幻蝶を舞わせたもの

周到に構成された作品です。

抑制された言葉遣いで、一筋ならではない遊女の世界を描き切っていると思います。

短編は限られた言葉で世界を構築するもの。
登場人物の命名さえ気を抜けないものです(そうであればこそ、ときにはあえて名前を与えない方がいいこともあります)。
この作品は、主人公が良くも悪くも特別視する遊女仲間に「幻蝶」という名前を与えているのですが、それが作品を象徴するイメージに昇華されており、読者に忘れがたい余韻を残します。

ネタを割るのは控えますが、これが単なる「蝶」でないこと、「幻(の)蝶」であることに注目していただきたいところです。

また、3人の主な登場人物は、みな水揚げ前の遊女という立場を共有しますが、それだけに違いが際立ち、やはり鮮烈な印象を与えます。

自由奔放な遊女、幻蝶は模範的な遊女のあり方にたいするアンチテーゼとして、遊郭がどういう場所であるかを浮き彫りにします。

また、これが同時に模範的な遊女たろうとする主人公との対比、葛藤のドラマを生んでおり、それが物語の推進力ともなってきます。

そして、最後に登場する楪もまた、作者さんが描きたかったことを考えれば欠かせない要員と言えるでしょう。

それが同時に、物語にひねりを生む効果も生んでいて、主人公の心情を際立たせています。

これらの周到な準備によって、物語の最後、いよいよ幻蝶が舞うのです。

読み終えたとき、この作者さんが自分が書こうとしているものにどこまでも自覚的であり、鮮烈な詩情と緻密な計算の元、作品を構築し、紡がれたことがわかるはずです。


どこまでも自由に舞う蝶。

しかし、それは遊女たちが抱く憧憬が投影された幻にすぎないかもしれない。

そんな儚さと切実さを簡潔な言葉で読者の胸に刻み込む手際にただただ脱帽するほかない作品です。