第14話 お嬢様と理不尽な選択肢

 ベッドに横になっていた静稀がだるそうに上半身だけを起こす。ネグリジェを着ている静稀は、普段のイメージと比べても随分と可愛らしく見える。


 汗を拭いてと言われたものの、うっすらと汗が見えているのは首筋だけだ。


「輝くん、そこのタオルを使って拭いてね」

「そ、そうします」


 静稀は俺が拭きやすいようにする為か、うなだれるように深々と首を下げている。そして顔をシーツに付けて表情を隠してしまった。


 そうなると俺から見えているのは、静稀の細くて白い首すじだ。間近で見ると、何となくまだ子供っぽさを残した柔軟な体つき。


 決して病弱などでは無く、健康な体に表れているふっくらしたやわらかみのある華奢な女の子。


 そんな彼女の肌に触れていいものかどうか、正直言ってかなり悩む。そもそも同級生の女子にも触れたことが無い自分だ。おそれ多い気がして中々手が動かせない。


「どうしたのかな? 早く汗を拭いて欲しいのだけど」

「えーと……」

「もしかして心配しているのかな?」


 これはどっちの意味のことを言っているのだろうか。静稀の具合のこともあるだろうけど、そのことじゃないような気もする。


「――俺なんかでいいのかなって思って……」


 静稀は口元に手をやってクスッ、と笑いだした。


「大げさに考えなくてもいいことだよ? 君はタオルを使って、私の首すじをつたっている汗を拭き取るだけに過ぎない。こんなのは保健委員でもすることだよ」


 言われてみればその通りとしか言えない。


 そもそもこの状況が妙な緊張感を生み出している。そんな気がしてならない。二人きりというのもあるし、静稀の部屋にお邪魔しちゃっているというのもある。


 付き合っているでもない俺に、そこまで信用出来るものなのだろうか。


「じゃ、じゃあ……えっと……」

「それじゃあ、こうしようか?」

「えっ?」

「今から君には、選択肢を選んでもらうことにしようかな。そうすれば、君は迷うことが無くなると思うんだ」


 右手に持ったタオルが所在ないままずっと動かせずにいる。そんな俺をじっと見ながら、静稀は面白そうに笑い出した。具合が悪そうなのに、面白くなりそうな状況を作り出そうとしている。


「せ、選択肢? それって――」

「焦りは禁物だよ? それに難しいことにはならないから、そんなにびくつかなくてもいいよ」


 もしかしたらまた、「同棲しよ?」とか言われるのかと思っていただけに、緊張が半端ない。


「何を選べば……」

「二つのうちの一つを選ぶだけだからね。簡単だよ」

「う、うん」


 こうしている中、静稀のうなじからはうっすらと汗が見えている。それを拭いてあげるだけなのに、それすら出来ない俺にしびれを切らした感じだ。


「その一! 勇気を出して汗を拭く! そして既成事実にしちゃうこと!」

「…………っ!」

「その二! 私を抱っこして別室に運ぶ! そして既成事実にする!!」

「えっ、ちょっ――」

「さぁ、遠慮なく選びたまえ!」


 何を選んでも既成事実にするって、一体何を言っているのか全く意味が分からない。大体にして何の既成事実になるというのか。


 二つのうち選びやすい方は汗を拭くことだ。どう考えても汗を拭いたくらいでは何かを済ませた証にはなり得ない。しかし抱っこして運ぶとなると、誰かに見られてしまう。


 選ぶとしたらやはり、静稀の汗を拭く動きになる。抱っこはとてつもなく嫌な予感しかしない。


「汗を拭きます……ってことで」

「なぁ~んだ。つまんない! てっきりそうなのかと思っていたのに」

「どういう――」

「直接見えていなくても気付くものなんだよ? 君って、分かりやすいし」


 汗を拭こうとしたけど手が動かなかった。その動きのことを言っているのだろうか。そうだとしても、怪しい動きはしていないはず。


「な、何もしてないけど……何のことを?」

「首すじから全身に至るまで、じっくりと見てたでしょ? こういうのって、案外分かるものなんだよ。だからといって、別に私は忍びの者じゃないけどね」


 まさかどこかに隠しカメラでもあったのだろうか。静稀は確かに顔をシーツに付けて伏していた。それなのに、彼女の全身を眺めていたことが分かられているなんて。


「い、いや、その……そんなつもりは」

「うん。まぁ、ともかくさ。汗は拭いて欲しいなぁ。どのみち着替えることになるにしてもね」

「――! ご、ごめん! 今すぐやるから!!」

「はーい。期待してます」


 俺の勝手な緊張のせいで、静稀は汗で体を冷やしていた。よく分からない選択肢はともかく、具合が悪そうな彼女に何もしないのははっきり言って一番良くない。


 たとえ認めざるを得ない状況を作り出していたとしても、今やるべきは静稀の看病だ。既成事実についてはその後に考えればいい。


「……うん、手慣れた感じがするね。誰かにしたことあるのかな?」

「お、親になら」

「…………」

「ごめん。俺には妹とかいないし、こればかりは誤魔化しようが無いというか……」

「んん、君が優しい男の子だってこと、改めて理解していただけだよ。怒ってないし怒る気も無いよ」


 俺の言葉に押し黙っていたかと思えば、まさかの見直しが入っているとは意外だった。


「こ、こんなもので……」

「うん、輝くんは優しいね」

「いや、まぁ……」


 なるべく早く、それでいて強くしないように汗を拭いた。それだけなのに、安心したような表情を見せている。


「はぁっ、んーん。輝くん、やっぱり私を抱っこして運んで欲しいん――……」

「え、静稀? まさか具合が相当に悪く!?」

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