破滅の足音

 ACU2338 4/12 帝都ブルグンテン 帝国議会議事堂


 社会革命党所属の議員が絶対多数を占め、それ以外の議員も無所属しかいない帝国議会は、社会革命党の、もっと言えば総統シグルズの決定を追認するだけの機関である。とは言えその存在は社会革命党の正統性を維持する為に必要だ。


「――集計が終わりました。国家総動員法はただ今より施行されます。帝国はより一層戦争に向けた体制造りが出来るようになるでしょう」


 帝国議会議長、シグルズの義姉エリーゼは宣言する。先の大戦の最中に制定された国家総動員法は戦争の終わりと共に効力を封印されていたが、この議決によって再び実効性を取り戻したのである。帝国政府は国内に存在するあらゆる物資、人員を自由に徴発し使用することが出来るようになったのだ。


 戦争に終わりは見えない。ルテティア・ノヴァは2ヶ月経っても落ちる気配はなく、ガラティア帝国への攻撃も伸び切った補給線を襲撃され状況は芳しくなかった。


 ○


 翌日のこと。帝都郊外の広大な実験場に大勢の科学者、政治家、将校が集まっていた。


「これが成功すれば歴史は変わるよ。楽しみだね、シグルズ」


 三角帽子を被った女性、ライラ所長はシグルズに親しげに話しかける。シグルズにこんな調子で話しかけられるのは、もう彼女とエリーゼくらいなものである。


「ああ、歴史は変わるだろう。何も楽しくはないがな」

「こんなにワクワクすることはそうそうないって言うのに、残念だなあ」

「僕は政治家として必要だからこんな兵器を開発させただけで、造りたくなんてなかったんだ」

「そっかあ。まあ、何と言われようとやるんだけどね。みんな、遮光眼鏡をかけて。ちゃんとかけないと失明するよ」


 シグルズとライラ所長も含め、全員が顔の半分を覆う眼鏡をかけた。


「じゃあ行くよ。シグルズ、いいかな?」

「ああ。やってくれ」

「了解」


 ライラ所長は楽しそうに手元の装置を操作した。それから数十秒すると、人々の視界は突然白く染まった。それから僅かの間を空けると、全身を震わすような爆音が届いた。数秒空くと、今度は竜巻のような風が吹き荒れ、何人かは帽子を吹き飛ばされてしまった。


 そしてようやく目が慣れてくると、彼らの前には天の雲より高く、巨大なキノコ雲が上がっていた。


「原子爆弾の威力は想像以上ですね、我が総統」


 クリスティーナ所長は素っ気なく。


「ああ。間違いなく世界は変わる。クリスティーナ所長、次の爆弾も製造してくれ」

「分かりました」

「我が総統、こんなものを何に使うんですか?」


 オステルマン参謀総長は尋ねる。


「これは一発で都市を一つ消滅させられる爆弾だ。これを落とすと脅せば、敵は容易に降伏する、筈だ」

「敵を皆殺しにして戦争に勝つおつもりですか?」

「実際に使うとは言ってない。あくまで脅しだ」

「使えないんじゃ、脅しにならないんじゃないですかね?」

「……敵にそんな胆力があるとは思えない」


 核兵器を人間相手に使うなど正気の沙汰ではない。シグルズにはそんな気など毛頭なかった


 ○


「うーん、素晴らしいね。砂を溶かすなんて工場の中でしか出来ないよ」

「あんまり触らない方がいいと思うが」


 黒い雨が降りしきる中、シグルズとライラ所長は爆心地の周辺を散策していた。大地は溶け、舞い上がった砂塵と放射性物質が黒い雨となって降り注いでいるのである。シグルズは絶対に黒い雨に打たれたくないので頭上に巨大な鉛の傘を浮かばせながら歩いていた。


