罪深き愉しみとしてのミステリー

ミステリーとはそもそもが罪深き愉しみだと思います。
人の死をパズルのように弄び、読者の知的好奇心を満足せしめることを目的としたジャンルなのですから。

そうであればこそ、書き手の良識が試されるジャンルでもあります。
倫理的に正しいことしか書いてはいけない、ということではなく、エンターテインメントとして読者を不快にさせない配慮があるべきということです(もちろん、誰も不快にさせない作品はあり得ませんが)。

人間の暗部を描きつつそれを反面教師とし、探偵の「説教」で帳尻を合わせるのもひとつのスタンスでしょう。
また、そもそも殺人を扱わない。いわゆる「日常の謎」に終始させる――というのもひとつのスタンスです。

しかし、この作品は第三のスタンスで書かれています。それは、どういうものか。
端的に言えば「ブラックコメディ」ということになります。
作中で行われる不道徳、犯罪行為を黒い笑いに包んで描いているのです。

ミステリーにはたしかにそういう伝統もあり、いわゆる「バカミス」と呼ばれる作品はしばしばそういう不謹慎な笑いを伴います。
露悪的なまでの人間の悪性の強調、デフォルメ、それがもたらす笑い。
また、「ミステリーとはこういうものなんだよ」という自虐の笑いでもあるでしょう。

フィクションとはいえ、人の死をネタにして愉しんでしまえる不謹慎さ。
それもまた人間の一面であり、無視できない一面でしょう。
そうした一面を認め、取り繕わない潔さがこの手の作品の魅力だと思いますし、それはそれで良識的なスタンスだと思うのです。

この作品では、探偵役にあたる人物が私欲にまみれた行動をとります。謎は余さず解決されても、裁かれるべき罪は裁かれず、いわゆる「詩的正義」は最初から放棄されています。
しかし――これは個人的な感想ですが、書かれている内容がどれだけ不道徳でも笑って受け止められ、最後まで気持ちよく読み終えることができました。
それは、作者さんの視点にまっとうな良識が備わっているからだと思います。

不道徳さを愉しむとともに、そうした自分を省みてまた愉しむ。
良識も不道徳さも併せ持っていればこその、いわば大人の愉しみがこの作品にはあります。
罪深くも、知的で高級な愉しみです。

さあ、これ以上の御託は必要ないでしょう。
殺人を巡る奇怪な状況と謎解き、そして黒い笑いをお愉しみください。

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