第3話 お師匠さんは食べさせたい
「う、嘘だろ――!?」
遊馬を筆頭にクラスの連中のほとんどが廊下側の席に集まっている。そんな中、窓側の席に座る俺に向けて、静稀からあえて名字呼びによる声がかかった。
名前で呼ぶのはもしかして、二人きりの時だけ――などといくら何でも期待しすぎだろう。
ちょうど昼休みに突入することもあってうちのクラスはもちろんのこと、廊下からも俺と静稀に注目が集まっている。俺が彼女と出会わなければ、こんな現象が起こることも無かった。
驚く俺の元に、彼女がゆっくりと近づいて来る。
放課後以外では、休み時間か昼休みくらいしか他の人間が入って来ないので静かなものだ。しかしいつもとは違う光景に、ザワザワとした"ガヤ"が収まりそうに無い。
「
「えーと……」
「私は君が思うほど強くないよ。だから出来れば、
これだけ注目を浴びて平然としていられるほど――という意味だろうか。かく言う俺も、こんな晒され方は耐えられそうにないので、首を動かした。
静稀の両手には、何やらずっしりとした重そうな風呂敷包みが見えている。大事そうに抱えているところを見るだけでも早くする必要がありそうだ。
ここは俺が先導して、彼女の行きたい所について行く――ということで間違いない。
「そ、それじゃあ、近野さん。行こうか」
「君について行くよ」
行き先が不明ではあるものの、まずは視線を浴びまくりの教室から出ることが最優先だ。
二年の教室は学食と同じ二階にある。便利な場所だったりする意味でも、学食に向かうのが一番最適だ。しかし後ろを歩く静稀からは、「上に向かいたまえ、輝くん」といった甘い声が聞こえて来た。
そういうことなら、その前にやることがある。
「近野さん、それは俺が持つよ」
「いい判断だ。遠崎くんは、私が思った通りの男の子だな」
「――って、重っ!」
三階に上がるとなると、当然のように階段を上がらなければならない。上の階に何があるかといえば、視聴覚室と図書室、生活指導室、それに三年生の教室などなど。
どこに向かうにしても手渡された風呂敷包みの重さを長い時間持ち歩くのは、正直言って厳しい。普段はスマホしか持たない俺にとって、中々の重労働だ。
コンビニでも重い荷物はあるが、これはそれらを上回っている。
「輝くん。突き当りにある扉を開けるから、そのまま進みたまえ」
「は、はひ」
名前呼びに変わった時点で、廊下ですれ違う人はいないことを意味しているらしい。だからといって、俺が彼女を静稀呼びする余裕は今の状態ではどこにも無いが。
「――さぁ、遠慮せず入りたまえ!」
「うっ……っしょ、ひ、ひぃ」
「すぐ目の前に長机がある。そこに置きたまえ」
「――っと、ふぅぅ……」
実は静稀の方が力があるのでは――などと思ってはいけないが、それにしたって重すぎた。予想するに、どう見ても相当数の料理が用意されている気がしてならない。
静稀が誘導して来た部屋は、入ったことも無ければ呼び出される予定の無い部屋だ。ここに呼び出されたら、間違いなく恐ろしい展開になる。
そんな俺の不安をかき消すように、静稀は奥に置いてある高級そうなソファに腰掛けた。
重箱を置いたところで息は整ったものの、俺はその場に立ったままでいる。部屋中を見回しながら、見慣れない額縁やらトロフィーの数々を眺めまくるしかなかった。
「輝くん。
「そっ、それはもちろん!」
入ったら駄目な部屋だと思うが、まさか静稀は入ったことがあるのだろうか。迷わずソファに腰掛ける辺り、慣れた感じにも見える。
「ふふ、心配いらないよ。今となっては使われていない部屋だ。ここなら、輝くんと存分に語れるし味わえるよ」
「味わ……え?」
もちろん変な意味では無く、重箱の中身のことに決まっている。俺よりも、静稀の方がわくわくした表情を見せていて見惚れそうになるが、当の本人は待ちかねたように風呂敷包みをほどいた。
