全員犯人殺人事件
本庄 照
プロローグ:殺人未遂
殺人の決定的瞬間を見られた。
いや、実際に殺した瞬間でこそなかったが、死体の横で証拠隠滅しているところを見られては、犯人だと自己紹介しているも同然だった。
「……いらっしゃいませ」
部屋の扉を開けた男と目が合って、俺は困り果ててそう言った。相手は
「助けてくれませんか。腰がやられちゃって……。言いたいことは色々あるでしょうけど、ここはとりあえず……」
俺はこれより下がらない頭を必死に絨毯に押し付けて、書斎の入り口にある段ボールを指さした。ありえない重さの段ボールだった。数時間前に、館の主人である八木吉信を殺すために部屋に入った時には無かったのに、証拠隠滅をするときになって急に現れた。
雑にどけると段ボールの中身に差し障り、中身の持ち主に疑われてしまうかもしれないという懸念から、俺は丁寧に段ボールを動かすしかなかった。結果、死体の隣で俺の腰が死んだ。
事情を察したらしい槇は、結局黙って扉を閉めた。
「あ、ちょっ……」
追いすがることなどできない。だが、槇に全てをばらされたらおしまいだ。決死の覚悟で立ち上がった俺は、生涯最大の痛みを我慢しながら自室に戻った。
内線で館の家政婦である
「こんなはずじゃ……」
俺は泣きながら枕を殴る。そもそも槇が部屋に入ってくるなんて予定外だった。俺は元々、被害者であるところの八木を殺害するべく、限りなく綿密な計画を立てていた。
俺が証拠隠滅作業をしている間、館の人間全員にアリバイがあるのは確認していた。つまりどこで何をしているかが明らかだということであり、殺人現場に誰も入ることがないことの保証にもなる。俺はその時間を狙った。はずだった。
計画を狂わせたのは憎き段ボールのせいだった。段ボールを動かしているうちに腰を痛めてしまい、だましだまし証拠隠滅していたら腰がいかれた。部屋の中で倒れているうちにアリバイタイムは見事に終了、被害者の八木を訪問しにきた槇と鉢合わせることになってしまった。
だが、決定的な瞬間を見たはずの槇は、その後も誰かに俺の痴態を喋るような様子はなかった。そもそも死体の第一発見者ですらない。不思議な点こそ残っていたが、それでも俺は槇の口封じをすることに決めていた。予定外の殺人だが仕方ない。今後ずっと槇の動向に震え続けるのも嫌だし、今の俺にとっては一人殺すも二人殺すも同じである。
ここまで考えた俺は、逡巡こそあったものの、腰が治ったことを良いことに、刃を全て出したカッターナイフを持ち、深夜の槇の部屋に押し入った。不用心にも槇の部屋のドアは開いていた。これ幸い、とベッドの中の塊に逆手に持ったナイフを刺そうとした瞬間、部屋の電気がパッとついた。
「来ると思っていましたよ、
俺の背後から、落ち着いた声と共に足音が近づいてきた。慌てて振り返った俺と不敵に微笑む槇の目が合う。しかし今度は静かに扉を閉めるようなことはしない。
槇が眠っているはずのベッドの中はもぬけの殻であり、タオルが詰め込まれている。嵌められた。だが俺には舌打ちをするほどの余裕すらなかった。
「僕を殺したいんでしょ?」
槇はゆっくりとにじり寄ってくる。目の前に獲物がいるにもかかわらず、俺は襲うどころか一歩動くことすらできなかった。槇が手の触れそうな位置にまで近づいてくる。丸腰の槇がこの場を完全に支配していた。もはや逃げ場はない。
「……いや」
言い訳は全く思いつかなかった。俺はカッターナイフを逆手に持ち、槇のベッドに向かっている。槇の寝込みを襲おうとしているのは明白だった。黙り込む俺に槇はゆっくりと近づいて、ぽんと軽く肩を叩く。
「僕の指示に従ってくれたら、あなたの罪は黙って差し上げますよ」
槇はカッターナイフの刃を指でつんつんとつつく。
「…………」
「早く答えてくれないと、昨日襲われましたよって言っちゃいますよ」
自分を殺そうとした男に優しく語りかけ、交渉すら持ちかける槇の真意が見えない。恐怖に固まる俺に槇は構わず語り続ける。
「……いいんですか、あなたを信じて」
「信じるか信じないかは、あなた次第です」
腹黒さと胡散臭さが慇懃さの下に滲む男、そういう第一印象だった槇の笑顔は、子供のように素直だった。
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