後世、謀神と呼ばれる男、その内面は。


 毛利元就の大河ドラマも見たことが無かったので、毛利元就についての事前知識は三矢の教えと厳島合戦、そしてこの物語の前日譚「こじき若殿」のみで読み始めましたが、毛利元就、この物語の頃は普通に悩める男です。
 押しの強い地区の有力者に悩み、兄の自分への気持ちで悩み、上手く行きかけたら兄の急死で悩み……
 悩みしかありません。いっそ自分が全てを差配し決められる立場なら……もしかしたら何度もそう思ったのかも知れません。
 でも元就はそういった飛躍に飛びつくことはなく、常に自分の置かれた立場で悩み行動し続けます。結果彼はこの物語の中で、増長しすぎた地区の有力者を戦力5分の1で打ち破り、彼の守りたかった全てのものを守り通します。
 そこに至るまでに彼が取った行動は確かに、少しづつ自分が有利になるように情報のやりとりを事細かに行うということはしています。周囲の思惑や思いを上手く利用した面もあります。頼れる男が助力してくれたり、戦いの局面でも相手の虚を突くことをしてもいます。
 ですが結局彼を勝利に導いたのは、彼が劣勢でも己の立場を受け入れ「戦う」ことを選択し、決断したからこそなのです。
 これは弱小領主の決断の物語です。

 しかし、最後にどうしても書いておかないといけないことがあります。
 この作品は作者四谷軒様の他の歴史作品には出てこない素晴らしく魅力的なヒロインが出てきます。
 正直、ヒロイン吉川雪の魅力だけで読めてしまう物語でもあります。
 雪と元就の二人の描写を読むにつれ、男は女には敵わんのだなあと思い知らされます。
 ラブストーリーとしても読むべき作品です。

 
 

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