第15話 静稀さんのしもべで (完)
何やら静稀の様子がおかしい。いやにぐったりしているし、もしかしなくてもこれは相当に具合が悪いのでは? でもこんな状況なのに俺にはどうすればいいのか見当がつかない。
「責任をお取りになる覚悟がありますならば……」
そう思っていたら、どこからともなく年輩の男の人の声が聞こえた。しかも究極の選択肢のようなことを言われている気がする。責任と言われても正直困る状況なのに。
静稀はぐったりしていて返事も返せそうにないし、答えに迷っている暇は無い。
「か、覚悟ならとっくに……出来てますから!」
これは嘘偽りない言葉。ゲームの師匠であり、友達であり……何より愛おしい人。
それが静稀という本物のお嬢様と付き合っていくという覚悟だし、心の底からの意思の表れというか心の声だ。すぐそばで熱を出している彼女に何も出来ない状態とはいえ。
パチパチパチッ!
――いよっ! 男だねぇ。
――よく言ってくれた!
――これでもう何も心配いらないですなあ。
そんな俺の言葉に、どこからともなく舞台袖からのかけ声のような声と拍手が聞こえて来る。もしかしなくても今までの行動やら何やらを全部見られていたんじゃないよね。
そんな不安を解消してくれるように、バタンバタンとまるで忍者屋敷のようなからくりのごとく、部屋の壁が次々と奥の方に倒れだした。
そして、
「静稀お嬢様のことは何も心配要りませぬ。して、おぬしの名は……」
「あっ、えっと……遠崎輝……です」
「ふむ、輝……なるほど。画数からの相性とそれから――」
などなど、白髪交じりの恐らく執事らしき人にしきりに見つめられながら、俺のステータスをメモに取られている。
静稀の状態が心配なのに。彼女の方を見るどころかどこから出て来たんだというギャラリーの人たち。一斉に俺を見ている……というより品定めのような視線。
「あ、あの~? 静稀……さんは?」
俺の質問に見向きもせず、何やら慌てた様子で何かの計画を立てているようだ。これはもしかしなくても、お嬢様に見合う人間かどうかを査定されているのでは。
「よし。それでは輝とやら」
「はい……?」
「我が近野家一同は、輝を許そう。よって、これから先はお嬢様のご意思に一任する! こちらとしても、忠実かつ絶対的なしもべが現れるかを怪しんでいたのでな」
許すとか、しもべとか……静稀がいない所で一体何が決定したのだろう。そして何で古めかしい話し方をしているのか。忍者屋敷みたいだと思ってたら、末裔とかじゃないよな。
「え? 俺……僕はどうすれば?」
「急かすでない!! 直にお嬢様からおぬしに下される。それまで待て!」
「はぁまぁ……待ちますけど」
「それでは我が屋敷の離れは全て、おぬしに移す。そこで生涯に渡って尽くすがいいぞ。では撤収!」
いきなり現れて訳の分からないことをべらべらと言い放った。かと思えば、静稀との関係を認めるとかの話が進んでしまったような気がする。
そもそも静稀本人が熱を出した状態が気になるのに、彼女の居場所すらつかめなくなってしまった。どうすればいいんだ、これ。
撤収という号令がかかり、執事らしき人と隠れていた作業服の人たちが一斉に撤収作業を始めた。静稀の離れの隠れ部屋を片付け始めていて、どんどんと彼女の部屋から物が無くなっている。
そんな中にポツンと立ち尽くしている俺に対し、誰も声をかけてくれない。
「あのー! 俺はどうすれば? 帰っていいなら帰りますけどー?」
……返事が無い。
完全に存在を忘れられてしまったようだ。
ここからの帰り道はおぼろげに覚えてはいるものの、きちんと帰れるかどうか。それでもここに静稀がいない状態では出て行くしか無い。
そう思って外への扉に向かおうとすると、
「――!? ええっ? な、何ですか!? 何で目隠しを……!!」
いきなり不意打ちのように目隠しをされたうえ、口元にはかなり圧迫系のガーゼを付けられた。鼻で何とか息が出来るとはいえ、手足も何かに縛られてどうすることも出来ない。
そのまま担架のようなものに乗せられ、上下に揺られながらどこかに連れて行かれてしまった。病人は静稀の方なのに、俺をどこへ運ぶつもりなのか。
さすがに何も出来ないまま横にされてしまったので、後は寝るしか無いので解放されるまで眠ることにした。痛みは感じないので、それだけは良かった。