「こんなもの、人間に使ったらどうなるのか、想像しただけでゾワゾワするね」

「それはどういう感情なんだ……」

「私だって少しは人間の心はあるよ。使用するとしても威力を示すだけ。人間相手に使うなんて論外だよ」

「それは朗報だ」

「しかし、さっきも言われてたけど、敵が降伏しなかったらどうするのかな? 本当に都市を相手に使ったら住めなくなるし、戦争する意味もなくなっちゃうよ?」

「分かっている。その時はその時に考える」


 真っ当に戦争を終わらせるには敵地を占領するしかない。空爆だけで戦争を終わらせたいのなら敵を皆殺しにするしかないが、それは論外だ。


 ○


 その日、参謀本部に戻ったシグルズは悪い報告を受け取っていた。


「我が総統、これは内密にお願いしたいんですが、先程グデリアン中将が戦死したとのことです」


 オステルマン上級大将はシグルズにひっそり耳打ちした。


「何? 本当か?」

「まさか嘘は言いませんよ」

「何があったんだ?」

「司令部がヴェステンラント軍の奇襲を受けたとのことです。まあ将軍が一人や二人死のうが問題ないのが我が軍の強みですから、大したことはありませんが」

「対処は任せる。しかし、ヴェステンラント海軍の勢いは衰えないし、問題は山積みだな」


 ヴェステンラント海軍の強みは、最新鋭のレジーナ級魔導戦闘艦でも数ヶ月で建造出来ることである。互いに造船所が一つだけしかないとして、ゲルマニアが主力戦艦を最低でも2年はかけて建造している間に、向こうはレジーナ級を8隻は建造出来るのだ。


「我が総統、東西の戦局が芳しくない以上、どちらかに重点を置いて一気に決着をつけるべきではありませんか?」


 内陸部に引き籠ったガラティアの抵抗も激しい。都市部でなければ絨毯爆撃もあまり効果はない。


「合理的だな。どっちを先に片付ける?」

「ガラティアの方が幾分か楽でしょうね。ヴェステンラントと比べれば国土は狭いし、何より帝国と陸続きです。ブリタンニア艦隊に協力してもらって、一気に飽和攻撃を行うとしましょう」

「分かった。そのように計画を立ててくれ」

「お任せ下さい、我が総統」


 ガラティア帝国は極めて細長い国土をしており海岸線も長大である。海からの攻撃に弱いことは確かだろう。だがガラティアの領土はエウロパの全てを足したそれより広大であり、全土を制圧するには200万の南部方面軍でもとても足りない。


 ○


 数日後、シグルズは帝都の真ん中、総統官邸から数十万の臣民に向けて演説を行っていた。総力戦体制への本格的な移行と戦線の拡大――犠牲の増大が予想されることを受けてのものである。


「帝国臣民諸君。現在、敵の抵抗は軍部の予想を上回り、我が軍の状況は芳しくない。最終的な勝利を得るには、更なる犠牲が必要だろう。だが、その程度の障害が、我々の足を止めることは出来ない! 帝国は必ず勝利を掴み、世界に平和をもたらさなければならない! これはゲルマニア人に課せられた神聖な義務なのだ!

 先の大戦の時とは違う。敵の進歩は限定的だが、ゲルマニアの技術は見違えるほどに進化した。我々の科学技術は今や魔法などという前時代の遺物を完全に上回った。我々の勝利は疑いようがないのだ!

 魔法の杖には機関銃を、騎兵には戦車を、魔女には戦闘機を以て、全ての敵を殲滅するのだ! 銃後の諸君には、その身の一切を捧げ帝国に奉仕し、武器、兵器、弾薬、食糧を一層増産することを期待する! 皇帝陛下万歳!」

「「「皇帝陛下、万歳!!! 我が総統、万歳!!!」」」


 万歳の声は帝都中に響き渡った。もう引き下がるつもりはない。シグルズは世界に平和をもたらす日まで進み続ける。


 ○


『魔法の杖には機関銃を!~魔法全盛の異世界に、現代知識と無双の魔法で覇を唱える~』


 完

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魔法の杖には機関銃を!~魔法全盛の異世界に、現代知識と無双の魔法で覇を唱える~ @sovetskijsoyuz

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