すべての匣庭が開くとき、最後に残る願いとは

誰かの幸福を願うとはどういうことなのでしょう。

そんなことを考えさせられる作品です。

たとえば、「あなたのため」と押し付けられる願いはどうでしょう。押し付けられた当人が後々になって「確かに自分のためになった」と認め感謝することはあるかもしれません。しかし、それは結果論とも言えます。そうならない可能性も十分に存在するのです。

では、相手の願いを無条件に叶えるのはどうでしょう。願いを叶えたその瞬間は幸福であるかもしれません。しかし、時の流れや状況の変化に侵されない永遠不変の願いがあるでしょうか。また、言葉にされた願いが本当に心からの願いであると保証できるでしょうか。後から悔やまないと言えるでしょうか。

かように、一筋縄ではいかないのが人の心です。

本作には人間の願いを叶える超常の存在《黄龍》が登場しますが、早々にその限界も示されます。彼は人間という大いなる矛盾を前に挫折します。願いを叶えるその力が、しかし、必ずしも人を幸福にはしないことを悟ります。

《匣庭》はその不完全性を補うようにして求められ、人間を単純化し、矛盾を取り除くことで主の願いを永久に叶え続けます。

しかし、それは言ってしまえば停止した世界です。本作の主人公、シロと一《にのまえ》蓮安《りあん》はそんな《匣庭》を破壊するべく行動を共にすることになります。

その過程で二人が対峙するのは、あらゆる虚飾です。

《匣庭》という作り物の世界は言うに及ばず、真名を隠す妖魔、そして、心の奥底にある真の願いを差し置いて言葉にされる《願い》。

虚飾を剥ぎ取り、真実を掴みとる――その過程がときにバトルを、ときにトリッキーな仕掛けを交えながら描かれます。

誰かの幸福を願うとはどういうことなのか。

その答えもまた、すべての虚飾が取り払われた先にあります。

それが具体的にどのようなものかはぜひ本編でお確かめください。

虚飾と華燭の魔都《深灰》――その怪しい雰囲気と巧みな構成に心地よく幻惑されること請け合いです。

その他のおすすめレビュー

戸松秋茄子さんの他のおすすめレビュー357