旅路

 チャイムが鳴った。

 窓際の席に座る僕は、なんとなく外を見る。丸い窓の外には、いつも通りのなんてことない街の風景、そしてその奥に無機質な壁が見えた。


「よし、今日は前回の続きで、2050年以降の地球の歴史についてだ。教科書の380ページを開いてくれ」


 教壇に立つ先生はそう言って、授業を始めた。


「ここからの話は、君たちに直接関係してくるから、よく聞いておいてほしい。

地球では2050年以降、戦争がほぼなくなった。そして、宇宙開発がどんどん盛んになっていったんだ。この理由は、人間がどんどん増えて、生存可能な場所を増やす必要があったからだ」


 先生はそう言って、正面のスクリーンに『2050年~ 宇宙開発の時代』と打ち込んだ。そして授業を続ける。


「まずは地球の衛星『月』や、地球の近くにある惑星『火星』を開発した。しかし、どちらも人間が住むことに適していなかったんだ。そこで、地球と温度・重力・大気成分が似たような星を選んで開発することにした。でも問題があって、そういった星は地球の近くにはなく、一番近い星でも行くのに300年はかかってしまうんだ」


 先生はスクリーンに打ち込みながら、話を続けていく。


「そこで、とても巨大な、中で人が暮らせる宇宙船を作って、何世代もかけて目的の星へ行くことにしたんだ。私たちがいるここも、この時代に打ち上げられた巨大な船の一つというわけだ。まあ、ここまではみんな知っているよね

話がそれるけど、私は君たちに誇りを持ってもらいたいと思っている。実感があまりないかもしれないけど、私たちは星を開発する第一陣だからね。目的地であるX星に到着するまで、必要な知識と技術を受け継いでいくことは、僕たちにしかできない使命なんだ」


 先生は真面目な顔をして力説している。先生は熱血でみんなから慕われているらしいが、僕にはまったく理解できない。


「本題に戻ろう。最初に打ち上げられた宇宙船は、2058年にA星に向けて…」


 だんだんと睡魔に襲われて、先生の声が遠くなっていった。僕はそれに抗おうとは思えなかった。




 放課後。

 この船の居住区域は、縦横2㎞くらいの狭い街だ。唯一の学校はその中心部にあり、学生はもれなく全員徒歩で通学できる。というか、この街で乗り物を使う人はあまりいない。

 僕は家が近い友人と下校していた。狭い区域を最大限活用するために立体パズルのように隙間なく並んだ建物を横目に歩く。街の天井に取り付けられた人口太陽からの光が眩しく、つい溜息が漏れてしまう。


「どうかしたか?」


 友人が聞いてくる。


「いや…

ちょっと、地球に行ってみたいなって思ってさ」


「またそれか。ここまで150年くらいかかったわけだし、無理だって。ネットに写真とか動画いっぱいあるから、それでいいっしょ」


「まあ、そうだよね…」


 確かに彼の言葉は正しい。けれど、僕は納得できなかった。


「今から行くのは無理なんだけどさ。この街から一生出れないことを考えると、地球に生まれたかったなってちょっと思うよ」


「確かにそれあるなあ。旅してみたい。女の子と一緒にバイクに乗って砂漠を横断とかやってみてえな」


「やけに具体的だね」


「昨日そういう映画を見たからだな」


 彼はそういって笑った。


「まあでも、この街も悪くないと思うぜ。地球で暮らすよりいい暮らしって聞くし。地球じゃ映画館とかカラオケとかタダじゃないんだろ?」


 彼は言う。確かにそうだ。狭い船で生きていくために、街の人は娯楽施設を無料で使うことができる。最低限の金銭と食料は支給されるから、働かなくたって生きていける。開拓船の特権だ。

 それでも…




 帰宅後、さっきの会話を思い返した僕は、久しぶりに1冊の本を読みたくなった。棚の奥から取り出したそれは、地球を舞台とした旅行記だ。読み進めていくうちに、内容をだんだんと思い出してきた。


 主人公は船や車を乗り継いで、広い世界を旅している。壁も天井もない青空、山渓、大海原、描かれているすべてが僕にとっての憧れだ。

 そしてそれ以上に僕が惹かれるのは、人々の生き方。主人公や仲間たちはみんな迷いながら、それぞれの目的を見つけて自由に生きている。


 それに比べて僕らはどうか。この狭い街が世界のすべてで、僕らが生きる目的は子孫を残すことだけ。僕が生きているうちに星に到達できるならまだいいが、あと150年ほどはかかるらしい。

 いっそ、本当に地球に戻ってやろうか。そう思っても、この船の管理側になるには厳しい試験を突破しなくてはならず、なったとして搭載された人工知能が進路変更を阻止するだろう。そもそも、今から地球に戻ったって、辿り着くのはやはり僕が死んでからになる。僕は宇宙の海を流れながら、次代のためだけに生きることしか許されていないのだ


 地球に生まれたかった。

 この船で知識や技術を受け継ぐためだけに生きていくなんて、嫌だ。

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