そして予想通りの重箱が登場した。五段くらいはあるだろうか。
「輝くん。どうかな? どう見える?」
見たことが無い家紋が箱に見えているが、やっぱりいいとこのお嬢様なのだろうか。そのことを聞いているんじゃなくて、中身のことだ。
それにしたって、これは気安く呼び捨てしちゃ駄目なやつだ。やはり彼女には敬意を表して呼ぶことにする。
「とても豪華だなと。これってもしかして……静稀さんが?」
彼女のことはガチャゲームの師匠ということと、遊馬の言う伝説級のプレイヤーかつ、S級の美少女ということしか知らない。
現にここにたどり着くまでに、上級生からもかなりの注目を浴びまくった。そんな美少女がまさか手作りをなどと期待するのは失礼すぎるし、そんな関係でも無い。
あごに手を当てる静稀は、「どうかな、どうかな?」なんて可愛い仕草を見せているが、これはきっとお嬢様専属の調理師が作ったと考えるべきだろう。
「ふふ、輝くん。まずは一口食べてみたまえ」
「え、いいの?」
「好きなものがあれば、それからでも構わない」
「じゃ、じゃあ……」
和洋中といった色とりどりの料理が、所狭しと詰め込まれている。
重箱というだけでも食べきれない量なのに、出会った初日にコンビニに一緒に行っただけの俺にここまでしてくれるなんて、彼女は一体どういう気持ちがあるのだろうか。
しかも箸も特別製なのか、箸自体も光っている。静稀も眩しいし重箱も箸も眩しいなんて、自分の目がどうかしたのかもしれない。
俺が箸を持つのに戸惑いを見せていると、静稀は手の平を重ねて俺に何かを期待する眼差しを向けている。その仕草がとてつもなく可愛く見えるが、まずは落ち着くことにする。
――とはいえ、中々上手く箸を持つことが出来ずにいると、待ってましたと言わんばかりに手を差し伸べて来た。
「このまま君の口の中へ投入するとしよう。いいかな?」
「ど、どうぞ」
これはもしかしなくても、食べさせてもらう行為なのでは。この場合光る箸を持てなかった俺が良くなかったわけだが、それを見越していたのか静稀は嬉しそうに目を細めている。
「…………んっぐ。な、何だこの溶け方!? 確か鶏肉だったはずなのに」
口の中へ入ったのは、大好物である鶏肉だ。衣のサクサクを感じたと思ったら口の中はフワフワな柔らかさで、まるで溶けるようにあっという間に飲み込んでいた。
「そうだよ、輝くん。それは鶏むね肉なんだよ。どうかな? 感動したかな」
感動したとかそういう次元の話じゃなく、こんな料理を食べたことが無い俺にとって何て言ってどう答えればいいのか、語彙力の乏しさに頭を抱えてしまう。
「その、上手く言えないけど、これを作った人は最高の腕を持つ人だと思う。言葉に表せないというか、美味しいって言葉だけでは伝えられない気がして……」
俺が頭を抱えたことによって、静稀は悲しそうな表情を見せた。苦しまぎれでも何か言わなければ、絶対嫌われてしまう。
――そう思って出て来た言葉だったが、静稀は静まり返っている。
「輝……くん」
「は、はい」
「私は嬉しい、嬉しいよ!!」
「え、えええ!? し、静稀さん? な、何が?」
たった一口の、それも大好物の鶏肉を口にしただけなのに、静稀は涙を流している。
悲しそうな表情をさせた時点で涙がこぼれてしまったのかと思っていたのに、彼女が流す涙は悲しみから出た涙では無く、俺の言葉に感動して出た涙のようだ。
詩人でもないし、語彙力も乏しい俺の絞り出した言葉なのに何故こんなにも嬉しそうに泣いているのだろうか。
「輝くん、君と私ならきっと上手く行く。私はそう思えるんだ」
「――はい?」
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