第7話 お師匠さんの突撃訪問

「どっ――、同棲……? な、何でそんなことに?」


 これも師匠としての甘えなのだろうか。

 それとも近野静稀ちかのしずきとしての甘え――とは、簡単には判断出来ない。


 それに静稀には、俺が一人暮らしをしているということも教えていない状態だ。

 もちろん実家だって知られてもいない。


「言葉そのものの意味だよ? 輝くん」

「い、いや、えーと、同棲っていうのは生活力が無いと駄目で、それに家族と同居してたら成り立たない――」

「生活力のことなら私が支えると誓うよ。家族ともし一緒に暮らしているのなら、私が輝くんのご家族を説得しよう。ふふ、そういうわけだから……目の前でガチャをしても構わないよ?」


 選択肢を間違った――か。


 師匠にガチャのことを聞くことが俺の甘えになり、そのことを教える代わりの甘えが同棲になる。

 普通なら喜ぶべきことのはず。

 それなのに、静稀のことをまだよく知らないことがこんなにも不安になるとは。


 そんな俺の不安を見透かすように、静稀は俺の目を真っ直ぐ見つめて来る。

 このまま吸い込まれるんじゃないかっていうくらい、静稀の瞳には俺しか見えていない。


 多分この雰囲気に流されてしまえば、行くところまで行きそうだ。

 そうなりたいと思うよりも先に、俺としてはどうしても攻略方法を知りたい。


 残念な展開が予想出来るが、ここは断ち切っておこう。

 

「そ……そう言えば、今って何時くらい?」

「あぁ、そうだね。輝くんさえ良ければいくらでもいてくれていい――そう思っていたけど、まだそういう訳には行かないみたいだ。輝くん、今日はここまでにしておこう」

「へっ?」

「君を送るよ。どの車に乗ろうか?」


 さっきまでの甘くなりそうな雰囲気はどこへ消えたのかというくらい、静稀の切り替えが早すぎる。


 師匠モードの時以外で、彼女のことを聞いてはいけないのか。

 知られたくないといった感じで、突き放された感じがする。




 ――っという間に、コンビニ前まで送ってもらえた。

 お嬢様指示によって、プロのドライバーが俺を規定速度以内で乗せてくれたからだ。


 最初から最後まで、静稀の趣味部屋と地下のガレージしか見えなかった。

 それでも静稀は帰り際、くすぐるように耳元で囁いて来た。


「輝くん。君の寝顔を静かに眺めていたい」

「え――」

「おやすみ、輝くん」


 あの言葉を聞いた限り、彼女の中では既に同棲計画が開始されているということのようだ。

 これからは彼女の囁きを想像しながら、悶々とした日になるのか。


 しばらくして部屋に戻ったところで、電気を点けて自分の部屋の中を何度も見回した。

 

(とてもじゃないが、S級のお嬢様をいさせられるような広さじゃないな、これは)


 ――とはいえ、気付けば目に見える所の掃除を開始していた。

 

 もっともここに女子なんてほとんど来ることが無いが。

 趣味部屋のようになるのは理想ではあるものの、出来ることからやるしかない。

 そうして時間をかけて片付けた後、気付いたら寝落ちしていた。


「輝くん! ここを開けたまえ! 私だ、静稀だ」

「んあっ……? ここを……って――!?」

「ほら、早く!」


 まさかと思うが、ここを突き止められたのか。

 扉の向こうから聞こえて来る声は、どう考えても静稀しか考えられない。


 ここのアパートは従業員向けということもあるとはいえ、住んでいるのは自分だけ。

 つまり扉の前で声を張り上げても、声が誰かに聞こえる心配は無い。


「ま、待って!!」

「私は君が裸でも構わないよ? どんな状況でも、支援出来るはずだからね」


 サラッと言われてしまったが、恐ろしいことにしかなり得ない発言だ。

 もっともさすがに裸で寝る自分でもないので、そこに焦りは無い。


 何かの予感があったわけでは無かったが、部屋を片付けておいて良かったというべきか。


「――ど、どうぞ」

「うん。上がらせてもらうよ」


 ガチャを交渉事にした時点で、静稀のタガのようなものが解放されたとは考えにくい。

 それくらい、甘えをフラグにしたにしてもあまりに突撃過ぎる行動だ。


 静稀は俺の部屋に上がると、右から左からといった具合に壁を思いきり眺めまくっていた。

 そのうち壁に穴を開けて来そうで不安になるが、さすがにそれは無いだろう。


「と、ところで、どうしてここが?」

「君のことなら全て把握しているからだよ、輝くん」

「は、把握!?」

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