令和のショートショート

葉桜

午前の恐竜

 とある日の午前、男は長蛇の列に並んでいた。

この列に並んでいるのは、新しくオープンする恐竜園、その初開園を待つ人々だ。遺伝子操作の技術が発達した今日、人間は恐竜の化石やその周囲に残ったもの、または琥珀に閉じ込められた虫の体内に残った恐竜の血などから、恐竜を再現することができるようになった。

その技術の粋を集めた、生きた恐竜を展示する恐竜園がオープンするのだ。昔あった恐竜映画を思い出させるような出来事であり、人々は期待を膨らませて、今日この場所に集まってきた。

男は腕の時計に目線を落とす。そろそろ開園じゃないか?並ぶ人々がそわそわとする中、アナウンスが流れた。


「ただいまから、世界初の恐竜園、N恐竜園を開園いたします。入口の機械にチケットをかざし、中にお入りください」


 どっと歓声が上がり、列がぞろぞろと園内に入っていく。男も買っておいた電子チケットをタブレットに表示し、ゲートを通過した。そのまま人並みにしたがって歩いていくと、やがて見えてきた。トリケラトプスだ。象より一回りも二回りも大きい体に、3本の角が生えた盾のような頭。それが香箱座りをして、草を食べている。その非現実的な光景を、男はしばらく見ていた。




 満足した男は、その後も園内を散策する。しかし、男は始めのころは感激していたものの、だんだんとその感情は薄くなっていった。

その理由の1つは、多くの恐竜に毛が生えていることだ。しかもその毛は色とりどりであり、はっきり言って見た目が良くなかった。毛が生えていなくても、鱗ではなくなめらかな皮をまとった種類もいて、それも不格好さに拍車をかけていた。

ただ、それだけならまだよかった。毛をまとう恐竜もいるということは、男も聞いたことがある。何より問題なのは、恐竜たちがほとんど動かないことだ。どれも食事どき以外は地面にうずくまったり寝そべったりしている。これでは見ていてなんの面白みもない。


 男と同じような感想を抱いたのだろう。近くにいた客の一人が、解説員に質問を投げかけていた。


「なんで、恐竜に毛が生えているんですか?」


「恐竜というとみなさん爬虫類のような見た目をイメージしますが、実際は鳥に近い仲間なんですね。なので彼らは毛皮を持っているんです」


「では、なんで恐竜があまり動いてないんですか?」 


「恐竜たちの体はとても大きいですよね。あの巨体を動かすためには、大量のエネルギーが必要です。なので、普段はエネルギーを使わないようにあまり動いていなかったのではと考えられています」


 その解説を近くで聞いていた男は、なんだか納得できなかった。理屈は分かるが、言い訳のようにしか聞こえなかったのだ。




 男は展示を一通り見て回り、最後にティラノサウルスの檻へとやってきた。しかしティラノサウルスでさえも、体は羽毛で覆われており、檻の端で座っていた。周りの見物客を見ると、皆がっかりしたような表情をしている。男もひどく落胆し、もう帰ることにした。


 まったくの期待外れだった。男はその失望を抑えきれず、帰りの電車内でSNSに恨み言を書き込んだ。恐竜園について調べてみると


「客を楽しませるつもりが全く感じられなかった。金を返してほしい」


「恐竜がほとんど動いていなかった。見た目も気持ち悪いのが多かったし、恐竜をちゃんと再現できていないのでは?」


 というような書き込みが並んでいる。そういうものだから仕方ないだろうという書き込みもあったが、その声はかき消されていった。


 それから、恐竜園の客足は徐々に途絶えていった。開園してしばらくは客が入ったが、動かない恐竜なんて1度見ればもう十分だ。園側がよい対応を打てなかったこともあり、恐竜園は次第に人々に忘れられていった。




 10年後。

いつの間にか閉鎖していた恐竜園が、リニューアルオープンしたらしい。ネット広告には、「さらに正確に恐竜を再現した、全く新しい恐竜園!」という文字が並んでいる。以前の恐竜園を知っている男は行くつもりがなかったが、インターネット上の反応は意外にも良い。もう一度見てみるかと、男はこの10年でできた妻と息子を連れて行くことにした。


 恐竜園に入ると、そこはまるで別世界だった。恐竜は鱗がついた恐ろしく勇ましい姿で、力強く檻の中を動き回っている。草食恐竜と飼育員のショーなども開催されており、客は心から楽しんでいた。男も久しぶりに童心に帰り、家族と話しながら見て回った。


 男が特に強く惹かれたのは、園の中央に新しくできたティラノサウルス展示場だ。そこは縦横数百メートルほどある巨大な広場で、客は上に架けられている橋から見下ろして見物することができる。橋の上からは、唸り声をあげながらどしどしと歩き回る、イメージどおりのティラノサウルスの雄姿をしっかり見ることができた。その地響きが、橋まで伝わってくるようだった。


 となりで見物する息子が男に言う。


「パパ、恐竜ってほんとにすごいね。こんなのがいたなんて、信じられないや」


 男は答える。


「そうだろう、すごいよなあ。こんなのが野生でいたなんて、確かに信じられないな」

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