第5話 急速接近注意報?
昼休みに満腹になった腹は、午後の体育で強制的に消耗出来た。そうじゃなきゃ、多分午後の授業のほとんどを眠ってしまったはず。
それはいいとして、静稀が教室に来た辺りから、俺は急に目立つ存在になった。遊馬だけじゃなく、遊馬の彼女にも例の奴として広められたらしい。
元々俺のクラスでは、俺のことを気にする奴といえば遊馬だけだったが、それが一変した感じだ。
放課後になったら多分、近野静稀が来る――という妙な期待を抱いて、居残ろうとする奴が増えそうな雰囲気がある。
「仕方なくね?」
「広めたの、遊馬と彼女の利愛だろ……」
「オレたちのせいじゃねえし。まぁ、あれだ。仮想を別にしても、うちの学校であいつを知らない奴はいないしな。マジで仕方ない」
仮想の世界のことは置いといても、静稀は相当有名らしい。
彼女に出会うまでは、隣のクラスにいる女子のことはもちろん、誰かのことを気にすることが無かっただけに、急に慌ただしくなった気がする。
「うーん……どうすればいいと思う?」
「――って言われてもな。いや、何なら輝専用のアプリ作ってやるか?」
「何だそれ、アプリなんか作れるの?」
「オレの兄きがそういうの作ってるんだけど、頼んでみることは出来るぞ」
「俺専用って?」
資金力のある奴は違う。というより、遊馬に力があるだけか。
「近野静稀が輝に近付いて来たら、通知が届くアプリ」
「いらないし。作らなくていいから、放っておいてくれよ」
「そうか? 面白いと思うんだけどな~」
女子のことに関して別の頭脳が働くのか、変なことを考える奴だ。それにそんなアプリなんか無くても、静稀の方から自然と近づいて来る。
俺から近づくことが難しい以上、放課後になれば間違いなく近づいて来るはずだ。
そして放課後になった。
予想通り、昼のことがあったせいか、教室にはまだ人が残っている。
俺の方をちらちらと気にしているというよりは、廊下から入って来るであろう通路を気にしている感じだ。教室のドアは授業中は閉じられているが、昼と放課後は開放されている。
つまり、いつでも入り放題なだけに、隣のクラスからの来訪者が来るのがすぐに分かってしまう。
静稀は放課後に。などと言っていたが、こんな状況で堂々と入って来るのだろうか。
教室に居残っている誰もが廊下に視線を注いでいる中、スマホから通知振動が鳴った。
(まさか、静稀か?)
教室内の妙な気配に感づいたのかは分からないが、スマホの画面には"シズキ"の文字が見えている。
どうやらゲーム上のメッセージ機能を使ったらしい。
「テルくん。私は先に、コンビニで待つ。君も早く来たまえ」
あああ、その手で来たのか。
やはり昼に迎えに来た時に言っていた言葉は嘘じゃなかった。
静稀は人が言うほど、強くは無い――と自分で言っていたが、そういうことなのだと理解出来た。
こうなると居残っている連中を気にせずに、コンビニに急ぐだけだ。
幸いにして遊馬の姿はすでに無いし、何も気にする必要が無い。
(よし、またメッセージが来たらいつでも返せるようにしておこう)
気にする必要が無いということの一つに、コンビニの距離が関係している。静稀が腹を立てたように、歩いて行くにしても、決して気軽な距離では無いからだ。
実を言えば道路の反対方向にもコンビニがあるが、そこは道路を渡ればすぐなので、俺と静稀が行くコンビニならば見つかる心配は無かったりする。
教室を急いで出た俺は、走るのは得意じゃないので早歩きで向かった。
実家兼コンビニに近付くにつれ、この辺ではあまり見かけない車列が道路に並んでいる。駐車スペースがあまり無いとはいえ、誰かVIPでもいるのだろうか。
「輝くん! こっちだ。こっちに来たまえ」
店に近付くと、まるで隠れるようにして壁の角から静稀が声を上げながら手招きをして来た。
どんなに隠れても道行く近所の人が見ているくらい、彼女は相変わらず輝いている。
昼休みに持っていた風呂敷包みを手にしていないようだが、一度家に帰ったのだろうか。
それはともかく、声をかけないと。
「ま、待たせてごめん」
「いいさ。輝くんが近づいて来るのが、楽しみで仕方が無かったからね」
「え? それって、学校の方から?」
「……ふふ、まだ使いこなしていないのかな? アプリの機能のことだよ」
まさかと思うが、遊馬の言葉が現実になったのか。知らない間に、GPSでも付けられていたりして。
「スマホの?」
「ううん、君と私が楽しんでいるゲームのことだよ。ガチャゲームでありながらも、実は位置情報ゲームでもあるんだ。その様子じゃ、知らなかったかな?」
「――ということは、接近して来るのがまる見え?」
「それも少し違うかな。ゲームを起動している時だけしか見えないんだ。輝くんのことだから、起動したままで急いだんじゃないかなとね」
そういえば、早歩きの最中にメッセージが来てもいいように起動しっぱなしだった。
何から何までお見通しということか。
「本当だ、確かにそのままだったかも」
「輝くんが私に急速に接近して来るのが分かるなんて、最高だよ。そう思わないかい?」
「は、ははは……」
まさかの逆パターンだったとは。
そんなことまで知っているということは、やはり相当やり込んでいる。
「さて、輝くん。教室に行くのをやめて、ここに来てもらったのには理由があるんだ」
「な、何かな?」
「今から私と一緒に、来てもらいたい所があるんだ。いいかな?」
「静稀さんとってことなら、それは、はい」
気付けば、またしても敬語になっている。
アプリのことを聞いて恐れたわけでも無いが、何だか恐れ多い気がした。
「大したことじゃなく、君と二人きりで存分に楽しみたいだけなんだ」
「――へっ?」
もちろん変な意味じゃないのは分かっているけど、一瞬動揺してしまった。
気付かれてはいないだろうが、何だか気恥ずかしい。
直々に指導でもしてくれるつもりがあるということだとしたら、静稀の真の姿が分かるかもしれないし、これは行く選択肢しか無いだろう。
「……どうかな?」
「行きます。行くよ」
「ふふ、そう言ってくれると信じていたよ。輝くん。すでに迎えが来ているから、一緒に乗りたまえ」
「迎え? ――って、まさか……」
「君が思っていること、そのままだと思うよ」
おおよそ、この近所で見かけたことが無かったあの車列は、静稀の迎えの車だったようだ。
どうやら想像以上のお嬢様らしい。
「お、お手柔らかに……」
「うん。輝くんこそ、よろしく頼むよ」
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