の人がか?」
スマホしか見てないから、隣クラスに誰がいるのかもよく分かっていない。話をしているのも、遊馬しかいないというのも問題だ。
「近野だよ。近野静稀。あいつがあのゲームでトップランカーとか、悪夢でしかねえよ!」
――な、何て言ったんだ。近野静稀って、まさか。
「静稀……隣のクラスの美少女?」
「それな。輝はランクどれくらいだ? ガチャが楽しくて見て無いとか言わないよな?」
「俺は中級プレイヤーだから、ランクなんて別に」
気にしてないなんてことは無いが、どっちかというと遊馬の言うようにガチャが楽しい。気にし出したら、その時点で楽しくなくなるし諦めてしまう。
そう言えば師匠である静稀のことは、あくまでも上級プレイヤーとだけしか見ていなかった。ランキングなんてものはほとんど気にしないし、見たことも無い。
遊馬の言い方だと、相当すごいということが分かる。
「……まぁ、輝みたいな遊び方ならいいんじゃね? 近野みたいに伝説残した奴とは関わらなくて済むしな!」
「だから、伝説って何だよ?」
「S級ってのは確かに見た目のこともあるけど、それだけじゃなくて……あぁ、くそっ! 思い出したくないから終わる!」
「――って、遊馬こそ言いかけておいてそれは無いだろ」
「ランキング気にしとけ。すぐに分かるぞ」
一体何なんだ。静稀がトップランカーで、伝説とか。
でも美少女というのは否定しなかったし、それは素直に嬉しくなる。
それに隣のクラスにいることが知れたのも、朗報なんじゃないだろうか。少なくとも俺がこのクラスにいることを知られている訳だし、俺からも会いに行ける。
――とはいえ、そんな度胸は俺には無い。ゲームの中では友達だけど、学校の中でもそうかと言われると、どうなんだろう。
そんなことを悶々と考えながら昼休みになるのを待っていると、教室の中が何やら騒がしい。
騒がしくしている奴の中に、遊馬も混じっている。
がやが次第に俺の方に近づいて来ていると思っていたら、急に静かになっていた。
そして聞こえて来たのは、静稀の透き通った声だった。
「窓の近くの遠崎くん。こちらへ来てくれないか?」
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