第4話 二つの顔を持つS級美少女
「――そう思わないかい? 輝くん」
料理を食べた感じでは最高に美味しい部類に入ると思う。だが、俺に食レポのようなものを求めているとなれば、プレッシャーに負けてしまいそうだ。
涙を流すほど感動させた覚えは無いとはいえ、調理師では無く静稀のお手製だったのなら話は違ってくる。
「思える(とにかく肯定するに限る)かも。と、ところで、一応聞くけど料理は静稀さんの手作り……?」
「ふふ。君の為の料理なのに、他に誰が作るんだい?」
「だ、だよね」
とても食べきれそうにないが、食べないと部屋から出てはいけない雰囲気だ。
教室からここまでかかった時間を差し引いても、時間はまだまだある。
(覚悟を決めて頑張るしかないなこれは……)
最初の一口こそ食べさせてもらったものの、その後は一心不乱に食べまくった。
それくらい全ての料理が、すんなりと喉を通っていったからだ。
静稀の方を気にすると、彼女はあごに手を乗せながら俺に微笑み続けているだけで、彼女自身が何かを口にすることは無かった。
「ふふ、いい食べっぷりだったよ、輝くん」
げぷ――などと言えないので、無言で頷いた。
時間を見ると、もうすぐ昼休みが終わってしまうところだった。まさか食べることに丸々時間を使ってしまうとは思わなかった。
腹の膨れ具合的に歩くのはともかく階段を下りることを考えていなかったが、大丈夫だろうか。
「どうも……です」
苦しい状態のまま部屋を出て行こうとすると、静稀は軽くなった重箱の風呂敷包みを片手で持ち、もう片方の手で俺の背中に手を当てて来た。
「さぁ、輝くん。君を後ろから押してあげるよ! 力を入れずに前へ進みたまえ」
「お、押すって……」
「いいからいいから、私に寄りかかっても構わないよ」
もちろんそんなこと出来るはずも無く、ほんの少しだけ歩く力を抜いただけで、何とか二階に下りることが出来ただけである。
「静稀さん、ごちそうさまでした。じゃ、じゃあ……」
「ではな、輝くん。放課後にまた」
「――へ?」
戸惑う俺に対し、静稀は平然とした顔で自分のクラスでもある隣のクラスに戻って行った。彼女の表情は一体何を意味していたのだろうか。
注目を集めたのはともかくとしても、ひと気無い部屋で重箱の料理を食べただけに過ぎない。しかし師匠としての試練か何かだとしたら、常に気を緩められないことを意味する。
「輝! 廊下で突っ立ってどした? ――てか、近野に"命令"されてどっか行ったんじゃなかったのか?」
「時間ぎりだから、教室に戻って来ただけだぞ。……というか、命令じゃない」
「その辺詳しく、教室で聞くとしようか」
あれだけたっぷりと注目を集めていたから無理も無いが、どういうわけか遊馬は、静稀のことをやたらと敵視している気がする。
ランキングがどうとか言っていたけど、ガチャ関係で何かあったのだろうか。
「――って感じで」
「重箱ぉ? あの近野がか? 嘘だろ、信じらんねえ……」
予鈴まで5分くらい余裕がある中、遊馬が思いきり頭を抱えている。
遊馬が理由も無く女子のことを悪く言うはずが無いのだが、静稀が俺にしたことが信じられないといった感じで「輝に還元のつもりかよ、ちくしょう」などと、呟き出した。
俺がガチャゲームを始める前から遊馬は始めていたが、何かトラブってしまったのだろうか。もしそうだとしても、ゲームの中のことをリアルにまで持ってくるのはどうなんだ。
「え、何々? 遊馬が珍しく悩んでるじゃん?」
何て言葉をかけるべきか悩んでいると、遊馬の彼女が絡んで来る。
「……見ての通りなんで、戻してくれると助かるんだけど」
「んー? 名前誰だっけ?」
「
「ああ、
遊馬の奴、何を広めてくれてるんだろうか。
それにしてもよほどのことがあってそれがトラウマ抱えているのか、中々立ち直って来ない。
静稀が一体何をしたというのか。少なくとも隣のクラスにいる美少女であることは間違いじゃないし、素行が悪いなんてことも耳に入って来ていない。
俺の師匠だし、それにガチャゲームの中では手助けとか、やり方とか色々面倒を見てくれたいい人だった。ゲームの口調そのままだったけど違和感も無かったし、悪い人じゃないと思うのだが。
「……あー悪ぃな輝。トリップから戻った」
何かが引っかかる――そう思っていたら、彼女に頭を撫でられていた遊馬が復活していた。
「いいけど、彼女が言う例の俺って何?」
「あぁ、まぁ……近野に見初められた男って意味な。
「そんなんじゃな……」
「いーや、ある。輝はどうだか知らねえけど、重箱以前にあいつが人目を気にしないで教室に入って来るとか、考えられねえからな」
これまでの言動を思い返せば、それに近いことを言っていた気がする。しかしそのほとんどが意味不明だった。夕方の教室に現れてくれた彼女が、まさかその時点で俺を――なんて思い上がりもいいとこだ。
「遊馬は近野さんに直接関わったことが無いのか?」
「あるわけねー。関わりたくもねーよ! S級の美少女だとか、見た目で近づいたら
「それ、ゲームの中の話だろ? 現実と仮想を同じにするのは、どうかと思うけど……」
「おっ? ムキになるってことは惚れたか」
俺が静稀に惚れるとか、遊馬の奴は何を言い出しているのか。確かに本物の美少女だし輝いているし仕草も可愛いけど、中級の俺が彼女に惚れるとか恐れ多すぎる。
しかし、さっきまで一緒にいた生活指導室での空間は決して嫌じゃなかった。時間が許せば、その時間を出来るだけ長く共有したいとさえ思ってもいた。
重箱弁当を毎日持って来られたらそれはさすがに厳しくなるが、静稀に惚れたかどうかはまだ何とも言えない。
「そうじゃないけど、近野さんに関して確実なことだけでも教えて欲しいだけで」
「二つの顔を持つ美少女……これだ! オレは違う方に散々やられてんだよ」
「……ふ、二つの!? 何だそれ……」
ようやく聞き出せたと思ったら、午後の授業が始まる寸前だった。自分の席に戻ろうとする遊馬は、まるで捨てゼリフのように更なる謎の言葉を放っていた。
「輝。オレだけじゃなくて、ガチャゲーム続けてる奴に聞いとけ! そんでついでに、仲間作っとけ! マジで」
「――何だよそれ」
師匠であり友達でもある静稀のことを、分かったようで何も知らない。
ゲームの中のことを現実に持って来て夢を見るなと言った遊馬が、静稀のことを悪く言っている。あんなに可愛いのに、静稀が何だというのか。
出会ったばかりで疑いたくも無いし、まだまだ話し足りない。今はまだ他の奴にウワサを聞いて回るよりも、静稀と仲良くなることを優先しよう。
多分それが、俺にとって最高の展開になるはずだ。
きっと――
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