第8話 お師匠さん、餌づけを開始する

「――さぁ、思いきり口を開けたまえ!」

「あー……」

「もっと大きく!」

「あああー! あ、顎が……」

「フフッ。いい子だな、輝くん」


 ――さかのぼること、数分前のことになる。


 俺の部屋を訪れて来た静稀は突然部屋に入って来た。そして彼女は何故か手土産かのように、両手いっぱいに大量のコンビニ弁当を携えていた。

 

 それこそ、学校の時の重箱など比では無い量と重さなのは間違いない。


 わざとかそうでないかは不明だが、どこかで見たことのあるコンビニで弁当を買って来ている。あまりにも見慣れている袋――つまり、俺の実家兼コンビニ袋。


「その大量のコンビニ弁当は……?」

「気付いたね。そう! 君がよく行くコンビニの袋だよ。ここの弁当が好きなのだろう?」

「ま、まぁ。でも弁当よりマネーカードの方を多く買ってるけど……」


 口ぶりから判断するに、静稀はあのコンビニが俺の実家でもあることを知らないようだ。

 あのコンビニが好きすぎて通っていると思ってくれているようなので、ここは黙っておこう。


「食べ慣れているのは確かだろう? それこそ私の重箱よりは」

「そっ――んなことは……」

「無いと言えない。そうだね、輝くん?」

「は、はい」

「とにかく、急いで口を開けたまえ」


 ――といった感じで、静稀の箸から運ばれて来る「あ~ん」攻撃を開始された。

 これ自体はとても嬉しいが、何でこんな行動に出たのか。


 帰宅部な俺にとって、週末は絶好のバイト日和。平日はあまりやらないものの、土曜日に関してはいつもより長く入れたりして稼げる曜日でもある。


 そんな日に彼女が来るだなんて、何か起こる予兆なのか。まさか夕方まで部屋にいてくれるわけじゃないと思うが、あの言葉同棲は本当に本気な話だった可能性がある。


「むぐ……いつもの味……です」

「そんなはずない! 私からの食べさせだぞ? 自分で食べるよりも、新鮮味を感じるのではないのか?」


(理屈がよく分からないけど、何か得体の知れない辞書でも読んできただろうか)


 それともこれが彼女なりに考えた"同棲"への近道になる――

 ――とすれば、これは間違いなく俺への餌付けだ。


 答えに気付くまで、毎週コンビニ弁当を食べさせられる羽目になる気がしてならない。


「美味しいけど食べ慣れてるわけだし、しょうがないかと」

「もしかして、箸で食べさせても嬉しくない?」

「あ、いや、そんなことは。何なら、スプーンとかフォークを駆使しても……」


 箸を使うとかそういうことじゃないのに、重要じゃないことに対して大げさに考えているように見える。その辺はやはりお嬢様っぽい思考を持っている感じか。


「それなら輝くん。口移しなら、味に変化が起きると思わないかい?」


 いきなり何を言い出すかと思えば、口移し――って言っただろうか。そんな深い関係でも無いのに、一体何を言い出しているのだろう。


「その可能性は高くもあるし低くも――じゃなくて! 今のは誤爆!!」


(俺は何を口走っているんだ。そんな言葉を誤爆するなんて、ネトゲでもありえない)


 静稀は俺の師匠でガチャ友達という関係であって、それ以外の関係でもない。学校でも隣のクラスの友達といっただけの関係で合っているはずだ。


 そんな俺が静稀に口移しをしてもらうとか、地獄に落ちそうな発言すぎる。

 

(訂正だ、今すぐ発言を訂正しなければならない)


「……ふむ、口移しが最有力候補か。輝くん、ありがとう。参考になったよ! ところで、どうして口を手で塞いでいるのかな?」


 最大限の防御態勢を取ったつもりで自分の口に手をかぶせていたが、変な感じに取られたようだ。もちろん静稀から勢いでやられたら、拒むつもりなんて無かった。


 しかしそれは、俺の妄想に過ぎなかったみたいだ。


「は、恥ずかしくなって、つい……」

「輝くんは純情少年なのだな。そういうところも嫌いじゃない」


 誤解は免れたが俺に対する静稀のイメージが、どんどんガキっぽくなっているのは気のせいだろうか。

 

 普段から女子よりもスマホしか見てないし、興味を示したことが無い俺だった。

 ――とはいえ、何だか態度的に舐められているように思える。


 俺の部屋に突撃訪問して来た失礼さもあることだし、ここは男らしさを見せつけておく。


「ち、違う! 俺は――」


 思わず勢いそのままに、静稀を押し倒す形になってしまった。しかし思いの外、自分の心臓がばくばくと鳴り響いていて、その音が静稀にバレそうだ。


「うん、君は?」


 しかし押し倒された側の静稀に、動揺は見られない。それどころか冷静に俺の目を見つめながら俺の答えを待っている。


「…………えっと」


 自分の部屋の中で女子を押し倒しているのに、動けない小動物と化した。次にどうすればいいのか分からなくなっているのは、素直に情けない。


「あーあ。やっぱり、君は経験値が足りないんだ?」

「……へ?」

「もちろん、ゲームのことじゃないよ? 恋の経験値のことだよ? 輝くんはやっぱりそうだと思ったんだ!」


 静稀の口調と態度が変化している。これはどういうことなのか。


「え、あれっ?」


 真下に見えている静稀からは、何とも不敵な笑みがこぼれている。まるで俺からの反応を楽しんでいるかのように。


「輝くんはまず、そこから始めようね?」

「……ど、どこから?」

「この後の予定は? このまま私に乗っかって来るか、寸前で体をひねるか。どっちでもいいよ?」

「…………」


 この子静稀って、もしかしなくても自分を作っていた――のか。

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