おかしな宗教
「島が見えてきたぞ!」
帆をいっぱいに張った、木造船の上。甲板で望遠鏡を持った見張り役がそう叫んだ。
乗組員たちは、その声に引っ張り出されるように船室から甲板へ飛び出してくる。
「どれだ?まだ見えないぞ」
「いや、遠くに緑が見える。あれがそうだろう」
海の男たちが船首に集まり、目を凝らしている。船が前傾してしまいそうだ。やがて島がはっきり見えてくると、彼らは大歓声をあげた。
それを船の中央部から見ていた船長は、ほっと胸を撫で下ろす。この船は長いこと寄港しておらず、水や食料の残りが怪しくなっていたからだ。
(助かった。あの島に立ち寄って、水や食料を買い取ることにしよう。
そして、私たちの仕事も行わなければな)
船長は司令を出し、船を遠くに見える島へと進めていった。
それから数刻の後、船は島へと辿りついた。緊張の瞬間だ。島によっては、原住民たちが船を敵とみなし攻撃してくることもある。一部の乗組員たちは荒事に備え、武器を準備していた。
しかしその心配は杞憂だった。島内部の森から現れた原住民たちの手に武器はなく、客人を歓迎する様子だったからだ。船長はこの辺りの言語に詳しい通訳を、小舟を使って陸へと送り出した。
しばらくして、通訳が帰ってきた。
船長は尋ねる。
「どうだった?言葉は通じたか?」
「はい、少々訛ってはいましたが、聞き取ることができました。
彼らとの交渉の結果、絹織物や木綿と引き換えに、食料品と水を提供してもよいとのことです。また、数週間ほど滞在することも問題ないそうです」
「そうか、それはよかった!」
船長とそれを聞いていた乗組員たちは、安堵の笑みをこぼした。
それから物々交換が始まった。島の原住民たちはとても温厚な性格で、与えられた絹織物や木綿よりはるかに多くの水に食料品、そして酒を船に提供し、歓迎の宴も開いてくれた。乗組員たちは久しぶりに存分に飲み食いし、心から楽しんでいた。
その日の夜。停泊している船上に戻った乗組員たちは、貰った酒で改めて宴会をしていた。
宴の最中、通訳がふと話はじめる。
「ところで船長、先程島の人たちと話をしていて知ったのですが、この島にはおかしな宗教があるようです」
その言葉に船長は眉をしかめる。
「おかしな宗教?一体どんなものだ?」
「聞くところによると、はるか未来から現世に降臨する神を崇める宗教だそうです」
「それは確かにおかしな宗教だな……我々が信ずる教えとは異なるものを信じる人々がいるとは聞くが、そんなものは初耳だ」
「その宗教の内容を聞いてみたんですが、衝撃の内容でしてね……
神から伝えられた戒律の1つとして、食事前に必ず手を流水で洗い流さなくてはならないという掟があるそうです」
それを聞いていた乗組員たちは、一瞬の静寂のあと、堪えきれずに爆笑してしまった。
「ハハハ、マジかよ!そんなの聞いたことないぜ!」
「流石にありえねえよ!ずいぶん面白いジョークを言うようになったもんだな!」
あまりの滑稽さに、乗組員たちの笑いは止まることがない。
通訳はなおも続ける。
「それだけではありません。
同じく食事前には水を口に含んでから吐き出さなくてはいけないだとか、傷を負ったらそこに酒をかけなくてはならないだとか、意味の分からない戒律が多くあるそうです」
通訳の頓珍漢な発言に、乗組員の笑い声はさらに大きくなっていった。
「そこまでにしろ」
突如として、船長が厳正な声色で言い放つ。その声に、笑い声は一転して水を打ったように静まり返った。
「彼らは何も悪くない。ただ正しい教えを知らないだけだ。それを馬鹿にして何になる?」
乗組員たちはみな神妙な顔つきになる。自分たちの発言が愚かだったことに思い至ったようだ。
船長は周囲の顔を見渡し、宣言するように言う。
「皆、肝に銘じろよ。
我らはこの島の間違った戒律を廃し、正しい教義と戒律を広めていかなくてはならない。それこそが、我らに課せられた使命だからだ」
乗組員たちは、決意を固めた顔で頷いた。
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