◇◇
「――で、ありまして。……あるとのこと。輝……ならば、全てをお許しになる……」
「……うん、ではな。後は私がやる」
視界が完全に閉ざされている中、目を覚ました。途切れ途切れで聞こえて来るのは静稀らしき声と、執事らしき男の声。全身が揺らされていないということは、どこかに到着したらしい。
しばらくそのままの状態を保っていると、口元のガーゼが取り除かれた。鼻だけで息が出来たとはいえ、そこそこ苦しかったのでとりあえず息を大きく吐いた。
そのまま口で大きく吸い込もうとすると、何か温かいものに口を塞がれた。おしぼりかと思っていたものの、どうやら湯豆腐みたいなぷるんぷるんとした感触。
「……んむむっ」
「…………ふむ、これで成立だな」
「ぜはーぜはー……成立?」
「あぁ、すまないね。目隠しを取るから、その目で確かめたまえ」
やはり静稀の声だった。他には声が聞こえて来ないが、どこかに運ばれて来たっぽい。静稀の手で目隠しを外されると、急に眩しい光が襲って来た。
どこか明かりの強い場所か、陽射しの強い外か。とりあえず自由を得られたようなので、少しずつ目を開けることにした。
――って、見慣れた壁が目の前に見えている? ということはここは――
「俺の部屋!? え、何で……? 目隠しされて縛られて、気付いたら自分の部屋ですか!?」
「うん、そうだよ」
「そうだよ……って、言われても。いや、その前に、体調は? 熱は?」
「輝くんのおかげさ。別に持病というわけでも無かったんだ。少し休めばご覧の通りさ! ふふ、心配したかな?」
あの時のぐったりさは演技には見えなかった。それにしたって回復が早すぎだろ。いくらお嬢様でも最速過ぎる。
ごらんの通りついでに、自分の部屋をじっくりと見回すと……社員寮の部屋のはずなのに、壁までの距離がとてつもなく遠い気がする。
元から置いてあった家具なんかに変化は無いとはいえ、何から何まで変わっているような……。
それはともかく、
「心配した! 静稀がこのまま目覚めなかったらどうすればいいのかと……」
「もう心配いらないよ。輝くん。君にはこの私がついているからね」
「へっ? というと?」
何時間か前まで弱り切っていた風には見えない静稀が、いつになく自信満々な態度を見せている。それも勝ち誇った態度で。
「誓いの口づけも済ませた。これで君は私の永遠のしもべさ! なに、この部屋……建物は近野が買い取った。輝くんは心置きなくカードゲームを楽しめるし、実家のコンビニにも通える」
実家のコンビニのこともすでに身バレしていたのか。
というより、建物を買い取った? しもべ……? いや、何より――
「口づけって、まさかさっきの温かい湯豆腐……キ、キスですか!?」
「別に初めてのことじゃないだろう? や、どうだったかな? とにかく安心したかな?」
「永遠のしもべ……というのは?」
しもべを望んだつもりは無かった気が。
しかし、
「君の部屋で私と同棲をする。私が君のそばを離れずに。そうなれば、四六時中離れることが無いことを意味するじゃないか。君は私のことを責任を持って面倒を見る……そう言った。だからだよ」
ああぁ、これはもう……そういう意味だ。静稀の闇の部分は、何もカードゲームだけじゃない。全てを手に入れると決めたら確実に手に入れるのが彼女なんだ。
そうなるとこっちも覚悟を決めて返事をするしかない。
「さぁ、輝くんの返事を聞かせてくれたまえ!」
「俺は師匠が、静稀が好きです。闇の部分も含めて何もかもが! だからずっと俺のそばで俺と一緒に――!」
「うん。成立だね。君が私に連絡をくれた時から、決まっていたこと、だよ。そしてこれからはずっと一緒にそばにいながら……君をトップランカーに育ててあげるよ! 大好きだよ、輝くん」
えぇ? 何かサラッと恐ろしいことを言い放たれたような。
静稀の別の顔を含めて、これからもずっと一緒に……愛おしい彼女と楽しんでいける……かも。
{おしまい}
隣のクラスのS級美少女がガチャをきっかけに「同棲しよ?」って求めて来るのが、愛おしい件 遥 かずら @hkz7
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます